赤い王子と託された拳
「それで、何があったんだよ?」
何度も礼を言う錬をなだめるのに割と時間がかかった。やっとの思いで話を促すことができた。二人して車止めようのポールに腰かけると赤井は口を開いた。
「イテ、なんかポールに振動が来たな……虫か。まぁいいや、実は……俺らの世界独特の価値観っていうか、ちょいハードな話なんだけどさ……」
「青柳がやけに『価値』とか『血筋』にこだわっていることと関係あるんだろ? パッと思いつくのは……養子とか?」
「うぇえええええ!?」
横を見ると、なんかドン引きされていた。当たりかよ、家の問題には関わるのは無理だぞ。
「……お前、意外と鋭いのな。一応あいつにとっては死ぬほど気にしていることだぞ」
「見てればわかるよ。それで?」
日葵の頭の中に比べたら大抵の事はわかりやすい。錬は頬を掻いて話を始めた。
※※※※※
樹達が車で別邸に移動している頃、錬はパーティーの出席者から何があったかを大まかに知った。というより、意図的に情報が流されているようだった。噂だけならば、日葵が龍造寺のポストに就く予定であり、その交際を探しているという信じられない物だった。実家の影響で複数の情報筋を持っている錬はすぐに噂を整理して正しくその場であったことを把握する。
自分が現場にいればと歯噛みをするが、事前に招待されていないのに勝手に行くことはできない。
だからこそ、パーティーの様子を調べていた錬はいち早く真実にたどり着く。
日葵の争奪戦は脚色された偽りであること、その口火を切ったのが玲次であったこと、その有り様があまりにも……滑稽だったこと。それらのことを知った後。錬は飛び起きて、呼び出した車に乗った。
「何でそんなことになってんだよ!」
感情が制御できずに声が漏れる。話の内容は日葵の意思を無視した茶番であり、その片棒を仮にも日葵に好意を持っていた玲次が行ったことがどうしても許せなかった。一発ぶん殴ってやりたかった。すぐに現地のホテルに向かう。そこに玲次がいるのかの情報は無かったが、なんとなく、あの几帳面はことの最後まで現場にいる気がしたのだ。
適当に当たりを付けると体力にものを言わせて玲次を探す。何度かセキュリティに声を掛けられたが、自分の名前を出すとすぐに通ることができた。
そして、通路の先で幽鬼のような表情で歩く玲次を見つける。すぐに詰めよろうとするが、その表情にあまりに覇気が無かったため、声を掛けるのを躊躇した。見れば玲次はどこかへ向かっているようだった。
「あいつ……どこに行ってるんだ?」
目的地はゲストルームのよう。玲次はノックをして入っていく流石に部屋の中の様子はわからない。立ち往生していると龍造寺グループの社長である龍造寺 幹久が出てきた。とっさに曲がり角で幹久をやり過ごして、部屋の前へ歩きドアノブを回す。
鍵はかかっておらず、扉をあけた通路の先にはうずくまる玲次がいた。
「……」
「誰だっ! ……錬か……どうしてここに?」
涙を流す玲次を見て、錬は握られた拳を解いた。普段の冷静で憎たらしい青柳 玲次の姿はそこにはない。
「お前を……殴りに来たんだ。なんであんなことをした?」
「……幹久氏の言う通りにすれば、僕の立場を保証してくれると言われた。『赤井』のお前なら知っているだろう。僕は養子だ。母は父との間に直接子供ができなかった不満を僕にぶつけてくる。……結果がなければ僕は家から追い出される」
「んなわけあるかよ。法的にも体面的にもそんなことさせない立ち回りなんか簡単だろうが」
「お前にはわからないさ。『血筋』を持って愛されているお前にはな」
立ち上がり胸倉を掴んだ玲次は下から錬を睨みつける。
「だからって、茶番劇の道化でいいのかよっ! そんなんで卜部をモノにできると思ってんのか!」
「っ……日下部にはあったのか?」
話題を無視して出てきた樹の名前に錬は眉をひそめる。
「あった。というか、前から友達だ」
