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吉姫様の戦国サバイバル ベータ版  作者: 夢想する人
第四章 激動の天文十七年(天文十七年1548)
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第百三十三話 土用丑の日

土用丑の日といえばアレです。





『土用丑の日』



天文十七年七月二十六日、七月も下旬となり今日は土用丑の日なのです。

土用丑の日と言えば鰻でしょう。

日頃慌ただしく働いている父上に夏の暑さでスタミナ切れを起こさないように、精の付く鰻を食べて貰いましょう。


しかし鰻料理は、江戸時代に今の形の料理法が生み出されるまで、ぶつ切りでそのまま串を打ち焼いて味噌や酢などを付けて食べていたので、あまり美味しくなかったそうです。だから父上には平成の御世の美味しい鰻料理を食べて頂きましょう。


この日の為に予め鰻を獲ってきて貰っていて、泥抜きもバッチリです。


用意した道具類は七輪、炭焼き用の木炭、それに千枚通しに鰻包丁、金串。

錐で予め穴を開けたまな板も忘れず用意しています。

そして、忘れてはならないのが醤油と味醂で作って寝かせていたタレ。


今回はタレ焼きの蒲焼と、この時代でも一般的な塩焼きと味噌焼きも用意する予定です。


屋敷の調理場で我が家の料理人と一緒に鰻料理を作ります。


既にこの人の前では何度も料理をしたことがあるので私が料理を作れることを知っており、私がやろうとする事に対して特に何も言わず、寧ろ新しい料理法を習得すべく興味津々という様子です。

今迄の殆どの場合、料理人の知らない料理を私が試しに作って、後は料理人に頑張ってもらうと言うのがパターンなのです。


まず料理人が驚くのは鰻包丁。

名古屋型と呼ばれている長方形で小刀の様に小ぶりなアレです。

元刀工の清兵衛さんの手によるものなので、切れ味の素晴らしい立派な包丁です。


生きている鰻を桶から出すとまな板に載せ、エラとヒレの辺りを骨と一緒に斜めに入るように三分の二ほど切ります。

鰻はここが急所なので暫くすると動きが鈍くなります。

次に目打ちをしますが、切り口から頭側の頬の辺りにブスリと千枚通しを突き刺し、開けておいたまな板の穴に差し込み、千枚通しを包丁の背で叩いて簡単に抜けないように打ち込みます。

切り口から背中に刃を差し入れまず慎重に刃を進めていき刃を安定させ、そして肝を切らないように慎重に刃を進め、最後はそのまま尾まで一気に裂きます。


開いた後に身に血が付かないように包丁で中骨を抑えながら指で肝を引っ張って引き剥がしながら心臓の部分に包丁を入れて取ります。そして心臓から切り離した肝を尾の方に引っ張りつつ肝の部分に包丁を入れ取ります。この部分は肝吸いに使います。

内臓を取り除いた後、一度綺麗に水洗いします。


次に骨を取り除き、尾びれに包丁を入れて背びれまで切るとそこを掴んで背びれを切り進み、切りはずします。同じく腹びれも切りはずします。


捌き終わった鰻は熱湯に十秒程湯通しし、できるだけ冷たい水の中に投入します。

すると、表面が凝固して白くなってくるので取り出し、包丁でこそげ落とします。


最後に流水で洗い流せば終わりです。


作業の間はまな板が乾いたり血が付いたままにならないように、随時布巾で拭きとり綺麗に湿った状態を保ちます。


先程切りはずした骨と頭を醤油と味醂で作ったタレに入れて仕上げるのですが、先に七輪に網を引いて骨と頭を焼きます。香ばしい匂いが漂い、程よく火が通ったらタレに骨と頭を入れて焦がさない様に煮て旨味を出し、タレを仕上げます。

こちらの方は料理人に頼みました。


捌き終わった鰻を焼きやすい大きさに切り分け、金串を打ちます。

手で持ちやすいように扇状に斜めに金串を入れるのがコツです。


さて、蒲焼を作るのですがまず鰻を焼く前に十分ほど蒸します。

これで身がふわふわになります。


次にいよいよ鰻を焼きます。


まず皮面から七輪で焼き始めます。鰻の皮が炭で焼けて良い匂いが漂います。

皮が破れる位に火が通ると身の方も焼き、こちらは焦げ目が付いたくらいで味付けです。

タレ焼きの方は完成したタレに鰻を何度か潜らせながら焼き、良い感じの焼色になれば完成。

塩焼きの方は塩を適量パラパラとまぶしながら火を通し、こちらも良い感じの焼色になるまで焼きます。

最後は味噌焼きですが、味淋で軽く溶かした味噌をハケで塗りながら両面を焼いていきます。こちらも良い感じの焼色になれば完成です。


食べた時に表面がパリッとして中がふわふわジューシーなのが理想ですね。



料理人と二人で試食します。


うん、中々美味しいですね。

今生で蒲焼を作ったのは勿論今日が初めてで、前世で作ってから随分と久しぶりの割にうまく出来たと思います。

前世では料理学校で習って、自分でも何度か作ったことがあります。



「姫様、この料理法は始めてでございますが、鰻が美味しゅうございますな。

 これなれば殿もお喜びになりましょう」

 

「そうですね。美味しく出来たと思います。

 私の手順を見ていたと思いますが、自分でも作れそうですか?」


「いきなりは無理かも知れませぬが、これでも京で修行した料理人の端くれでございます。

 直ぐに姫様と同じくらいに作ってみせましょう」


「それは頼もしいですね。

 いつも美味しい料理を作って頂いて居ますから、腕の方は十分解っていますよ」


「しかし、いつもながら見事な腕前で…。

 愚問と知りつつも、姫様はどこで修行をなされたので、と聞きたくもなりますな…。

 とても屋敷からあまり外に出ることもないやんごとなきお方の腕だとは思えませぬ」

 

