ビンタの応酬
『――であるからして、夏休みは特に大事な時期であり』
終業式とは夏休み前の最後の関門だと思う。特に校長の話は、例え端的であろうとも長く感じるものだ。別に寝たって怒られないが、割と真面目に起きている人が多いので寝てしまうと目立ちそうだ。
というか皆、よく粘っているな。……俺は割と限界近いかも。とか思っているうちに校長が降壇していた。
周囲が途端にソワソワする。
『続きまして、学生会より生徒代表の言葉です。赤井 錬君どうぞ』
着崩した制服のまま赤井が壇上に上がる。胡乱そうにマイクを掴み、口元に近づけた。
わざとなのか、一連の動作はゆっくりと行われ、それはタメとなって体育館が少し緊張した。
そして赤井が口を開く。
『部活!』
大きな声だった。一気に注目が集まる。
「勉強! 遊び! 全部やりつくそうぜっ。以上、学生会運動部代表、赤井 錬」
カラッと笑って、壇上から軽やかに飛び降りる。笑えるくらいに絵になる仕草だった。
土砂降りのような歓声が体育館を埋め尽くす。ちなみに日葵も万歳していた、俺も拍手を送る。
ああいうことできてしまうのが、特別な人間だと思うよ。赤井の挨拶で収集は困難であることを悟ったのか教頭は他のプログラムを省略して。終業式を締めた。俺たちの夏休みは予定より10分早く始まったのだ。教室へ戻って、机の中身を鞄に詰め込む。日葵は学会室だ。さて、俺もちょっと用事を済まそう。
西棟の三階。『学生会補助委員会』という名の二大王子のファンの溜まり場にやってくる。
ただし、今日は青柳がセッチングしたとかう食事会で空だ。借りたままの合鍵で開けて、しばらく待つ。ほどなくして、二人の女生徒が入ってきた。
学生会補佐の前任である長谷川と、今回の騒動の主犯である遠島だ。
長谷川は一年のクラス委員の伝手を使って来てもらっている。一連の騒動からずっと学校を休んでいたが、今日は来てくれたようだ。
「来てくれてありがとう。とりあえず、長谷川には遠島がやったことは簡単に伝えている」
長谷川は普通科の生徒だ。やや乱れたショートカット垂らして、目線を下に向けて俯いている。遠島はいつものように気の強そうな視線をぶつけていた。
「……」
「……」
この場は遠島の意思で作られている。本人から長谷川と話がしたいと言い出したのだ。
正直、絶対に謝るタイプではないと思っていたのでびっくりしていたのだが……なんか謝る雰囲気じゃないなこれ。
タイミングを見て席を外そうとか思っていたんだけど、静寂に絡めとられて動けない。
空気を割って、遠島が一歩足を踏みだした。
「長谷川さん、貴女が卜部 日葵の成果を踏み台にして学生会に入ったこと。許せなかった」
「……」
長谷川は無言で俯いている。数拍置いて、遠島が息を深く吸った。
「だって! だって私がそうしたかったから! 私が普通科だったら絶対に同じことをしてたっ! 手柄なんて全部自分のものにして王子様に近づいた。そうしてたっ! だから……私がしたかったことをした貴女が許せなかった! それが、あんなことをした理由。学生会室を盗聴して、貴女が逃げ出した夜にあの部屋を無茶苦茶にして貴女を戻れないようにした」
「……」
長谷川が充血した目で遠島を見た。ビンタなんて生優しいものではない、体重の乗った張り手で遠島を張り飛ばす。
「グッ……痛いわねっ!」
距離が離れた遠島がそのまま、靴音を響かせて近づき。長谷川と同じように張り手を返した。
景気よく長谷川が飛ばされ、机に激突した。
「ンアッ……」
「おいおい……」
びっくりして、フリーズしてた。えー。これ、俺のせいか? 止めるべきか? しかし、ここで先生でも呼ぼうものなら二人の立場は不味くなるだろう。いざとなったら体を張るしかないか。
二人のビンタの応酬はそこからさらに一往復し。長谷川が遠島の襟をつかんだ。
「だったら、上手くやりなさいよっ! それで卜部が学生会に入ったら、私達っていったいなんなのよ!? 私はあの、卜部に勝てれば良かったの、あの化け物見たいな卜部 日葵のようにできないことわかっていたわよ。いつか、業務ができないことがバレることもわかってた。私は、ただ……あの子に負けたくなかったの……王子様の傍にいる権利をあの子から奪ったと思っていたのに、あの子にとって学生会なんて気にも留めていなくて……私は……」
……えっ、マジ? 日葵に対する劣等感を解消する為に学生会に入ったのかよ?