「じゃあ、わかるだろう? あいつは僕達とは違う。僕達は所詮、人の『価値』を背景で決める。どんなに好意を持っていようと、自分のリソースを割くに値するかを計算するはずだ」
「……」
そんなことはないと錬は断言できなかった。自分も企業を継ぐ人間。結婚が手持ちの札の一枚であるという考えは備えている。無論、それを踏まえたうえで、もし日葵が一般の女子だったとしても選ぶことはあるだろう。だが、それは日葵の『背景』を加味しなかったわけではない。
「すぐにわかったよ。日下部は自分の全てを捧げても後悔しないやつだ。馬鹿で粗野で……先のことを考えられない……何よりも、あいつにとっての『価値』は……」
その先のことは言われずとも錬もわかっていた。それはとても普通な、どこにでもある、自分達が決してできないことなのだから。俯く玲次を錬は押し返した。
「それで? 樹に勝てないからって、勝手にやけになって? 手ぶらに帰るのもなんだから、せめて実家での評価を挙げてもらおうと茶番劇を演じたって? ダサすぎんだろっ! 俺は……俺は、卜部に自分の思いをぶつけるぜ! あいつはそれに値する女だっ! お前は諦めて、どこまで腐っていくつもりだっ!」
「……もういいんだ。もう……僕の『価値』は『青柳』だけでいい」
「クソッ! お前は……最低だっ!」
処理できない感情を抱えたまま、錬は部屋を出た。
※※※※※
一通り話した錬は髪をかき上げた。
「俺には掛ける言葉がなかった。なんつぅか、わかんねぇけどさ。イライラして、言葉にできなくて……」
「わかるだろ。イライラするのはお前が青柳の友達だからだ。友達が苦しんでたらイライラするさ。難儀な奴だな」
「友達か……そうかもなぁ。考えたことも無かったぜ」
「わからないのは錬はどうしてここに来たんだってことだよ。そんな腐っている青柳をどう助けりゃいいんだ?」
錬は悔しそうに笑みを浮かべて拳を突き出してきた。
「俺の代わりに、あの馬鹿眼鏡を殴ってくれ」
「……は?」
ちょっと唖然。まさかそう来るとは思わなかった。
「アイツや俺が抱えているくだらないものをブチ壊してくれ! 樹ならできる。卜部が認めたお前なら」
「くっ……アハハ、アハハハハハハハハハハ。なんだそれ」
「わ、笑うなよっ! これくらいしか考えられなかったんだ」
ムキになる樹の拳に俺の拳を合わせる。
「いいぜ、乗った。『俺達』に任せろ。このくだらない茶番ごと壊してやる」
「……あぁ、頼む。じゃ、帰るわ。卜部に捧げる愛の言葉を考えとくぜ」
「それは許さんからな!」
手をヒラヒラと振りながら、幾分か荷が降りたように軽やかな足取りで錬は去っていった。
※※※※※
一方その頃。
屋敷の屋上で、迷彩服コスプレをした人影が三つ。
全員がイヤホンを外す。三人の前にはスナイパーライフルが置かれている。無論本物ではなく、サバゲ―用の電動銃を改造したものだ。
樹と錬が座っている車止めのポール。そのポールにガムのようなものが張り付いており、さらによく観察すると1㎝にも満たない黒い装置がくるまれていた。
「なるほどね。楽しくなってきたじゃない。それにしても……日葵、よくこんな高性能な盗聴器持ってたわね?」
「ヌフフ、遠島ちゃん印の盗聴器だよ。最近仲良くなったお友達が盗聴器に詳しいのでっす」
「お姉ちゃん……悪い友達は作っちゃダメですよ」
「いい子だよ?」
「ウフフ、あっ、イックンが戻って来るわよ。皆急いで着替えないと」
「そもそも、この恰好に意味はあったのでしょうか?」
「もちろん気分よっ!」
そう言って、急いで部屋に戻る天然母娘がいたとかいないとか。
ブックマークと評価ありがとうございます。もしよろしかったら、ポチってくれたらモチベーションが上がります。よろしくお願いします。
感想も嬉しいです。
ハイファンタジーでも連載しています。よかった読んでいただけたら……(文字数100万字から目を逸らしつつ)嬉しいですっ!下記にリンクあります。
『奴隷に鍛えられる異世界』
https://book1.adouzi.eu.org/n9344ea/