「あははは。

 偶々書に書いてあった料理法を試してうまく行っただけですよ」


「そ、そうにございますか。

 私は姫様が幼少の頃より調理場で料理を任して頂いておりますから、姫様がどこかで料理の修行をする機会など全く無かったという事は存じております。

 姫様のおっしゃる通り書を読んだだけでこれ程の料理の腕前なれば、本当に修行をなされば姫様はどれ程の腕前になるのか…。恐ろしい才にございます」

 

「あなた程の料理人にそれ程までに褒められると、お世辞でも嬉しいです。

 ささ、冷めない内に父上にもお出ししましょう」


「はい。直ちに準備致します」



今日用意するのは、鰻重です。

勿論、肝吸いと口直しの漬物に、山椒の実を磨り潰した粉も用意しています。



昼餉時、父に予め食事の話をしてありますから、今日は家で一緒に御飯を食べます。


「父上、今日は土用丑の日ですから鰻料理を用意しました」


「ほう、鰻か。

 しかし、何故土用丑の日に鰻料理なのだ?」


父はあまり鰻が好きでは無かったのでしょうか。

まず土用丑の日の方に興味が行ってしまいましたね。


「鰻は脂が乗っていて、食べると精が付きます。

 夏は暑気あたりしやすいですから夏の土用丑の日に鰻を食べて精を付ける、というのが東国の習慣だそうです。

 日頃多忙の父上に精を付けてもらいたいと思い、鰻料理を用意して貰いました」

 

それを聞き、父が顔を綻ばせます。


「ほう、東国のな。

 吉の気遣い、嬉しく思うぞ」


「今日の鰻料理は、恐らく父上は食べたことがない鰻料理だと思いますよ。

 試しに少しだけ試食してみましたが、とても美味しく出来上がってましたよ」

 

美味しかったと聞くと、父の表情が明るくなりました。

鰻は昔から食べられていた魚ではあるのですが、江戸時代に現代へと繋がる料理法が開発されるまでは、あまり好まれていなかったと聞きますね。

そういえば、我が家でも鰻料理はこれまで出てきたことがなかったように思います。


「そうかそうか。

 では早速いただくとするか。

 こちらは…、澄まし汁か」


「はい、それは鰻の肝で出汁を取ったお澄ましです。

 あっさりして美味しいですよ」

 

そう聞くと、まずはお澄ましを一口。


「ほう…。

 確かに、あっさりしておるな。

 だが美味い。

 この、肝も食べられるのか?」


「はい、食べられますよ。

 血抜きもしっかりしておりますから生臭くはないはずです」


無理に食べなくても良いのですが、箸でつまむと口に入れます。


「うむ。確かに生臭くもなく、美味いな」


「今日の鰻料理は鰻重という料理になります。

 まずは、そのままで。

 ある程度食べた後に、山椒の粉を適量振りかけて食べてみて下さい。

 口直しに漬物も用意してあります」


「鰻重か。確かにお重に入っておるな」


そういうと、蓋を開けます。

すると、香ばしくて美味しそうな香りがふわっと漂います。

その香りに父の顔が明らかに変わります。

父の鰻重は平成の世の物と違い、三種類の味を楽しめるように仕上げています。


「艶のあるタレが掛かっているのが、特別なタレで焼いた鰻。

 白いのが塩焼、艶のない物が味噌焼になります。

 山椒はタレ焼きに特に合うと思います」

 

父は説明を聞くと、まずは食べ慣れた味噌焼に箸を付けます。


「ほう、ほっこりと。箸で簡単に身がほぐれるな」


そういうと、恐る恐る口に運びます。


「なんと柔らかい。

 鰻というと硬い魚だという印象であったが、これはなんと柔らかいのだ」


「そうでしょう、この料理法ならば鰻をこの様に柔らかく出来るのです」


「ほほう、そうなのか。

 味噌の味が香ばしく、これは美味いな」

 

そういうと、隣の塩焼に箸を伸ばします。


「こちらも柔らかい。

 うむ、臭みもなくこれも美味い。程よい塩加減でご飯が進むな」


そういうと、ご飯を何口か口に運び、次にタレ焼きに箸を伸ばします。


「サクッとしておるな。そして中は柔らかい」


恐る恐るタレ焼きを口に運ぶと、驚きの表情を浮かべます。

そして、目を閉じ暫く咀嚼し飲み込み、ふぅっと息を吐きます。


「これは美味い。

 これが鰻料理ならば儂がこれまで食ってきた鰻料理は一体何だったのだ。

 このタレ焼き、甘辛く香ばしく焼き上げたこの鰻はなんと美味いのだ。

 表面のサクッとした食感と柔らかい身が渾然一体となって。

 素晴らしいな」

 

「山椒の粉も試してみて下さい」


「おお、山椒な」


そういうと小さじで少し山椒の粉をとりパラリと掛けると、イソイソと口に運びます。


「はふっ。

 おお、濃厚なタレ焼きなのに口の中に清涼感が。

 これはたまらん」

 

そういうと、夢中になって食べだしたのでした。


人は本当に美味しい料理を食べると無口になるそうですが。正にそれですね。


私も久しぶりの鰻重を美味しくいただきました。

勿論、私の鰻重は全部タレ焼きですよ。


こうして、我が家のメニューに鰻重が追加されたのでした。

そのうちに津島や熱田でも鰻重が食べられるようになるかも知れませんね。



新たな名物料理の誕生です。

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