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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第3章 長崎での日々
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長崎散策


 翌日


 私は朝から、まだ着慣れない男装着に身を包み、身支度を整える。


 その後は、五代サンが迎えに来るのをただひたすら待っていた。


 五代才助サン……


 そんな人が幕末の偉人に居ただろうか?


 いくら考えても思い当たらない。


 ただ単に、五代サンはさほど有名な人ではないのだろうか?


 それとも、私が知らないだけなのだろうか?






「待たせたね」


 五代サンが私の滞在する宿にやって来た。


「あれ? どうしてそんな恰好をしているの?」


「そんな恰好?」


 私は首をかしげる。


「それだよ、それ。どうして男装なんてしているの? それじゃあ、私が衆道と思われてしまうではないか」


「何ですか? それは……。私、女物の着物は持って来ていないんですよ。下手に持ってきたりして、女であることがバレてしまっては、渡航ができませんからね」


「そうか……まぁ良いや。着物はその辺で見繕えばいいか。では早速出掛けよう」


「……はい」


 宿を出た私たちは、並んで歩く。


 その途中で呉服屋に寄った。


「この娘の身の丈に合う着物を一式用意してほしい。それから着付けもしてあげて」


 五代サンは店の女主人にそう告げると三両渡し、店外に出る。


「あ……あの!!」


 呼び止めようとするも聞こえてはいないのか、五代サンが振り返ることはなかった。


「こちらへどうぞ」


 仕方がなく、促されるままについて行く。


「お嬢さんは何でまたそんな恰好をしているんだい?」


 店主は不思議そうな顔で尋ねた。


「これには色々と事情がありまして……」


「まぁ良い。うちは無理にお客の事情は詮索しないさ。ふぅん……アンタは、なかなか背丈があるのね。そうねぇ……この着物なら合うと思うのだけれど」


 そう呟くと、店主は薄紅色の着物を着付け始めた。


「それにしても羨ましいねぇ。三両もの大金をポンと出せるような旦那サンが居るなんてね。どこぞのお大尽かい? まぁ……折角だから、髪も結い直してあげるわね」


 店主は勝手に旦那サンだと思い込んで居るようだったが、面倒なので敢えて否定する事はしなかった。


「出来上がり。あらまぁ、よく似合うわ! 着ていた服は包んでおいたから持って行きなさいな」


「ありがとうございます」


 店主に会釈すると、外に出た。






「お待たせしました。あの……このお着物のお代ですが……」


 私は五代サンに話し掛ける。


「そんなものは良いよ。私が勝手にしたことだからね」


「でも……」


「わかった! それなら、こうしよう。そんな風に畏まった物言いでなく、普通に接して。お代なんてモンはそれで良いから、ね?」


 訳の分からない注文に、私は困惑する。


「私が良いと言うのだから、それで良い」


「…………ありがとう」


「フフ……良く出来ました」


 五代サンは笑顔を浮かべると、私の頭を軽く撫でた。



「さて……何処に行こうか?」


「行き先、決まっていないの?」


「私は、あまり計画的な方ではないからね。まだお腹が空くような時刻ではないしなぁ……とりあえず、甘味屋にでも行く?」


 つかみ所の無い五代サンに困惑しつつも、小さく頷いた。






「お嬢さん、団子を一皿ね。美奈は何が良い?」


「えっと……私も同じで」


 注文して間もなく、お茶と団子が運ばれてくる。


「私から誘っておいて、気の利いたところに案内もできずにすまなかったね」


「別に……甘いもの、好きだから大丈夫」


「それは良かった。そうそう、聞こうと思っていたんだけど……今回渡航するということは、美奈は少なからず異国に興味があるっていう事だよね?」




 私は少し考える。


 興味……か。


 何かを得られるならばと思い同行を願ったわけだが……それは異国に興味があるというのとは少し違った。


 久坂サンと高杉サン、更には長州の皆の役に立ちたい……という事こそが私の本音だ。




「興味は……一応」


「そう。君は世界地図を見たことがある?」


「あ……っと。……ないけど」



 危うく、見たことがあると言ってしまいそうだったが、慌てて飲み込んだ。


 女であることを知られてしまった上に、未来から来たなどと知られてしまっては、流石に不味いと思ったからだ。


 五代サンがどんな人なのかも、まだ分からないのに……




「海の向こうは数多の国があるだろう? それを一つの紙に表したのが世界地図。私が13の頃、藩主がそれを手に入れてね。私はその複製を命じられたのさ」


「地図の複製?」


「そう、写し書き。それでね……その時、私は一枚を藩主に献上し、こっそり自分用に複製したもう一枚を自室に飾り、日々眺めていたんだ。しかしね、その地図にはこの日の本が描かれていなかった」


