茶番の裏側
カッチーン。流石に頭に来たぜ、青柳の言葉にじゃない。
完全に日葵と俺を置いて話が進んでいること。そして……あんな苦々しい、苦しそうな表情の告白なんてあるかよっ。あいつ、日葵のことを何だと思ってんだ!
「どけっ!」
屈んでタックルするように、前に倒れ込んで囲み脱出する。盛大にコケて鼻を打つが構うもんか。
見上げると、日葵が顎を開けて、青柳に正面から向かい合っていた。
「待ちたまえっ!」
会場に拡大された声が響く。見ればもう一本のマイクを持った幹久さんがその場を制した。
「いやはや、想定外だな。青柳君、君の気持はわかった。だが、日葵のことを想う人は君だけじゃない」
「当たり前だっ! 俺がいる」
そう叫ぶが、同時に声が上がっていた。他の御曹司も待ってましたと手を挙げ始めたのだ。
「いや、私も一目見た時から……」「一昨年のパーティーで見かけた時から」「自分にもチャンスをください」
会場は騒然となり、俺の言葉も上書きされた。なんだこれ、気持ち悪い。何が起きているんだ?
「わかっている。だからこその催しだ、選ぶのは彼女だからな。すまないね日葵。この会は一度お開きとしよう」
日葵と咲月ちゃんが何かを言うが、この会場で声はかき消される。
そのまま、なし崩し的に会は解散された。
※※※※※
パーティーがあった会場と同じホテル一室。湯気の立つ餃子を間に幹久は笑みを浮かべていた。
その正面には玲次が立っている。
「座りたまえよ。君の分も用意してある。いやぁ、僕はこれに目がなくてね」
玲次は口元から血が出んばかりに歯を食いしばり、正面を睨みつけた。
その視線を受け止めながら、幹久は餃子を口に入れる。
「ホフッ、あつつ。そんな目で睨まないでくれよ。先程の茶番は大いに笑えたよ、君はまさに役目を果たしてくれた」
「あんなものに意味があるとは思えません」
「そんなことはないよ。君も知っての通り、色恋のネタはいつだって話題に上がる。そこを焦点にしたかった。私にとって大事なのは日葵が龍造寺に来てくれることだよ。その事実を作りたかった。後は話題になりそうな『お姫様争奪戦』に被せればいい。もちろん、日葵とあの少年は蚊帳の外にしてね」
玲次はあらかじめ指示をされた通りに、会に乱入し日葵に告白をした。
幹久の考えは呆れるほどに単純な物だった。周囲の企業人に日葵が龍造寺につくと広報すること、そして御曹司達の日葵の争奪戦を演出することで、話の本筋をずらす。玲次はその為の道化として、使われたのだ。
「卜部は貴方の思い通りには動かない」
不敬ともとれるその態度を幹久は笑顔で受け止める。
「どうだろうね。人の気持ちなんて儚いものさ。父さえ説得できれば、日葵の進路に片っ端から圧力をかけて龍造寺に来ざるを得ないようにしむけることもできるだろう。まぁ、その時は姉さんと衝突するだろうが……それはそれで楽しみだ。少なくともあの少年は脱落するさ」
樹を完全に無視した上からの思考。偏った思想を持つ玲次から見ても目の前の男は歪んでいる。
その意図を理解しようと再び問いかけを投げる。
「卜部が有用なのはわかりました。しかし、龍造寺グループは好調で問題もない。どうしてそこまでする必要があのですか!?」
その問いを受けて、幹久は箸をおいてナプキンで口元をぬぐう。まるで、ずっと話したかった話題が回ってきたとでも言わんばかりに。
「いいかい青柳君。『龍造寺』は父のカリスマでここまで大きくなった。私はその基盤を受け継いだに過ぎない。もちろん、私は優秀さ。だけども姉さんほどではなかった。幼い日から私はずっと姉さんを支えるべく努力をしてきた。姉さんが龍造寺を継ぐことに疑いを持っていなかった。それを、あの男に奪われた。姉さんは『龍造寺』からいなくなった……」
腕時計を外して、それを撫でながら幹久は宙を見上げた。
「父はそれを受けて、龍造寺の運営を変えていった。一人のカリスマが動かす企業から、発言力を分散させ始めた。それは正しいことだ、なぜなら私には父や姉や日葵程の器は無い。だけどね、そうなったら一つ問題があるだろう? 君ならわかるはずだ。問題があるんだよ」
その問いかけの意味を玲次は理解していた。なぜならそれは、自分が抱える問題に近いものだったから。
「自分に『価値』が無い……」
「その通りだ。父や姉さんを支えることが私の『価値』だった。だけど、もうそれは終わってしまう。残されたのは力を失った玉座だ。そんなものは私はいらないのだよ。私は価値あるナンバー2でいたいのさ。そして、玉座に座るべきは日葵だ。彼女が誰と恋をしようが構わないが、私の掌の上からこぼれると困る。だから適当な候補者でお姫様ごっこを楽しんでくれたえ。まぁ……あの告白では望み薄だが……」
「僕は……卜部を…」
玲次は膝をつく。強制させられた告白、それは青柳での自分の『価値』を保証してもらうために必要だった。そのはずだった。だが、胸の痛みはあまりにも深く響く。
「そんな顔をするなよ。すでに他の連中には噂を流してもらっている。君の評判が下がらないどころか、話題の中心としてうまくフォローするさ。もちろん『青柳』にも利のある契約を回そう。これで、養子であった君の不安定な立場は確実なものになる。君は実に……愉快だったよ。あぁ、餃子が冷めてしまったな。直接店に行くことにするよ。それでは、失礼する」
幹久が退室した後の部屋で、項垂れ地面を叩く。
なによりも惨めなことがあった。
強制された告白を受けた後、あの会場で日葵はまっすぐに玲次を見た。
その瞳に迷いはない、周囲の喧噪が響く中、卜部だけは自分を見てくれていた。
その一瞬だけは自分は『青柳』ではないただの玲次でいることができた。
立場を優先したはずだった。だけど今更ながらに強く実感していた。自分は、青柳 玲次は卜部 日葵を好いていたのだと。
その想いをほかならぬ自分自身が踏みにじった事実が、何よりも惨めで、情けなくて。
高級ホテルの一室、ホコリ一つ無い絨毯の上で玲次はただ項垂れていた。
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ハイファンタジーでも連載しています。よかった読んでいただけたら……(文字数100万字から目を逸らしつつ)嬉しいですっ!下記にリンクあります。
『奴隷に鍛えられる異世界』
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