クールシスターとおもてなし
『夏休みの初日』つまりはゆっくり眠り、学業の疲れをいやす最高のひと時……。
バァン! と扉が開かれる。
「おはよー、イックン。お迎えに来たよっ! へぶっ」
「だと思ったよっ!」
とりあえず枕を投げておいた。今年の夏は……熱くなりそうだ。
日葵が作った朝ごはんを食べて、家を出る。肩にかけた鞄にはズッシリと夏休みの宿題が入っており、全然休みと言う感じがしない。
「今日は、サッキーも一緒にお勉強するからね」
「咲月ちゃん、今年受験か。日葵はともかく、俺が横にいたら邪魔じゃないか?」
横を歩く日葵は白いフリル付きのワンピースである。腰にゆるくベルト巻いて、黒いニーソックスというちょっとゴスロリチックな服装だ。多分、葉香さんの趣味だと思うけど、涼し気でとても似合っている。
「サッキーが一緒にお勉強したいって言ったのでっす。皆で集まった方がきっと楽しいよ」
「それならいいけどな」
俺や日葵と違って、咲月ちゃんは繊細な所がありそうだし、注意しよう。
日葵にデリカシーとかは期待しない方が良いしな。坂道を登り、日葵の家に着く。
「あっ、お姉ちゃんに樹さんっ。おはようございます」
縁側に座り、風鈴の音の下。心配になるほど線の細い少女が控えめに手を振ってくる。
白いブラウスに、水色のスカートといった夏らしい恰好をした咲月ちゃんだ。丸みを帯びたショートカットがふわりと風に乗る。
「……」
「やっほー、ただいまー。どしたのイックン?」
「いや、ちょっとな」
ドラマかなんかのワンシーンのような、完成度の高い美少女然とした雰囲気に絶句してしまった。
「日葵、ちょっと。咲月ちゃんの横に立って、こっちを向いて手を振ってくれ」
「へっ? わかったよ」
「あれ? どうしたのお姉ちゃん」
「イックンが、並んで欲しいって。やっほーイックン」
「や、やっほー」
背の低い元気っ娘が並び、ブンブンと手を振る。控えめな咲月ちゃんとの対比が良き。朝ドラの主人公にでもなった気分だ。可愛い女子が並ぶと、ちょっとした日常のワンシーンでも絵になるらしい。
……夏っていいな。晴彦さんではないが、カメラを持ってないのが悔やまれる。
満足したので、二人の元に近寄る。
「何だったのイックン?」
「夏を見ていた。気にしないでくれ」
「?……えと、ここは熱いですし、中は冷房が効いているので入りましょう」
玄関に回り、土間で靴を脱ぐ。リビングに入ると、程よい冷気が心地よい。
中に入ると椅子を勧められ、日葵と座るとそっと紙が差し出される。
「樹さん。飲み物は何がいいですか? こちらメニューです」
「メニューあんのっ!?」
「さっすがサッキー」
手書きのメニューが渡される。麦茶、サイダー、カルピス、牛乳、特製野菜ジュース、その下にはスナック菓子の種類が並んでいた。
「待っている間に、作っておいたんです。お姉ちゃんはカルピスだよね」
「うん、ありがとっ」
僕らの前にコースターが置かれ、日葵のコースターにはグラスに氷が入ったカルピスが置かれる。
「この特製野菜ジュースってのは?」
「夏バテ防止用に私が作った特製野菜ジュースです。リンゴ果汁ベースなので飲みやすいですよ」
「……じゃあ、それで」
「はい、少々お待ちください」
コースターの上にカットしたレモンを飾ったグラスが置かれる。色は黄緑でストローが刺さっていた。野菜ジュースは水っぽくならないように、氷は入っていないが……。手に持ってみると、グラスが冷凍庫で冷やされていたことがわかる。一口飲むと、ほのかな甘みと酸味、少しだけ青臭さはあるが気にならないくらいで、飲みやすく美味しい。なんだこれ。彼女の家に行ったら、その妹にちょっとした飲食店並みにもてなされているでござる。後でお金とか請求されない? 大丈夫? 驚愕していると、コトリと静かに木皿が置かれる。
「ドライフルーツです。どうぞ」
「気遣いがプロなんよっ!」
ツッコまざるをえなかった。ビクリと咲月ちゃんが反応する。驚かせてごめんね。
「ふぇ。何か不手際がありましたか?」
「その逆、メニュー出されたと思ったら。氷を入れた方が美味しいカルピス、野菜ジュースは味に気を使った冷やしたグラス、少し飲んだタイミングで口が寂しいなぁと思わせてのツマミ、手順がプロのそれなんだがっ。咲月ちゃん本当に中学生!?」
「きょ、恐縮です」
「ムフー。自慢の妹なんだよっ」
こんな妹がいたら自慢もしたくなるだろう。日葵も大概だが、咲月ちゃんまでハイスペックとかこの姉妹どうなってんだ。
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