表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第7章 新選組の前身
41/131

剣術指南


 翌朝より早速、門弟としての生活が始まった。


 早朝に叩き起こされ、まだ眠い目をこすりながら顔を洗い、支度を整える。


 まだ薄暗い内から、試衛館では一日が始まるのだ。


 もとより身体を動かす事が大好きな私は、剣術を学ぶ事も楽しみで仕方が無かった。




「おはよう! 今日も良い天気だねぇ」


 私はみんなに声を掛ける。


「良い天気だ……じゃねぇよ! 下っ端のお前が一番遅くに来てどうすんだ?」


「目覚ましが無いんだから仕方無いじゃない」


 眉間にシワを寄せる土方サンに、私は言い返す。


「目覚まし? 何だそりゃ。とにかく、明日からは一番に起きて来い! 分かったな?」


「じゃあさ、土方サンが起こしてよ。そしたら、きっと一番に此処に来られるよ?」


「馬鹿言ってんじゃねぇ!」


「だって……起きられれないものをどうしろって言うのよ!」


 私の言葉に、土方サンは舌打ちをする。


「惣次郎! お前が明日からコイツを起こせ。分かったな?」


「はぁ!? 何で僕が……面倒事を押し付けるのは止めてもらえませんかねぇ?」


「という訳で……よろしくね? 惣チャン!」


 その呼び方に沖田サンは反応する。


「その呼び方をして良いのは姉上だけだ!」


「ごめんってば。そんなに怒らなくても良いじゃない!」


「僕はこんな女の面倒は御免だからね! 起こしに行くのなんかハジメで良いじゃん」


 やっぱり、沖田サンとは気が合わないようだ。


 まだ二日目だというのに、口を開けば喧嘩をしている気がする。


「惣次郎、ハジメは無理だろう。アイツは此処で暮らしてる訳じゃねぇんだ」


「斉藤サンは食客じゃないの?」


「アイツは不思議な奴だからな。時折ふらりと試衛館に来る。ここの所は毎日のように来てはいるが……まったく、掴みどころのねぇ男だよ」


「ふうん……じゃあ、やっぱり土方サンに起こしてもらうから良いや」


 私は土方サンの反論の言葉も聞かず、黙々と箸を進めた。





「良し! やるぞっ」


 道場に行くなり、私は竹刀を持ち気合を入れる。


 さて……誰から打ちのめしてくれようか?


 剣術などやったことも無いのに、何故だか私は自信に満ち溢れていた。


「誰でも良いわ! さぁ、どっからでもかかってきなさい!」


 私は皆の前に立つ。


「面白ぇ! 俺が相手してやるよ。泣かされても文句言うなよな?」


「藤堂サンが相手ね? そっちこそ、女に泣かされて故郷に逃げ帰ったりしないでよね?」


 私と藤堂サンは向かい合う。


「おい……美奈? お前、剣術経験者なのか?」


 原田サンが私に声を掛ける。


「そんなモン……やった事あるわけ無いじゃない! でも、多分藤堂サンには勝てる気がする!」


「その自信はどっから来るんだよ……」


 私の答えに、その場のみんなは呆れ顔だ。



「馬鹿にすんのもいい加減にしろよ……なっ」



 先に仕掛けてきたのは、藤堂サンだった。


 私は咄嗟に右に避け、一撃をかわす。


 きっと、もう一撃来るはず。


 そう予測していた私は、藤堂サンの更なる一撃を竹刀で止めた。


 確かに男の人の剣は重い。


 でも、返せない事は無い。


 藤堂サンは受け止められた事に動揺している。



「ここが攻め時ね!」



 そう呟き、藤堂サンに大きく振りかかった瞬間。



「甘ぇんだよ!」



 くるりと身を翻した藤堂サンに反撃の隙を与えてしまう。



「し……しまった!」



 次に来るであろう衝撃に、身を備える。



 しかし、待てどもその衝撃は来ない。



「お前ら……勝手に何をやっている?」



 藤堂サンの剣を受けたのは、土方サンの持つ竹刀だった。


「平助! 素人相手に何やってやがんだ? 北辰一刀流てぇのは素人女相手に本気を出すほど、落ちぶれた剣なのか?」


 土方サンは藤堂サンをキツく叱り付ける。


 藤堂サンが小さく謝ったのを確認すると、土方サンは私の手を掴み道場の外へと連れ出した。



「痛っっ!」



 そのまま押された私は、庭の地面に倒れこむ。


「お前もいい加減にしろよ? 剣術は遊びじゃねぇんだ! 竹刀とはいえ、あの一撃を喰らっていたら……お前の細っこい骨なんざ簡単に、へし折れちまうんだよ」


 土方サンは私の顎を掴むと、冷たい表情で言った。


「竹刀振るって遊びてぇなら、長州に帰んな! ここは田舎道場だが、どこぞの姫サンの道楽に付き合う程、落ちぶれちゃいねぇんでなぁ」


 そう吐き捨てると、土方サンは私に背を向ける。



「待ちなさいよ!」



 私は必死に土方サンを呼び止めた。



「勝手に遊びだなんて決め付けないでくれる? 私はいつも本気よ! 何も知らないクセに……勝手に道楽などと決め付けないで!」


「ほう……遊びじゃないなら何なんだ?」


「晋作や、玄瑞……長州の仲間と生きるために、皆を助ける為に……私は、剣を振るいたいの! だから勝手に女扱いされて、はじかれるのは御免よ。だいたいねぇ……骨の一本や二本くらい、何だってのよ!」


