第百四話 鉄砲造り其の参
鉄砲づくりの続きです。新しい鉄砲が出来ました。
『鉄砲作りその参』
天文十七年四月下旬、四月も下旬に差し掛かりました。
そう言えば、この季節は平成の世では花粉症が世間を賑わせていましたが、この時代の人は花粉症など存在しないかのようです。
やはり、あれは商品価値の高い杉を植えすぎて山のバランスが壊れたからなのかも知れませんね。
そして、営林事業事実上の崩壊がそれに止めを刺したのか…。
それはともかく、津田殿が先日の試し撃ちを反映した鉄砲を試作したので見てほしいと訪ねてきました。
鉄砲鍛冶の芝辻殿も一緒です。
「姫様、新しき火縄銃が仕上がりましたので見て頂きたく」
「はい、楽しみにしていましたよ」
芝辻殿が持参してきた箱を皆の前に差し出すと、蓋を開けます。
中には芝辻殿が作っていた戦国情緒溢れる流麗な紀州筒とはまるで異なる銃が入っていました。
ひと目見て、頭に思い浮かんだのは第二次世界大戦のドイツの三十四式機銃。
勿論、機関銃など入っているわけがありません。これは火縄銃なのですから。
津田殿が箱から取り出し、見やすいように両手で持ってくれます。
箱から取り出した銃を見ると、機関銃などでは無く火縄の機構もついていますし、長銃であることがわかります。
従来と違うのは、直銃床でピストルグリップが付いているという事でしょう。
しかも、これまでの銃より明らかに大きいです。
この銃って何か既視感があります。何処で見たのでしょうか…。
そうです、大きなダンゴムシが出てくる、青い服を着た少女が主人公の映画で見たような気がします。
あの作品に出てきた銃は後装填の単発式銃でしたがあれにそっくりです。
直銃床にピストルグリップを取り入れ、それを生かすために大型化すると似たようなデザインになるのでしょうか。
映画の銃と異なるのはドイツの機関銃と似た位置に照準器が取り付けられているところです。
津田殿と芝辻殿が私の言葉を目を輝かせて待っています。
一月ほどでこれ程のものを作り上げたのですから、それはそうでしょう。
「見事です。
ひと目でこの銃の完成度の高さがわかります」
私が銃を褒めると二人の表情がパッと明るくなります。
鈴木党の皆さんが領地で土木作業の手伝いをしている間、この二人はせっせとこれを作っていたのですね。
しっかり分業できていて良い感じです。
「お褒めの言葉をいただき、恐縮にござります」
「この銃は既に試射をしてみましたか?」
「はい、既に試射を済ませております。
これまでの二匁半の弾ではなく、この銃は六匁の弾を使います」
「倍の重さの弾を使えばかなりの威力と反動でしょう」
「はい、かなりの威力を発揮しております。
しかしながら、この銃床と形のお蔭で反動の方は何とかなっております」
「それは素晴らしいですね。
では、早速試射を見せていただきましょう。
鍛冶の清兵衛さん達や鈴木殿も呼んで下さい」
「はっ、承りました」
四半刻後、いつもの練兵場に皆が揃います。
鈴木殿に先日の手伝いの礼を言います。
「鈴木殿、先日の浜村の手伝い大儀でした。
大変助かりました」
鈴木殿が笑います。
「なんの姫様、拙者らも良き経験をさせて頂きました。
新たに割り当てて頂いた土地を拓くときに、此度の経験を役立てさせて頂きます。
それより、新しい銃が出来たとか。
実に楽しみでござる」
やはりこの人は銃が好きですね。
そう言えば、鈴木殿には博多に船を出すときに色々と買い付けを頼んでいるのです。
それと同時に、到来してるはずのスペイン人やポルトガル人達の様子を見てきて貰っているのです。
コンタクトが取れれば欲しいものが色々とあるのですよね。
更にはアルメイダを可能であれば商人のまま召し抱えたいのです。
多分無理だとは思いますが…。
閑話休題、試し撃ちの準備が出来たようです。
今回は標的の位置が前回の倍位になってます。
もっとも、銃の全長も結構な大きさですが…。
「では、撃ちます」
この銃はバイポッドも付いていて、撃ち方がこれまでと違ってバイポッドで支えて肩口に手を添えてという撃ち方をしていますね。
