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異説・桜前線此処にあり  作者: 祀木楓
第17章 長州と攘夷
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萩の月 ー前編ー


萩に滞在する間に必ずや労咳に打ち勝つ方法を見つけようと、私と郁太郎は共に誓い合った。


病になんて晋作をくれてやらない!


そう自分を鼓舞した。



完全に日が落ちて私のお腹も空いて来た頃、晋作が診療所を訪れた。



「遅くなったな」



変わらぬ晋作の声に、私は反射的に飛びついた。


つい先程まで、郁太郎と晋作の死について話していたから……なのだろう。



「っ!? 何しやがんだ! おい! 離しやがれ! こんの……猿女が!」



驚いている晋作は力尽くで私を引き剥がそうとしている。



「いーやーだー! 絶対離さない!」



晋作から引き剥がされないよう、更に力を込めた。


自分でもどうしてそんな行動に出たのかよく分からないが、多分……生きている晋作の姿を見て安堵したのと、今ここで離してしまったら消えていなくなってしまいそうな言いしれぬ不安感と……とにかく、様々な感情で入り乱れていたのだろう。


そんな私を見て、全ての事情を知っている郁太郎は肩を震わせて笑っていた。



頑なに離れようとしない私に半ば諦めた様子の晋作は、そのまま座った。



「お前……何で俺から離れねぇのか、理由を話せや」


「理由なんて……無いもん」



晋作に顔が見られないよう、更に顔をうずめた。


その後は晋作が何を聞いてこようが、私は一言も発さなかった。


きっと……泣きそうな声になってしまって、勘の良い晋作に何か悟られてしまうから。



晋作は深いため息を一つついた。



「で? 郁太郎、どうしてコイツは俺に引っ付いてやがる? この馬鹿は何も答えねぇし……まったく気色悪ぃったらありゃしねぇ」


「さぁ……私にはさっぱり」



郁太郎は肩を震わせながら答えた。



「さて……と。夜も更けてきた。私はそろそろお暇するよ。あとは二人でゆっくりと語らってくれ」



「おい! 待てっ……」



晋作の言葉も聞かず、郁太郎は足早に去っていった。



月明かりがほんのりと明かりを照らす、そんな薄暗い部屋に晋作と二人。



静まり返った部屋の中、座っている晋作とそこに付属している状態の私。



はたから見たら、なんとも滑稽な状態であろう。



「おい……」



「…………」



何度か呼ばれてはいたが、まともに話ができる心の準備ができていない私は、晋作の呼びかけを敢えて無視した。



「チッ……訳分からねぇ……」



晋作は私を引き剥がすことも言葉を交わすことも諦めた様子で、ぼんやりと空を眺めているようだった。



それからしばらくして……



「俺が十数える内に離れろ。さもないと……」



着物の帯が緩まる感覚がした。



「一……二……三……四」



あろうことか、晋作は私の着物の帯を解き始めていたのだ。


帯を解かれては大変!と、咄嗟に晋作から手を離した。



「俺の勝ちさな」



ニヤリと笑う晋作。



「晋作の……変っ態っっ!」



顔を真っ赤にさせて着物を抑えながら思いっきり叫んだ。



帯を締め直した私は、晋作に背を向けて座る。



晋作は自分で持って来た酒を盃に注ぐと一気に飲み干した。



「……で? 何があった? まだ黙りか?」



何か上手い言い分けを……と画策するも思い浮かばず。


晋作の手から盃を奪うと、それを一気に飲み干した。



「……不安……だったの! 晋作が……居なくなっちゃったらどうしようって……そう考えてたら……」



少しずつ言葉を紡ぐ。



「そんな時に晋作が来たから……」



私の言葉に晋作は目を丸くさせたかと思ったら、今度は声を上げて笑い出した。



「お前は……本当に猪さな」



「そんなに笑わなくても良いじゃない! さっきは猿とか言ってたくせに!」



「姫君は猪より猿の方がお気に召したか。それなら猪姫から猿姫に変えてやろうかねぇ」



晋作は楽しそうに笑っている。



「もういい!」



頬を膨らませて顔を背けると、晋作の大きな手が私の頭を優しく撫でた。



「約束……しただろ? 義助も俺も……居なくならねぇよ。お前はずっと俺らの真ん中に挟まれてりゃあ良いのさ」



その言葉に急に切なくなった私は、こらえきれずに大粒の涙を流す。



晋作を救う手立ても、義助を戦場に行かせないようにする方法も、まだ何も思いついていないのに……



「なぁに泣いてやがんだ。心配要らねぇよ……俺もアイツも簡単には死なねぇからな」



何かに勘付いているのか、晋作は笑いながらそう言った。



「美奈……お前が俺たちに新しい世を見せてくれるんだろう? その時までは……くたばっちゃいられねぇよ」



「……当ったり前じゃない! 私を信じて付いてきなさい!」



「おーおー。そりゃあ随分と頼もしいこった。こりゃあ、淑やかな良い女になる前に屈強な武将にでもなりそうさな」



「なっ!?」



晋作はゲラゲラと笑っていた。



今はまだ二人を生かすだけの力も手立ても無いけど……必ず突破口を見つけ出す!




萩の月を見つめながら、そう強く誓った。




「そういえば……さ。晋作は何で髪があるの? そもそも、ね。私や義助が長州に戻る旅路に、晋作も居ることが不思議だったんだよね」


「俺ぁもとより髪はあるさ」


「そういうことじゃなくって……えっと……確か史実では、晋作は暇をもらうーとかって言って勝手に出家しちゃってるはず……だったような……」


「暇……ねぇ。考えはしたが……それより面白ぇモノを見つけちまったもんでね」


「面白い……モノ?」



晋作の含みのある言い方に首をかしげた。



「知りてぇのか?」


「知りたい! このままじゃ、気になって眠れなくなりそうだもの」


「後悔するんじゃねぇぞ?」



晋作からそっと耳打ちされたその言葉に、顔が一気に紅潮していくのを感じた。



「晋作の……馬鹿っ!」



私の反応を楽しむかのように晋作は声を上げて笑った。




これが私たちの通常運転。




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