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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第17章 長州と攘夷
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突然の提案


義助たちの姿が見えなくなったことを確認した私は診療所の中へと入って行った。


「あの馬鹿は行ったのか?」


その声に振り返ると、そこには晋作の姿があった。


「居たのなら一緒に見送れば良かったのに……晋作も意地っ張りだよね」


「馬鹿言うな。俺は今来たところさな」


「ふぅん」


絶対さっき来たところじゃないし、どうせ物陰から義助たちを見てたんでしょ……とは言えず、ただただ素っ気なく返事した。


診療所に入ると晋作に今日の分の薬剤を注射する。


はじめの頃は私も慣れていなかったせいか、晋作も嫌々注射を受けていたが、今となっては無言で腕を差し出してくるようになった。


私も少しは成長しているのだろうか。



「義助がさ……最後まで、晋作を頼むって言ってたよ」


「フンっ……あんな頑固者のことなぞ知らねぇよ」


「義助が戻ってきたら……さ。ちゃんと仲直り……しなよ?」


「嫌なこった」


「またそうやって意地張って……二人が仲直りしなきゃ、そこに挟まれる私だって居心地悪いもん」


「アイツが泣いて謝るなら考えてやらなくもねぇよ」



そう言って悪態をつく晋作に、私は小さなため息をついた。



「晋作はこれからどうするの?」


「これから……そうだ! お前も早く荷をまとめろ! すぐにここを出るぞ。しばらくはここには戻らねぇからそのつもりでいろ」


「はぁ? ここを出るって……どういう意味? そもそも藩のお仕事だってあるでしょうに」


「そんなもんねぇよ! 正式に暇をもらってきた」



ニヤリと笑う晋作に、さっきより大きなため息をついた。


どうしてこの人はこうも突発的な行動ばかりとるのだろう?


晋作の我儘を良しとするお殿様もどうかと思うけど……。



晋作に急かされるようにして荷物をまとめた私は、診療所をあとにした。



しばらく歩くが目的も晋作の意図も分からない。


どこに行くつもりなのだろうか。


私たちが歩く道はどんどん人里離れて行く。



「ねぇ……どこに行くのよ? いい加減教えなさいって……ば! 痛っっ」


「着いたぞ」



突然立ち止まった晋作の背中に思い切り顔をぶつけてしまった。


鼻をさすりながら晋作の横に立つ。



「なに……ここ」



山のふもとに立つ一軒の家。


それは診療所の屋敷と比べると古めかしい家だった。



「今日からここで療養する」


「はぁ? なんでこんな所で! 診療所があるのに何もこんな辺鄙な所まで来る必要なんてないじゃない」


「ぎゃあぎゃあとうるせぇなぁ。俺はここで療養すると決めた。診療所に帰りてぇなら帰りゃあ良いが……毎日ここまで通って世話ぁしてくれんだろうなぁ?」


「そ……それは……」



ここから診療所まではかなり歩く。


それも人気のない道を……だ。


朝はまだ良いが、夕餉後に帰るとなれば真っ暗な道を歩くことになる。


この時代の治安はお世辞にも良いとは言えない。



「義助から頼まれたのだろう? 俺をよろしく……ってな」



その言葉に言い返すことはできなかった。



「わ……わかったわよ! 私もここに滞在する。その代わり……しっかり治療に専念してもらうんだからね!」



晋作は返事の代わりに手をヒラヒラさせると、その家屋の中へと入って行った。



私たちは荷解きをして、中の掃除を済ませた。


全てが終わる頃にはすっかり夕方になっていた。



「ねぇ……ここも晋作のおうちの一つなの?」


「ここは違ぇよ。この家は借りたのさ」


「屋敷の他に診療所のような別邸もあるのに何でまた……」


「なんとなく……さな」



お金持ちのお坊ちゃんの考えることは全く分からない。


まぁ……診療所は布団が敷ける部屋は一部屋しかなかったから、部屋数があってそれぞれの部屋が持てるここの方がまだマシ……か。



夕餉が済むと晋作は何やら難しそうな書物を読み始める。



「何を読んでるの?」



気になった私は覗き込む。



「これは先生の書いた物だ」


「松蔭先生の本?」



床に積まれた一冊を手に取ってパラパラとめくる。


かの有名な松蔭先生の書いた本……これを全て現代に持ち帰ったら……相当な値打ち物だろう。



「……やっぱりこの時代の文字は私には難しいな。これでも義助や晋作の書く文字くらいは読めるようになったけど……書く人が変わると難しいなぁ」


「ここにはしばらく居ることになるだろうしな。まぁ……仕方ねぇから気が向いたら時にでも読み方を教えてやるよ」



晋作そう言うとまた書物に目を落とした。



あまり遅くならないように……とだけ一言告げて、私は自室へと戻った。




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