引き金を引くと乾いた大きな音が天高く響き渡り標的に命中します。
「見事です」
私が声を掛けると、満面の笑みを浮かべます。
「恐縮にござる。
この新しい銃は、良く当たり威力も強うござる。
しかし、ちと重たいのが難点にござる。」
「そうですか…。
守るときには良さそうですね」
「はっ、仰るとおり守る側であれば重さは問題になりませぬ」
鈴木殿が待ちかねたとばかりに声を掛けます。
「見たこともない新しい銃に、新しい射撃方を編み出しましたな」
「左様、この前の二脚があればこそでござるが、反動が強くとも銃が安定する撃ち方でござるよ。
この銃床の上に張り出した部分に手を当てて抑え込むのでござる」
「ほほう、拙者も試させていただいても?」
「勿論にござる。
この銃は六匁の弾を使うので、反動が強うござる。心されよ」
「心得た」
新しい銃なので津田殿が装填し、鈴木殿に手渡します。
「忝ない。
では、早速」
見よう見まねで津田殿の撃ち方を真似て射撃します。
そして見事的に当たります。
「さすが鈴木殿、見事ですね」
私が声を掛けると満更でもない表情を浮かべます。
「これが仕事にござれば」
「新しい銃は如何です?」
「津田殿の言われる通り、反動は強うござるが弾が良い感じに飛びまするな。
ただ、この重さでは攻める戦では厳しいかも知れませぬ。
運用を考えねばなりませぬな」
「やはり、そうですか…。
しかし、そこはやりようがいくらでもあるかと思いますよ」
津田殿がニヤリとすると声を掛けてきます。
「姫様には何かお考えがありそうですな」
「そうですね。
野戦構築陣地を作る戦であれば重さは克服出来るでしょう」
「野戦構築陣地にござるか?
つまり、野戦の最中に陣地を構築すると?」
「はい、そのとおりです」
「野戦の最中に陣地など作っていては攻められまするぞ」
「そこも、色々とやりようがあるのです」
鈴木殿と津田殿が驚いて顔を見合わせます。
そして二人で同じ言葉を発します。
「「ご教授頂いても?」」
二人は言葉が重なってしまい、苦笑します。
私はそんな二人を見て笑います。
「ふふっ。
では、また後日説明しましょう」
「楽しみにしております」
「是非に」
「はい」
こうして、この日の新しい鉄砲のお披露目は終わったのでした。
新しい鉄砲は中々の出来でしたね。
津田殿と鈴木殿と別れると、鍛冶の二人と話をします。
「今日の鉄砲であれば、恐らく今の板金鎧は簡単に抜けるでしょうね」
それを聞き、清兵衛さんが苦笑します。
「苦労して叩いて作っても、簡単に抜けてしまっては意味がありやせんな」
「そんな事は有りませんよ。
矢や刃物には有効ですし、鉄砲の射程に入らなければ大丈夫です。
とはいえ、他所が使ってくる様になると対策を考えなければなりませんね」
「そこは姫さんにお任せしやすよ。
また何か作るときは言って下さい。
今は未だ先の戦の鎧の修理やらやることが山積みでやすが、姫様のご依頼とあればまっさきにやらせていただきやすので」
「はい。
一つ頼みたいのがあるので、また今度相談しましょう。
それと、佐吉さん今日の件で話があるので後で屋敷に来て下さい」
「承知しました」
一先ず鍛冶の二人と別れると屋敷に戻ります。
滝川殿はいつもの事ですが、今日初めて同行した小次郎殿はジッと成り行きを見ていましたが、屋敷に戻る途中に話しかけてきました。
「姫様、鉄砲は見たことがありましたが、弾正忠家の鉄砲衆は他家より更に進んでおりまするな…。
あの様な鉄砲、初めて見ました」
それを聞き滝川殿が一言。
「小次郎殿。
いずれ他家にも知れるでしょうが、ここで見たことは他言無用で御座るよ」
小次郎殿はそれを聞き、何かを悟ったのか返事をします。
「無論。
それがしが仕えておるは、姫様だけにござる」
それを聞き滝川殿は頷きます。
「それを聞き安心し申した」
私はそんな二人のやり取りを見て、滝川殿は結構色々と気にかけているのだと改めて気づいたのでした…。
吉姫と佐吉の取り組みと平行して津田殿も鉄砲造りを進めます。




