閑話二十一 柴田権六 高天神城籠城戦 中篇
柴田権六視点の高天神城攻防戦 中篇です
天文十七年三月 柴田権六
高天神城にて夜明けを迎えた俺は、兵を交代で休ませながら城の隅々を調べさせた。
それによりわかった事は、兵糧は十分にあり水も井戸が幾つかあり問題はない。
城は東西の二つの峰に跨って山の尾根を利用して作られており平地部は極めて少なく、また高低の差がかなりあり、曲輪からの見晴らしは素晴らしく弓兵を配せば敵に相当な出血を強いることができよう。
俺は各郭に弓兵を配し、敵が来る前に周辺の山の木を切らせると枝を落とし丸太にし、敵が登りそうな所に運び込ませた。
他にも、時間の許す限り大石なども運び込ませた。
翌朝、敵到来の報を受け将らを伴い追手門方向がよく見える本曲輪に上がると、遠くに今川勢が行軍してくるのが見えた。
「旗印は左三つ巴、朝比奈備中守か…」
今川における、太原雪斎に次ぐ有力家臣を差し向けてくるとは。
兵数はざっと見て三千以上は居るであろうか。
「直ちに敵の来襲に備えよ。兵数から見て無理押しは無かろうが油断はするな」
「「「ははっ」」」
将らが持ち場へ戻っていく。
朝比奈勢はこちらが出てこぬと見て、陣地を設営し実際に動き出したのは日が高く昇ってからであった。
先ずは定石通り、軍使がやってくる。
大手門の下で大声で言上する。
「朝比奈備中守様より書状をお持ちした。
受け取られ、返信されたし」
配下の者が切戸から書状を受け取ると急いで持ってきた。
受け取ると早速読んで見ると。
『この様な天竜川より奥地にいかなる方法で忍び込んだのか解らぬが、味方は遥か西の天竜川の向こう。
如何なる命を受けたのかは知らぬが、後詰も見込めず事実上孤立状態であるので無駄な事は止めて早々に降伏されよ。
すぐに降伏すれば、斯波勢を遠江から叩き出して戻ってきた治部大輔様も粗末には扱わぬであろう』
大体こんな内容の手紙であったが、公家趣味の書状で読みにくくてかなわんな。
早速返書を認める。
『つべこべ言わずに攻めてこい』
配下に渡すと軍使に届けさせる。
軍使はそれを受け取ると陣まで戻っていった。
暫くすると、矢楯を担いだ今川勢が千人程幾つもの隊に分かれて大手門目指し山を登ってくる。
どうせ小手調べであろう。
本気でこの城を攻めるなら、こんなものでは到底無理だ。
この城の恐ろしいところは大手門へ至る参道が城の曲輪や到着櫓の真下を通り、矢の雨が降り注ぐ中で大手門を抜かねばならぬことだ。
無論矢はある程度矢楯などで防げる。
しかしながら、ここは山であり急斜面が広がりその上は全て城の一部となっており、丸太や大石を転がし放題なのだ。
「慌てて射る必要はない。敵が真下に来た時に放つのだ。
丸太を転がす準備もせよ」
今川勢は警戒しながらもジリジリと登ってきて、やがて真下まで来たところで矢の雨を降らせる。
下から矢に当たったものの叫び声や呻き声が聞こえる。
さてどうする…。
「者共、怯むな!
大手門は目の前ぞ、それ突っ込め!」
今川の将の号令が聞こえ、喚声と共に大手門目掛けて矢楯を屋根にした塊が大手門へ突っ込みだした。
俺は慌てて号令した。
「丸太だ!丸太を転がせ!」
命を受けた兵たちが丸太を抱え投げ落とすが、既に敵は通り過ぎた後であり、虚しく誰も居ない所に丸太は転がりそのまま下まで転がり落ちる。
それと同時に、ドーンという響く音と共に破城槌が大手門にぶち当たり軋みを上げる。
それも一度だけでなく、二度、三度と幾つもの同時に登ってきていた隊の数だけ腹に響く音が鳴り響く。
到着櫓からは矢の雨を降らせるのだが、矢楯がそれを阻みほとんど効果がない。
到着櫓には弓兵しか配して居らず、丸太も大石も置いておかなかった俺の過ちだ。
破城槌がぶち当たる音が幾度も聞こえ、門が破れそうな嫌な音が聞こえだした。
このままでは拙いとおもった俺は大慌てで曲輪に行く。
「おい、急いで丸太を担ぎ続くのだ!」
丸太を一つ抱えると、その場の兵らも同じ様に抱える。
急いで到着櫓に登ると、下に見える矢楯の屋根目掛けて放り投げる。
流石に矢楯では丸太は防げず、ものの見事に矢楯を取り落とす。
後に続いた兵らもどんどんと丸太を投げ落とし、そこに矢を射かける。
幾人も倒れる敵兵が見え、これは堪らぬと破城槌を放り出して矢楯を大慌てで拾い上げて敵は下がっていった。
俺は一先ずの敵を撃退して一息ついた。
すると、大慌てで駆けてくる者が見えた。
「柴田様!搦手からも敵が!このままでは門が破られまする!」
「何だと!?」
俺は大慌てで搦手門の方に走るが、大きな音と共に喚声が聞こえる。
俺は駆けながらしまった!と心の中で叫んだ。
「おい!槍隊!槍を持って続け!」
普段は槍を持って戦う足軽達は今回は籠城戦と言うことで丸太や大石を落とす役目を与え分散配備していたのだ。
俺の叫び声を聞いた足軽達が槍を手に続々と現れるが正直敵の数がどのくらいか。
山の反対側故、敵の数が見えぬ。
敵兵が多ければ俺はしくじったやも知れぬ。
敵ののんびりとした陣地作りをおかしいと思うべきであったのだ。
城は首尾よく取れましたが、敵に地の利が有るということを忘れていた権六くんでした。




