お節介と夏の受難
夏休み宿題やろう週間四日目。今日も今日とて日葵の家で、課題を黙々とこなしている。
ちなみに、今日は咲月ちゃんは友達と遊ぶとかで不在である。
「イックン、づがれだー」
どてーと机につっぷするのは、俺の彼女であり、この宿題週間の企画立案者である。
「じゃあ、休憩すればいいんじゃないか? かなり進んでいるだろ」
「終わった」
「は?」
今なんと?
顔だけを上げて上目遣いに日葵がこちらを見る。
「問題集の課題は終わったでっす。後は作文系だけ~」
「マジかー。早すぎんだろ? お疲れ様」
どこかでスイッチが入ったのか、かなり集中していたからな。そうなってしまえば日葵なら恐ろしい速度でこなしてしまうだろう。
「ちょっと、見せてくれないか?」
「ダメっ。イックンの為にならないでしょ。ふぇ~頭がポカポカしてるよ」
「無理するなよな。まだ目標まで余裕あるだろうに」
手元にある『ヒヨちゃん先生の宿題進行表』によれば、まだ問題集が終わるのは明日のはずだ。
ちょっとアクセルを踏みすぎじゃないか? 不思議に思っていると、日葵がブーっと頬を膨らませる。
「わかってないなー。イックンはおこちゃまだなー。ほらほら、ヒヨちゃんが頑張ったよ。彼氏として何かすることはないのかね?」
ソッと頭を寄せて上目遣いのまま、何かを要求してくる。
「気が付きませんで悪うござんした」
ガシガシとヒヨリの頭を撫でる。咲月ちゃんがいたら、恥ずかしいからできないもんな。
「あ”あ”あ”あ”頭皮まっさーじ」
喉をゴロゴロと鳴らしてご満悦のようだ。猫みたいだな。フワフワのくせ毛は触り心地が良い。
手つきを変えて優しく撫で始めると、それはそれで良いのかされるがままになっている。
「というか、褒められたくて時間に余裕があったのに問題集頑張ったのか?」
「……」
返答無し、と思ったら机に涎が垂れている。
「そだよ……すぴー……」
「どんなタイミングで寝てんだよ」
頭を使いすぎて、眠たくなったらしい。机に頭を乗せた体制で寝ると、肩がこるぞ。
起こすのも悪いし、後ろに回り込んで抱き上げる。寝ている子供みたいだな。
そのままベッドに運んで、タオルケットをお腹にかける。完全に寝に入ったな。こうなったら起きないだろう。
「……むにゃ」
「お疲れ様日葵……残りは帰ってやるかな」
俺も頑張らなくちゃな。……それはそれとして、今日の日葵はキリンがプリントされたシャツに短パンだ。露出の多い服装なわけで、それがあらん限りに無防備にさらけ出されていて……うん、やっぱ帰ろう。この状況は勉強に適さない。
宿題を片付けようとすると、ドアが少し空いている。……エアコンをかけているから閉じていたはずだが……。
無言で、近づきドアを開けると葉香さんが仁王立ちしていた。
「何やっているんですか?」
「ウフフ……青春成分を補給しようと思ってね。それにしても樹君は紳士ねぇ、少しなら見なかったことにするわよ」
「母親が何言っているんですか。日葵が望まないことはしないです。そもそも、あいつはそういうの疎いですし」
「あら、女の子は男の子が思うよりも、ずっと大人なのよ。ヒヨリだって、少しは考えているんじゃないかしら」
妖艶にほほ笑む葉香さんだが、後ろから日葵の寝言が聞こえてくる。
「むにゃ……ハンバーグ…オムライス……エヘヘ」
「……(スッ)」
「……(フイッ)」
お子様ランチ見たいな寝言を呟く日葵を無言で指さすと、葉香さんは目を逸らした。
「ま、まぁ、個人差は誰にもあるわ」
「イックン……あーん…」
「ムグッ!」
追加の寝言による不意打ちにむせる。こいつ、どんな夢みてんだよ。
「あらあら~。好かれているわね~イックン」
「……起こすと悪いから、出ますよ」
ニマニマと笑う葉香さんの背中を押して廊下へ出て、そっとドアを閉める。
「ちょうど、良かったわ。実は今日は樹君にお話があったの」
「話ですか?」
「えぇ、地下室で話しましょう。晴彦さんもいると思うわ」
「あれ? 今日いたんですか?」
いたなら、さっき見たいな時は乱入しそうなものだが。
