終わる学期と始まる夏休み
PPP……ケータイのアラームで目が覚める。時間は……まだ早い。
「まだ、寝れる……」
そもそも、なんで普段よりも早くアラームが鳴るんだよ……。
枕を抱きしめて、エアコンをつけ直す。どうせ今日も地獄のように熱いのだ。せめて今だけは、天国にいさせてくれ。
ささやかな願いはいつだって無残にも踏みつぶされる。
バァンと景気よく扉が開かれた。
「おはよう、イックン。お迎えに来ました! ヘブッ!」
「なんでだよっ!」
枕を投げつける。なんか、もう、色々ツッコミどころが多すぎる! ちなみにこうして日葵が起こしに来るのは初めてです。というか、俺の部屋に日葵が入るのも初めてだ。
「何、勝手に人の部屋開けてんだ。母さんは何やってんだ!」
「昨日メッセージを送ったら、是非起こしてくれとお願いされまっした。お付き合いしてから、初めての夏休みが始まるってのに、恋人としての意識が低いよイックン!」
「そっちはデリカシーが無いけどな!」
「なるほど、ここがイックンの部屋でっすか。イックンの匂いがするよ!」
「変態かっ! こういうのって、もうちょい、ドキドキするイベントじゃないのかっ、いや、ある意味ドキドキしたけどさ」
「朝ごはんはお味噌汁と焼き魚、後ヒヨちゃん特製のお漬物もあるよっ」
「それは普通に楽しみ……いいから、いったん閉めろよ。起きるからさ」
「わかった。下で待ってるねっ」
眩暈がして、再びベッドがに倒れこむ。朝から日葵の天然に振り回されるのはかなりきつい。ベッドの誘惑は続いているが、ここで二度寝でもしようものなら何をされるかわからない。あぁ、疲れる。
だけど、ご飯は美味しい。
せめて、文句の一つでも言ってやろうと一階に降りた俺を持っていたのは、ピカピカの白米に、しっかりと出汁から調理されたナスの味噌汁、脂が乗った絶妙な火加減の焼き魚、添えられている浅漬けは夏野菜がバラエティ豊かに漬けられており、食欲を引き出してくる。そりゃもう食べるしかない。うぅ、朝からいくらでも食べれてしまうぜ。
「くそう。美味しい……めちゃくちゃ旨い」
これはもう、一種の洗脳じゃないか。所詮人は胃袋を掴まれたら逆らえないのだ。
「エヘヘ、お味噌汁のおかわり注いで来るね」
「……漬物も追加で」
「はーい」
ニコニコと笑顔でお椀にご飯をよそう日葵。対面に座る父親は、無言で日葵の料理を掻っ込み続けほっぺたを膨らませており、この上なく幸せそうだし、母親は日葵を見てデレデレしている。というか、一応一家の台所を預かってんだから、日葵の手伝いとか……しない方が絶対に旨い朝ごはんができるな。
だめだこの両親、すでに日葵に懐柔されている。ハッとして窓の外を見ると、愛犬のヒサミツも日葵特製の犬用のサラダを出されてガッツいている。ブルータスお前もか、寝ている間に日下部家が完全に堕ちていた。
結局いつもより大分早く家を出ることになってしまった。パンパンに膨れたお腹をさすりながら坂道を降りていく。
「それで、なんで急に家に来たんだ?」
「なんでだろ? 昨日夜にイックンことを考えてたら、急にイックンの朝ごはんを作りたくなったのでっす。……あっ、わかった。イックンが私のご飯を食べるのが彼氏の特権みたいなことを言ってくれたのが嬉しかったからだ」
「ハブッ……」
「沖縄の毒蛇がどうしたの?」
この天然がっ。悔しいので、頭をワシワシと撫でる。
「ワッ、折角整えたのに、エヘヘ、くすぐたったいよ」
「朝ごはん。ありがとな」
「うん。また作るね」
「先に、連絡はしろよ……あと、急に部屋に入るのもダメだ」
「えー。いやっ」
「何でだよっ!」
