お節介と青い王子
しばらく走ったせいで、空調の効いた広間のはずなのに汗が止まらない。
「高級スーツが台無しだ」
「お前か……。日下部 樹」
青柳がこちらを見た。まるで自分の出番は終わったとでもいうようなそんな力の無い表情で、それが気に喰わない。気になったら……放って置けないのが俺の悪い性分なんだ。
「いい場所がある。ついて来いよ」
「卜部の所に行かなくていいのか?」
「行くさ。ただ……お前『が』決着を付けたらな」
向かったのは広場のテラス、企業向けの情報で熱狂する広場とはまるで別世界のように静かな場所だった。時計を見る、時間通り。
「決着か……僕の役割は終わった。僕の『価値』は保証されている」
「好きな女の前で道化を演じて、相手の心を踏みにじってか?」
熱の無い表情に力が入る。やはり、何も思っていないわけではなかった。
その事実に安堵する。
「他に方法はなかった。僕は……僕等はお前とは違うんだよ。価値のないお前とは」
「いいや違わない。お前はイケメンで金持ちで、勉強もできて、多分努力もしているんだろう。俺とは違う部分がたくさんある。それでも俺達は同じだよ。同じ女の子に惚れたんだから」
それだけは絶対に間違わない。俺達は住む世界は違うけれど、こうして向かい合えているんだ。
「それなら、決着はついた。卜部は間違いなく君が好きだよ。僕は彼女に『価値』を認めてもらえなかった。僕には『青柳』の家しかない」
「悪いが。そんな価値なら俺達が壊したぜ」
手に持ったスマフォを青柳に投げる。それは会場に降りて一番に探した相手の持つスマフォに繋がっている。
『玲次……』
「父さんっ!? どうして……」
『話は日下部君から聞いたよ。すまない、私のせいだ……婿入りした私が妻に逆らえなかったばかりにお前を本当の息子として……家族として接することができなかった。お前を離れに閉じ込めたばかりか、『青柳』を盾に望まない行為をさせてしまった』
「……自分で選んだことです」
『いいや、私が選ばせたのだ……私は妻と別れようと思う。『青柳』は別の人間が管理するだろう』
その言葉に青柳は顔面が蒼白になる。
「はっ!? 何を言っているんです! 辞めてください、僕はどうなるです! 僕はいままで『青柳』の為だけに……お願いです。冷静になってください! 父さん!」
余裕ぶった態度を捨てて青柳が叫ぶ。痛々しい、泣く子供の様に。
「前から考えていたんだ。お前は……残りたければ責任を持って私が『青柳』の跡継ぎにする。それを辞めることもできる。好きに生きなさい」
「そんな……僕は、何の為に……」
「許されるとは思っていないが……お前とは親子として話したいことが山の様にある。もし、よければ、後で……二人で話そう」
電話が切れる。
「終わったか? ガッ!?」
したたかに一発殴られる。細いのにいいパンチ持ってんじゃねぇか。
そのまま青柳は俺の襟をつかんで詰め寄った。
「日下部ェ! お前が仕組んだのか! 父に何をした!?」
手の甲で切れた唇を拭う。
「昨日、お前の情報を伝えただけだ。そんでさっき、スマフォを渡した」
「余計なことを! 僕は、良かったんだ。これで、自分が『青柳』に役立つと思ってもらえれば……それで良かったんだ」
「お前の親父さんはそう思ってない。自分の『息子』が苦しんでいるのを見て見ぬふりはできなかった。お前は、とっくの昔に認められていたんだ」
「……」
襟を掴んだまま青柳は項垂れる。そしてボソボソと喋り始めた。
「知ってたさ……父は僕を認めてくれていた。母と違い、気にかけてくれた。だから、僕は『父』が引け目を感じないように頑張ったんだ。僕は父が育てた『青柳』を背負いたかった。父の期待に応えたかった。父を馬鹿にする母を見返したかった」
「自分を犠牲にするようなことをしたら本末転倒だろうが、錬はお前を心配してたぞ」
「うるさい。……わかっている。だけど……もう僕は戻れなかったんだ。お前は僕の人生の全てを台無しにしたんだ」
「……日葵を茶番のダシに使われたからな。言っとくけど、俺もキレてんだよ」
青柳の親父さんに対して行ったことは、赤井から聞いた青柳の現状を伝えたことともう一つある。
それが親父さんが『青柳』を抜けることを後押ししたことは認めよう。青柳の人生を否定するかもしれないこともわかっている。だけど、やりすぎたとは思っていない。
「錬に言われたんだ。お前を殴ってくれってな。強烈だろ? 俺『達』の一発は?」
「……卜部も噛んでいるのか?」
「当然」
『卜部』の名前が出た瞬間に青柳の瞳に光が灯るのが見えた。
「そうか……フフフ。まさか、さらに状況が悪くなるとはな。……おい、錬っ! 出てこい」
青柳が声を挙げると後ろから錬が出てきた。その表情は複雑そうでバツが悪いのか目線を逸らしている。
「あー、何つうか……多少はまともな顔になったじゃねか」
「お前が日下部を焚きつけたせいで、僕の人生が明後日の方向に飛んで行ったぞ」
自嘲気味にそう言うが、言葉にはハリがあり先程までの全てを諦めた人間のそれではない。
錬が言う通り、学校での青柳の姿に戻っていた。
「いや、まさかここまでやるとは……」
さて、時計を確認する。少し遅刻気味だ。
日葵の所に行かないとな。二人の王子に向き直る。
「二人共、俺は日葵の所へ行くけど。どうする?」
その言葉に王子達は顔を見合わせる。
赤い王子は快活に笑い。
青い王子は神経質に眼鏡をかけ直す。
そして二人は同時に答えた。
「「もちろんついて行く(ぜ)」」
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ハイファンタジーでも連載しています。よかった読んでいただけたら……(文字数100万字から目を逸らしつつ)嬉しいですっ!下記にリンクあります。
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