「ええ、私はちょっと着替えるから、先に降りてて頂戴」
着替え? と思ったが、女性に服装のことを質問するのははばかられるので、言われるがままに地下室へ行く。この家の地下に入るのは初めてだ、話によればシアター室らしい。螺旋階段を下りて、扉を開ける。まず目に入ったのは大きなスクリーンだ。天井にはプロジェクターが設置されており、ゆったりとした高級そうなソファーが置かれていた。うん、ブルジョワジー。
そして、そのソファーには晴彦さんが座っていた。入り口からは後ろ姿しか見えないな。
「こんにちは。葉香さんに言われたんで来たんですけど……えっ”!?」
回り込んでみた晴彦さんには手錠がはめられており。高そうなソファーから伸びているフックに手錠が紐で結ばれていた。
「やぁ樹君。日葵と二人きりでの勉強は楽しかったかい……邪魔してやろうと思ったんだけど、葉香さんに察知されてしまってねぇ。娘に何かしていないだろうね!」
「普通に宿題しかしてないですっ!」
ガチャガチャと手錠を鳴らして、晴彦さんがメンチを切って来る。……どう処理すればいいんだ?
葉香さん早く来ないかなぁ。
「ちなみに、この手錠はコスプレ用のものだから内側に布地があって痛くないんだよ」
「へぇ、今日一番知らなくていい知識ですね。それで、なんで俺はここに呼ばれたんですかね」
「さぁ? 葉香さんが僕と樹君に話があるって言っていたけどね。というか君、彼女の父親が手錠で拘束されているんだよ。もうちょっと心配とかしないのかい?」
「彼女の父親がコスプレ用の手錠で拘束されているという場面に遭遇した、俺の気持ちにもなってください。見ちゃいけないものを見ている気分です」
何が悲しくて、彼女の両親のプレイを見なきゃならんのだ。
「二人共、お待たせ」
女子教師のコスプレをした葉香さんが入ってきた。グレーのスーツに出席簿にさし棒まで持っている。お堅い服装なのにスタイルが良いためどこか背徳感があるな。
「待っていたよ葉香さん。そろそろ、手錠を取ってくれると嬉しいな」
「もちろんです。晴彦さん。これに懲りたら、娘の部屋にパイを持って乱入するような真似は止めてくださいね」
「善処するよ」
「またパイ投げするつもりだったんですか……」
なんでこの人ことあるごとにパイ投げしようとするんだろう。
「それでは、授業を始めます。前に注目ー」
葉香さんが、リモコンのスイッチを押すとスクリーンに映像が移される。
『日葵と咲月の夜会デビューの注意点について』
とタイトルが書かれていた。
「今度、九州で催しがあるでしょう。ちょっと面倒なことになっちゃってね。最低限二人にもして欲しいことがあるのよ」
「面倒なことですか?」
確か、会社をいくつも経営しているっていう日葵のおじいちゃんが開催するパーティーのことだよな。
「えぇ、日葵と咲月のことが、日本中に広まってね。今度のパーティーで日本中の御曹司が二人を狙ってやって来るのよ。ウフフ、困ったわぁ」
「いや、笑いごとじゃないですよ。なんでそんなことになったんですか?」
「お父さん、つまり日葵のお爺ちゃんなわけなんだけど、夏休みに家族でパーティーに行くことを伝えたら、嬉しくなっちゃって、写真を持って『ワシの孫かわいいじゃろ!』って周囲に自慢しまくったらしいわ。そのせいで、例年よりも若い男の子達が大勢くることになっちゃったのよね」
「それは困ったね。ハハハ、娘達を守ってくれよ樹君」
「いやいや、上流階級の金持ち相手にどうしろと!?」
こちとら生まれも育ちも庶民そのものだ。
「晴彦さんもですよ。私にも誘いの連絡がやみませんの」
「グッ、僕も平凡なサラリーマンなんだけど……」
「ですから、二人には最低限、してはいけないこと、するべきことを教えます。九州旅行までにみっちりと叩き込みますからね」
伊達メガネを光らせる葉香さんは、さし棒を構え直す。
男二人は視線を合わせて、大きくため息をついたのだった。
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