そんなことを話しながら、学校へ着く。一応日葵と付き合っていることは隠しているというか、周囲に公言してないので、少し距離感を作る。といっても、並んで教室へ向かうわけだが。
教室前に少し人だかりができていた。……なぜ? とか考える前に答えが目に入る。
赤井が教室前で壁にもたれかかっているのだ。イヤホンを付けて俯いている。その仕草も絵になっており、周囲の女子が熱っぽい視線を投げていた。
すると、赤井がこちらに気づきイヤホンを外して寄って来る。
「おはよう卜部、っと樹もこのクラスだったな。二人共知り合いなのか?」
「まぁな。おはよう、目立ってるぞ」
「おはようでっす。赤井君っ!」
元気よく日葵が手を挙げて挨拶する。口ぶりから日葵が目当てようだ。
「別に、学生会の用事を伝えに来ただけだ。他に……用はねぇよ」
露骨に斜め上を見ている。変な奴だな。
「それなら、スマフォのメッセージでもいいのでは?」
「あっ……それもそうだな。考えてなかった」
そんなわけないだろう。みれば頬も赤いようだ。
「夏バテでもしてるのか? あっ、いや、そういうことか」
赤井は周囲に隠しているが女性恐怖症だ。もしかすると、今朝もそれ関係で何かあったのかもしれない。
「いや、それじゃない。というかそれに関しては卜部も知ってる」
日葵を見ると頷いた。日葵のことだ、赤井の様子から看破したのだろう。
それなら、無駄に気を使う必要はないか。
「とにかく、大丈夫だ。それよりも卜部、今日は終業式後に学生会室で片付けの続きと、ちょっとした話があるから、忘れるなよ」
「うん、昨日途中やめだったからね。わかったよ」
「じゃあな」
そう言って、赤井は去っていった。何だアイツ? そんなことを伝えるために、待っていたのか?
首を捻りながら、教室へ入ろうとすると、今度は逆側からこれまた目立つ奴が現れた。
青柳だ。学園の王子様二人が入れ替わり立ち代わりとは豪勢だな。
「すまない。学生会の用事だ。卜部、少しいいか?」
「今日、学生会室で片付けの続きでっすね。さっき、赤井君から聞きました」
「……チッ、そういうことだ。片付けの後は、会議を手伝ってくれた学生会補助の生徒達を交えちょっとした食事会を行う。もちろん学校の許可も得ている。参加できるな?」
眼鏡を直しながら、有無を言わせぬ口ぶりそう告げる。
しかし、日葵は首を振った。
「今日は、用事があるので無理でっす」
今日は、昨日行けなかったゲーセンに行く約束をしていたからな。
「送迎はタクシーが出るし、めったに経験できないような料理がでるが?」
「うん、大丈夫。青柳君達で楽しんでよっ」
「……終業式後に会おう」
そう言って青柳は去っていく。アイツ、日葵を学生会に引き込むつもりじゃないだろうな。
というか、日葵のすぐ横にいる俺は無視か。
「むぅ、二人共メッセージを使えばいいと思うのでっす」
「……そうだな。でないとこうなる」
「へっ?」
すぐに、両隣のクラスも含めた女子達が日葵を囲んでいく。ちなみに俺は太目の女子に吹っ飛ばされて廊下を転がっています。
「ちょ、ヒヨちゃん。今の何っ? 王子様の食事会って超行きたいんですけど!」
「赤井王子の立ち姿だけで、ご飯三杯は行けるわ。やっぱり私も学生会目指そうかなぁ」
「ねね、学生会室での王子様の様子ってどうなの?」
「い、イックン~」
「少し落ち着いたら、丸宮を見つけて助けに行くからガンバレ」
手を振って危険地帯からの脱出を図る。丸宮はまだ来てないようだ。女子の群れに入るには女子の力が必要なのだ。
「ガンバレないよぉー!」
合掌。
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