天然カップルの決戦前日
翌日。朝から『ネカフェ』に向かう。パソコンと向かう作業かと思いきや、通販で頼んでいた品物が届いていた。
「というわけでイックンは、その無線の準備をお願いするよ」
「……無線ね」
透明なプラスチックのカバーの無線機は補聴器のように耳に付けるものだ。
少し見ただけでは取り付けていることもわからない。これと、髪飾りが入っていた。
この二つがセットのようだ。多分髪飾りがマイクっぽい。
「男の子は時計があるから便利だよね~」
「時計にこだわってたのはこの為か、スパイ映画みたいだな」
日葵に言わせれば、高級時計は盗聴器ではない証明であるらしい。
尤も、俺が使う無線機のマイク部分は時計のベルト部分に仕込みがしてあるようだが。
「社交界では標準装備ってお母さんが言ってたよ」
「地獄かよ。ほい、無事に聞こえるぞ。充電しとけ」
箱に入れたケースを投げる。自分の分の無線機も調整して、時計のベルトを付け替えた。
「準備完了。後は当日の段取りだな」
「私はもうちょっとかかるかな~。でも作業しながらでもお話はできるよね」
日葵が笑顔でアイスココアを入れたマグカップを差し出してくる。
受け取りながら、隣に座った。
俺の考えなんてお見通しかもしれないが、日葵には確認したいことがある。
というより、知って欲しいことがあるのだ。ちょっと恥ずかしいけれど。
「なぁ、日葵。聞いてもいいか?」
「うん。何?」
作業しながらの話だと自分で言ったくせに、日葵は椅子を回してこちらに向き直る。
「日葵はさ……もし、青柳が日葵に伝えたい気持ちがあるなら、どう思う?」
しばしの沈黙、日葵いつものように真っすぐに俺を見た。
「ちゃんと答えるよ」
「だよな……」
わかりきっていたことだ。俺の彼女は人の気持ちをないがしろにはしない。だからこそ、あの日の青柳の告白は許せなかった。であるなら、一発ぶん殴るのは決定として、日葵の為にあいつの気持ちにだって決着をつけなきゃならない。
茶番ならもっと割り切れていたはずだ。それをあんな辛そうにする意味は鈍感な俺にだってわかる。
しかし、しかしだ。だからって日葵が告白されるシーンを見るのはわりとモヤモヤする。この情けない感情を日葵に知られるのがめっちゃ恥ずい。そして、日葵は未だこちらをジッと見ている。
「何だよ?」
「べっつにー」
椅子をくるりと一回転、スカートがヒラヒラと舞う。
「それで、イックンはどうするのかなー?」
「青柳がいう所の『価値』ってものを思い知らせてやるよ。あと、まぁ、錬の奴とも決着をつけるさ」
日葵は俺の彼女。だから余裕だって? そんなことはない。向こうはイケメン王子なのだ。劣等感はある。不安だって離れない。いつだって、俺は日葵が離れていくのが怖くて、それでもこの旅行でわかったことがある。
誰が相手でも日葵を離さない。今まではそんな気持ちが俺だけのものだと思っていた。
だけど違うと教えてくれた、日葵が俺に離して欲しくないと想ってくれていたのだから。恐怖や不安に屈する時間は無い。バスケでも勉強でも叶わなくとも、これだけは負けられない。
クルクルと椅子を回して日葵が寄って来る。肩に当たって椅子が停止。
「七難八苦だね」
「上等だ。七転び八起きってもんよ」
今日と明日くらいはかっこつけたっていい。失敗しても、きっと日葵は笑ってくれるから。
立ち上がり、カーテンと窓を開ける。海風は夏を運び、青く熱された空を彩るようだ。
「気持ちいいねー」
「うっし、もうひと踏ん張り!」
きっと明日はこの夏で一番熱くなるだろうと確信しながら、机に向き直った。
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ハイファンタジーでも連載しています。よかった読んでいただけたら……(文字数100万字から目を逸らしつつ)嬉しいですっ!下記にリンクあります。
『奴隷に鍛えられる異世界』
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