天然少女とバーベキュー
尊い犠牲の末に海から龍造寺家の別邸に帰ると、庭で葉香さんがバーベキューの準備をしていた。
組み立て式の机には朝方日葵が作った料理が並べらている。
「お帰りなさい。お腹減ったでしょう。晴彦さんは……まぁ、なんとなく想像はつくわね。すぐに戻って来るでしょうから食べましょう」
「むー、お母さん。私とサッキーで晩御飯作ろうと思ったのに」
車で爆睡していたおかげか、元気一杯の日葵が抗議の声を上げる。
「いや、葉香さんが正しい。朝飯の残りがかなりあったしな」
「私も忘れていました。お母さんありがとう、準備変わるよ」
日葵が作った朝ごはんの残りに、用意されたバーベキュー用の海鮮の食材もあるし、かなりの量だ。
「ホッホッホ、お手伝いを申し出たいところですが、ワシは今日は用事がありましてな。また明日、お目にかかりましょうぞ」
「あら残念。お父さんの所に行くんでしょう? 明日もよろしくねシゲさん」
「シゲさん、お別れなの? 今日はありがとでっす! またねー」
「ありがとうございました」
「助かりました。ありがとうございました」
森重さんはここでお別れのようだ。葉香さんの台詞的に日葵のお爺ちゃんの所に行くのだろうか?
車庫に戻っていく背中に挨拶をした後はバーベキューと向き合う。
「下処理も終わっているし……なら、焼きまっす。ピットマスターのヒヨちゃんだよ」
「バカ、そんな恰好で火傷したらどうすんだ。こういうのは男の仕事だよ」
日葵は腕を露出した格好だ、炭が爆ぜると背が低いから危ない。
せめて長袖を着てもらいたいが、ここは俺の出番だ。
「むむぅ……うん、じゃあ任せた。美味しいべーべキューをよろしくねイックン」
「任せろ。と言いたいところだけど、焼き加減の指導は頼む」
料理はてんで素人だからな。
「了解でっす。一緒に頑張ろうね」
「おう」
「いいわねー。じゃあ私はお酒を持ってくるわね。咲月、チェスでも付き合ってくれない?」
「えっ、私もお姉ちゃん達を手伝いたいんだけど」
「お母さんにも構ってよ。e4ね」
椅子に座った葉香さんが、ワインクーラーに氷水を注ぎボトルを一本刺した。
鼻歌を歌いながら、スズキのパイを口に優雅に腰かけて足をパタパタと揺らして催促する。
「ハァ…目隠しは苦手なんだけど……e5」
ため息をついた咲月ちゃんが、葉香さんの体面に座って目を閉じて応じる。
なんか、神々の遊びみたいなの始まったんですけど。
さらっと何やってんだあの親子。
「楽しそうだね。イカが焼けるまで、私達もなにかやろうよ。2六歩」
「できるかっ!」
えっ? 卜部家の女性陣は全員目隠しチェスとか将棋とかできるの?
そんな家族の団らんみたいな感覚ですることなの?
それとも金持ちの教養だったりするのだろうか?
できるわけもないので、朝ごはんの残りを日葵に食べさせてもらいつつ、ひたすら焼きに徹する。
端に寄せた貝の大きな二枚貝の口が開き、良い香りがしてきたころ。
砂まみれの晴彦さんも帰って来た。
「ひどいじゃないか……せめて車に乗せてくれたっていいだろう……」
「パイ投げしてきた人が何言ってるんですか」
ジロリと睨まれる。葉香さんがくすくすと笑って、手を挙げる。
「晴彦さん。ワインを冷やしているから、早くシャワーを浴びてらっしゃい。……Qd2これでメイトまでいけるわね」
「参りました。少しくらい手加減してくれてもいいのに……」
「咲月が強くなったから手加減できないわよ。楽しかったわ」
というわけで、良い感じに場も整ったので楽しい晩御飯の始まりだ。
「樹さん、飲み物どうぞ。お姉ちゃんも」
「わーい。オレンジ―ジュース」
「バター焼き旨いぞ。ほら日葵も食べろよ。咲月ちゃんも」
「いただきます」
「イックン。両手塞がってる。あーん」
「……ほい」
大口を開ける日葵の口にホタテを入れる。
ヒナ鳥みたいだな。昨日のことがあってから日葵はどうも甘えたがりになっているようだ。
「ムグムグ、甘いっ! 美味しい」
「確かに甘味が強いな」
「ほう、良い度胸しているじゃないか、樹君……」
「こらこら。まったく晴彦さんはいつまでたっても子供離れできないんだから。折角帰ってくるまで待っていたのよ。一緒に飲みましょ。バーベキューには安いワインよね」
「むぐっ、まぁ、葉香さんがそういうなら」
とまぁ、こんな感じに楽しく食事をすすめて腹もこなれてきたころ。
酔っぱらって机に突っ伏している晴彦さんにタオルケットをかけた葉香さんがやって来る。
「三人とも忘れる前に言っておくわね。明日は夕方にちょっとした会食があるの、朝のうちに服を用意するから出かけちゃダメよ」
「会食ですか?」
「えぇ、幹久……私の弟が勝手にセッティングをしちゃったの。変な事を考えてなきゃいいのだけど……当然イックンも参加するわよね。日葵と咲月のナイトをお願いしたいの」
じっと葉香さんに見つめられる。隣を見ると、日葵も少し不安げな表情でこちらを見ていた。
ったく。本当にコイツは。ポンポンと日葵の髪に触れる。
「でますよ。せっかくマナーの勉強をしましたから。フォーマルな服なんてないですけど」
「準備するわよ。ありがとう、イックン」
「……ありがと、イックンっ! 大好きっ!」
「わっ。危ないぞ」
満面の笑みで抱き着いてくる日葵のせいでバランスを崩して二人して芝生に倒れてしまうのだった。
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ハイファンタジーでも連載しています。よかった読んでいただけたら……(文字数100万字から目を逸らしつつ)嬉しいですっ!下記にリンクあります。
『奴隷に鍛えられる異世界』
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