長谷川が泣き崩れ、遠島も泣きながら、こっちを見ている。
「全部、知ってたのね?」
「……とりあえず。顔を冷やせよ二人共、そのままだと腫れるぞ」
それっぽくシリアスに言っているけど、本当に知らない。この展開を知っていたら全力で逃げてた。俺は普通に女子二人が仲直りする光景を見るつもりだったのに……。とりあえず、すぐそばの水道でハンカチを濡らして、遠島に渡す。
「ハンカチは一つしかないんだ」
「私の分は不要よ。どうぞ長谷川さん……私が貴女を呼んだのは、どうして自分があんなことを
したのか説明したかっただけよ。謝罪する為じゃないわ。ただ……貴女が、苦しんでいる気持ちもわかる」
ハンカチで頬を冷やしながら、ぽつぽつと長谷川は想いを口にした。
特進科を目指していたが、入ることができず両親の期待を裏切ったこと、せめて普通科でトップを取ろうとしたら、ほぼ全科目満点を取る日葵に勝てなかったこと。さらに、偶然同じクラス委員会となりその異常な仕事ぶりから劣等感を強く刺激されたこと。
……今回のことは意外だったが、日葵は時々人の敵意にさらされることがあると理解はしていた。
アイツはあんまりにも眩しいから、自分の弱い所が影のように浮かび上がる。
ただ、そんな俺の情けない部分も笑って受け入れてくれる日葵に心底惚れて、彼女を守ろうと心に決めた。
話し終えた長谷川は力なく椅子に座り直す。
「私達ってなんだろうね?」
「フフフ……そうね。馬鹿みたい…いいえ、馬鹿だわ。結局、自分の感情に振り回されただけ」
二人とも大騒ぎをして疲れ切ったようだ。ただ、少しすっきりもしているようだ。
一応、用意していた手札を切ろうか迷う。ただし、状況が想定と違いすぎてなぁ。
「一応、学生会補助委員会に入ることもできるぞ。長谷川はともかく遠島は王子の傍にいたいんだろ? 長谷川は部屋の件が長谷川の仕業ではないことは学生会に知らせてある」
「……今は、落ち着きたいわ。なんだか、虹みたいに触れられないものをを手に入れようとしていたみたい」
遠島がゆっくりと首を振り、長谷川は椅子に座ったまま天井を見上げた。
「私も……結局、卜部は私を見ようともしなかった。勝手に私が意識して、敵対しても、敵にすらなれてなかった……あの子の視界にすら入れなかった」
「そんなら、直接話せばいいんじゃないのか?」
「それが……できたら苦労しないわよ。あの子、いつも人気だし……」
……なんか、解決策は簡単な気がしてきた。
無言で、スマフォを操作してメッセージを送る。
「何しているの?」
長谷川が怪訝な表情でこちらを見ている。
「呼んだ」
「えっ、日下部君。貴方まさか、この場所に!?」
「呼んだって、誰を?」
驚くことに、メッセージを送ってから20秒も立たない間に扉が景気よく開かれた。
「ちょうど、西棟にいたんだよ。イックン、どしたの?」
「扉壊れるぞ。片付けの最中に悪いな。紹介したい人がいるんだ」
「「卜部 日葵……」」
「うん、あっ、遠島さんと長谷川さんだね。遠島さんは話しを聞いているけど……長谷川さんは一年のクラス委員以来だね。お久しぶりでっす。どしたの三人で?」
長谷川が信じられない目でこちらを見る。
「貴方、一体何者なの?」
「日葵の彼氏だよ」
「ふぇ、イックン。シークレットじゃないの?」
「ここでは解禁だ。そんで、この長谷川さん。日葵と友達になりたいらしいぞ」
「ち、違うわよ。私は……」
「えっ、そうなの? やったー。Iine交換しよっ。下のお名前なんていうの? いつも学年テストで近い順位だからお勉強のこととか話したかったんだよねっ。私のことはヒヨちゃんって呼んでねっ」
万歳して近づく日葵に長谷川は呆然としている。
「私の順位のこと知ってるんだ……私、貴方に見て欲しかっただけだったのね。あの、私、ひどいことを卜部さんにして……」
「ヒヨちゃんでいいよ。ひどいこと?」
「一年のクラス委員会の仕事の成果を全部自分のものにして……」
「……あの時、私も暴走してイックンに止めてもらったでっす。成果なんかよりも大事なことがあったの。だから、大丈夫。謝ってくれてありがとう。私達、これで友達でっす。というか頬っぺたが腫れてる!? 氷とシップを持ってくるねっ」
「えっ、これは。もう大丈夫だから……」
久しぶりに話す二人を見ていると、遠島が寄ってきた。
「私はダシにされたのかしら?」
「信じてくれないだろうけど、全部偶然」
実際長谷川のことなんて、まったく把握していなかった。まぁ、なんとかなっちゃう辺りが日葵の凄い所なんだよな。
「少し、自分を見つめ直してみるわ」
「いいんじゃないか? とりあえず、最悪じゃあないし、別に許されるだけが救いでもなし、時間はあるんだ」
なんせ、これから夏休みだからな。
この話は書かない予定でした。長谷川さんは本編に登場はさせないつもりだったのですが、イックンがお節介をしたので出てきてしまいました。普段と違う雰囲気かもしれません。基本はイチャラブでやっていこうと思っています。
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