 気付けば私は、土方サンに掴みかかっていた。


「クク……お前、やっぱり変な女だな。女というより獣か? 猪の様に真っ直ぐにぶつかって来やがる」


「猪って……失礼な奴!」


「お前の気持ちはよくわかった。今この時より、稽古上ではお前を女扱いしねぇ! せいぜい……へばるんじゃねぇぞ?」


 土方サンは笑いながらそう言うと、私の頭をポンッと撫でた。



「さっきは……悪かったな」



 私がその場に立ち尽くしていると、藤堂サンが呟くように謝る。


「藤堂……サン?」


「素人娘に本気になっちまうたぁ……俺もまだまだ、だな。お前の事、口だけで中身の無い生意気な女と思っていたけどさ……考えが変わった。改めて……今日からよろしくな、美奈!」


「藤堂サン、ありがとう!」


「平助で良いって! 良し、そうと決まれば早速稽古だ。行くぞ、美奈!」


「うん! 行こう。平助!」


 私は差し出された平助の手を取る。


 どんなにツライ稽古だって逃げ出したりはしない。


 この先の動乱の世において、自分の身や仲間の身を護れるようになりたいから……








「前言撤っっ回!! 土方サン、あんた……サディストでしょう。ドSなんでしょう!?」


 強く心に決めた誓いは、初日の内に崩れ去ろうとしていた。


「はぁ!? 訳の分かんねぇ事を言ってねぇで、さっさと走りやがれ!」


「だいたい……ねぇ……女の子が……こんなに走れるわけ……ないでしょう!?」


「お前が女扱いすんなって言ったんだろうが! ごちゃごちゃ言ってねぇで走れ、走れ!」


「鬼!」


「鬼で結構! たらたらしてっと、置き去りにするぞ!」


「わぁ……待ってよ!」



 竹刀も握ったことの無い私が、すぐに竹刀を持って剣術を教えてもらえる筈は無く、足腰の鍛錬と称し山道をひたすら走らされていた。


 いくら身体を動かす事が好きとはいえ、これはハード過ぎる……隣りでニヤリと笑う土方サンに、若干の殺意が芽生える程だった。



「こんなに走らされて、筋肉質になったらどうすんのよ! お嫁に行けなくなるじゃない」


「クク……そしたら、長州の友人にでも嫁に貰ってもらえ」


「玄瑞だってきっと嫌がるよ……」


「ん? お前色気もねぇクセに、将来を誓い合った男が居んのか?」


 土方サンは不意に尋ねる。


「ち……違うよ! ひ、土方サンが長州の友人にって言うから……つい」


 慌てて否定する私に、土方サンは一瞬笑ったような気がした。



「さて、少し休憩すっか」



 私達は切り株に座る。


「さっきの話だけどさ……玄瑞はそういうのじゃないからね? だって、玄瑞も晋作も奥さんがいるもん」


「晋作? また新しい名が出てきたな」


「あぁ、晋作は私を此処に連れて来た人。玄瑞は、私を迎えに来る人。どっちも友人よ」


「あの、いけ好かねぇ侍……そんな名だったか」


 土方サンは晋作を思い出し、眉間にシワを寄せる。


「とにかく! 私は妾なんて嫌なの。だから、あの二人とは友人のまま! それで……良いの」


 何故だろう……


 自分で言っておきながら、何だか胸が苦しい。


 不思議な感覚だ。


「そんな顔して言ったところで……説得力ねぇわな」


「そんな顔って……どんな顔よ!」


「女の顔……ってところだな」


「はぁ!? 女なんだから、女の顔をしているに決まってるでしょう? 意味わかんない」


 私は頬を膨らませる。


「まぁ……その内お前にも分かるさ。長州に貰い手が居ねぇなら、試衛館のモンと夫婦になりゃ良いじゃねぇか。惣次郎なんて丁度良いんじゃねぇのか?」


「お……沖田サン!? 無理、無理! だって、絶対にあの人……私の事を嫌ってるよ?」


「そんな事ぁねぇさ。ありゃあガキだからな……気に入った女に酷く当たっちまうのさ。まだまだ惣次郎も青いねぇ」


 土方サンはケラケラと笑う。



「こんな所で何してるんです? 稽古はどうしたんですか? 土方サンがサボってちゃあいけませんね」



「げっ! そ……惣次郎!? 何でお前が此処に居やがる」



 沖田サンは笑顔だが、何だか目が笑っていない。


「こんな所で遊んでるなら、道場で竹刀の一つでも振りなよ!」


 私に向かって沖田サンは言う。


 沖田サンはそのまま私の手首を掴むと、土方サンを置き去りにして歩き出してしまった。



 しばらく歩くと、沖田サンは急に立ち止まる。




「あんな所で何してたの!?」


「何って……山道を走りこんで……休憩していただけだけど?」


「あのさぁ、土方サンと二人っきりになるのは……止めたほうが良いよ? あの人……手が早ぇから」


「はぁ!? 意味分かんない……痛っ!」




 沖田サンは急に掴んでいる手の力を、更に強めた。



「お前さぁ……馬鹿過ぎるんだよ!」



 それは、ほんの一瞬の出来事だった。



 その時、自分の身に何が起きているのか、分からなかった。



 唇に触れた感触……



 どうして?



 どうして沖田サンは、こんな事をするの?



 考えるより先に、私の身体が動き出す。



 私は本当に猪なのかもしれない……



「最っっ低!!」



 沖田サンの頬を一発殴ると、私は沖田サンをキッと睨みつけ、試衛館まで走って帰った。



「クク……惣次郎。お前も青いねぇ?」



「土方サン……覗き見なんざ、悪趣味ですぜ」



 沖田サンは土方サンと顔も合わせずに言った。



「お前……帰ったら、美奈にちゃんと謝れよ?」



 土方サンはそう一言だけ呟くと、沖田サンをその場に置いて去って行った。




 



 


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