「世界地図なのに? 変なの」


 私は首をかしげる。


「日の本は、他の異国と比べてとにかく小さい。それに知名度もあまり無いから、かな?」


「確かに……アメリカやヨーロッパは大きいし、華やかなイメージだもんなぁ」


「いめ……えじ?」


「あっ、何でもない! 独り言だから気にしないで!」


 私の言葉に、五代サンの動きが止まる。


「君は……英吉利の言葉が解るのかい?」


「解るっていうか……ほんの少しだけ、ね」


「ただの娘かと思っていたが……男のふりをしてまで渡航に参加するだけある、という事なのか? いやぁ、実に面白い! そんな娘は中々居ないよ」


 五代サンは頬杖をつき、私を眺める。


「高杉サンは良いねぇ……なんだか、羨ましくなっちゃうなぁ」


「高杉サンが羨ましい? 何で?」


「手元に、こんなにも面白い娘が居るから……かな? そうだ! この渡航が終わったらさぁ、薩摩においでよ」


「薩摩?」


 私は何と答えたら良いか迷う。


「薩摩はねぇ。本当に良いところだよ」


「フフ……五代サンは故郷が大好きなのね」


 子供の様に目を輝かせる五代サンに、私は微笑んだ。


「薩摩には……五代サンには、親しくしているお友達は居るの?」



 五代サンがどんな人か、彼は歴史上の有名人なのか……それがずっと気になっていた私は、何気なく尋ねた。



「親しくしている人、か。そりゃあ居るさ」


「その方のお名前は?」


「名前など君に言っても分からないだろう? 不思議な事を聞くなぁ……だが、まぁ良いか。私が特に親しくしているのはね、小松清廉でしょう。それから、西郷吉之助……あとは大久保正助あたりかな」



 五代サンの答えに、思わず絶句した。


 五代サンは薩摩の出。


 だから、彼らと親しくしているのは当然と言えば当然なのかもしれないが……



 西郷吉之助といえば、後の西郷隆盛。



 大久保正助といえば、後の大久保利通。



 維新の三傑の内の二人だ。


 ちなみに三傑のもう一人は、桂サンだったりする。



 小松清廉とは小松帯刀の事で、維新十傑とした際には彼も含まれている。



 この交友関係からして、五代サンもきっと後世に名を残すような人なのだろう。


 単に私が知らないだけ……しかし、その功績はいつかわかるはず。


 そうぼんやりと考えていた。



「ねぇ! どうしたの? ぼうっとしちゃって……こんな話聞いても分からないから、つまらないでしょ?」


 五代サンは、ぼんやりしていた私の頬を突いた。


「あ! ごめんなさい。少し考え事をしてたから……」


「別に良いよ。さて、そろそろ場所を変えようか」


 その言葉に、私たちは甘味屋を後にした。





「そろそろ高杉サンも宿に戻るかなぁ」


 歩きながら五代サンは呟く。


「そうですね……いい加減、私も戻らないとかな」


「本音を言うと……まだ、戻したくはないんだけどねぇ。高杉サンからね、自分が戻る頃には美奈を宿に帰せ……ってきつく言われてるからね。不本意だけどさ、まぁ渡航前に揉め事を起こすのは良くないしなぁ……仕方ないから送るよ」



「えっと、それなら宿で一緒に昼餉を食べていきませんか?」



 もう少しだけ話がしてみたいと思った私は、ついそう提案してしまった。



「そう? 君が誘ってくれるなんて嬉しいね。折角だから、その誘いにのろうかな」



 五代サンは笑顔でそう答えると、宿へと向かった。





 










 


 




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