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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第2章 藩医見習い
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未来を語る品


私の持ち物を見せるよう言われたが……持参していた物と言えば、この診療所で使おうと思っていた医療道具と教科書、それに癖で持ち歩いていた財布のみだった。


これが本当に未来を語る証拠になるのだろうか?


私は不安で仕方がなかった。





「今日は診療所で使えそうな物しか持ってきていないから……」



そう言いながら、鞄から全てを取り出した。



「久坂さん……一つ伺っても宜しいですか?」



井上さんが突然、久坂さんに質問の許可を求める。


「何だ?」


「先程から、美奈さんが先の世から来たと仰っていますが……どういった意味でしょうか?」


「そのままの意味だが? 要するに、美奈はこの時代の人間ではない……ということだ」


久坂さんの戯れ言のような突拍子もない言葉に、井上さんはあからさまに困惑する。


「いくら久坂さんのお言葉でも……私には理解しかねます。先の世から来たなど……」


「井上ぇ……お前の考えは聞いちゃいねぇんだよ。今それを証明しようとしてるんだ。これから見るものを、てめぇで確認して、信じるのか信じねぇのか……その結論を出せや」



反論する井上さんに向かって、高杉さんはキッパリと言い放った。



高杉さんの言葉もあってか、井上さんの突き刺さるような視線が痛かった。





私が荷物を並べると、高杉さんや井上さんは教科書を手に取り眺めた。



「おい、こりゃあ何だ?」


「それは……教科書。この時代でいう医学書かな」


「そうか」



高杉さんはそう呟くとまた、熱心に教科書を眺め始めた。



「これ……この数字は西洋暦ですよね? この数字、2013年になってますよ!」



井上さんは大声で言った。



「井上、こっちを見てみろ! この石っころみてぇな丸い物……これには平成と書かれている。何て読むかは分からねぇが、これは元号とは違うか?」



五百円玉を眺めていた伊藤さんは、井上さんに見えるように差し出した。



「それは元号だよ。西暦、つまり西洋暦では2013年、元号で言うと平成25年。それが私の住む時代なの」


「この石っころみてぇなのや、そっちの紙切れみてぇなのは何だ?」



伊藤さんが尋ねた。



「私の時代のお金。それは五百円で、そっちは一万円札」


「これが……通貨?」


「私が生まれる前のお金には、伊藤さんのお顔が書かれたお札もあったんだよ?」


「俺の顔が書かれた金……だと?」


「ほら、これ。このお札は福沢諭吉さん、こっちが野口英世さん……五千円札は無いけどね。こんな風に伊藤さんの顔も書かれていたの」



私の持ち物に皆、興味津々な様子だ。



「これで分かっただろう?」



久坂さんが皆に向かって言った。



「先の世……ですか。久坂さんが彼女に肩入れする気持ちも今なら解ります」


「クク……何だ、井上。お前まで美奈に興味を持ったのか? こりゃあ久坂も、うかうかしちゃいらんねぇなぁ?」



井上さんの言葉に、高杉さんが反応する。



「高杉さん! 私はそういう意味で言ったのではありません」


「全くだ。高杉は些か戯れが過ぎるぞ」



井上さんと久坂さんは似たような反応を見せた。



私には、それがなんだか可笑しく感じた。



「で? 高杉さん? あなたは私のことを信じるの? 信じないの?」



私は高杉さんの目の前に仁王立ちになると、そう尋ねた。



「分かった、分かった。信じてやらぁ。だから、そんな怖ぇ顔で睨むんじゃねぇよ。んな面ぁしてると久坂に嫌われるぞ?」


「なっっ!?」



不敵な笑みで、そう言い放つ高杉さんに思わず赤面する。



「クク……どうやら、お前も満更でもねぇようだなぁ?」


「そんなこと無いっっ!!」



やっぱり、この人は苦手だ……そう心の中で呟いた。





「それにしても本当にここに診療所などを開く気か?」



高杉さんは久坂さんに尋ねた。



「元よりそのつもりだが? なにより医術を学ぶには、実践が一番だからなぁ」


「女に医者なぞ勤まるものかねぇ?」


「大丈夫だ! 私が教えるのだ。すぐに一人前の医者になろう」


「お前のその自信は一体どこから来るんだか……」



高杉さんは珍しく、呆れたような顔をして溜め息をついた。



「それより久坂ぁ……美奈のことだがな」


「何だ?」


「先の世の者だという事は安易に言っちゃあなるめぇよ」


「そう……だな」


「この事が露見すれば……美奈は普通では居られなくなるだろうよ? 徳川に限らず、その見識を利用しようとするだろうな。長州も同様だ」


「分かっている」


「今のところは、俺らと……桂や山縣くれぇで止めておけ」



高杉さんの忠告に、久坂さんは黙って頷いた。






その後


私たちは診療所の掃除や準備を行った。


高杉さんは予想通り見ているだけだったが、伊藤さんと井上さんが懸命に手伝ってくれたので、夕餉前には大方片付いた。


明日は一日ゆっくり休み、明後日より診療所を開くということになった。


高杉さんたちにお礼を告げると、私と久坂さんは帰り路を急ぐ。





この時代に飛ばされた時、私はどうなってしまうのか……自分の行く末が見えず、これまで不安で一杯だった。


でも、みんなのお蔭でこうして診療所を設け、医術を学び医者になる。


そんな目標ができ、それに向かって少しずつ事が進んでいく。


先が見え始めたことに、私は少しだけ安堵した。


これも全て、久坂さんのお蔭だろう。


あの日……久坂さんに出逢わなければ、今の私はない。



「ねぇ……」



私は久坂さんの着物の袖をそっと掴んだ。



「ん? どうした?」



久坂さんは私に顔を向ける。



「あのね……色々としてくれて……本当に、ありがとう」



私の言葉に驚いたような表情を見せた久坂さんはその次の瞬間、満足そうに笑った。



「これくらいのこと……造作もない」



そう答えると、久坂さんは私の手を取る。


 

「今日は振りほどかないのだな」



普段であれば怒ってすぐに手を放すのだが……今日はなんだかそんな気分にはなれなかった。



「今だけ……特別」



私は、一言だけ呟いた。



「そうか……それは貴重だな」




そう言って笑う久坂さんの笑顔が、何故だか印象的だった。






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