夏が来る。
カリカリと原稿用紙に文字を書いていると、タッタッタと軽やかな足跡が聞こえる。
ほどなくして教室のドアが元気よく開かれ、日葵が入ってきた。
「お待たせイックン」
「ドアが壊れるぞ。お疲れ様、日葵」
「うん。よっし、じゃあマキバのゲーセンに行こう……って、何しているのイックン?」
「遅刻したことの反省文書いてる」
遅刻した上に、出欠蹴って学校にいることがバレたので普通に怒られました。まぁ仕方ないな。むしろ反省文で済ませてもらったのは温情だろう。
「ええー、走ってきたのに。イックンは不良さんだなー」
「悪かったな。もう書き終わったから、職員室へ行って帰ろう。お腹減ったしな」
「私もっ、モックでも行こうか?」
「ラーメンもいいなぁ」
「バレたら怒られるね。反省文追加かもでっす」
「……やめてくれ」
反省文を提出して靴箱へ向かう。アスファルトから夏の熱を感じる。
「アチィ」
「だねー」
隣に立つちびっ子は俺よりもアスファルトに頭が近いからもっと熱いのかもしれない。
それを口にすると怒るからしないけど。
なんとなく無言で歩く。というより、どっちが口を開くかでタイミングを計っている。
「ねっ」「なぁ」
「「……」」
そして被る。どうしてこうもうまくいかないのか。
顔を見合わせて二人苦笑した。
「エヘヘ、被ったね」
「ハハ、変な感じだな。先、どうぞ」
「はい、先もらいまっす。会議は上手くいったよ。これで夏休みは思いっきり遊べるね。九州旅行もあるし、夏祭りに、プールでしょ、映画もいいなぁ」
ポニテが犬のシッポみたいに揺れる。指折り数えるのは幸せの数、本気で考えている俺の彼女が可愛いぜ。
「全部すればいいさ。……俺の方も聞いとくか?」
「そうだね。イックンの方も教えて欲しいかな。多分、部長会のことと関係あるよね?」
話さない選択肢もあるかもしれないが、遠島と長谷川のことに関しては日葵の力も貸してもらうかもしれない。情けない彼氏だよまったく。
かいつまんで、わかったことを伝える。今後はどうするかね?
「遠島は納得はできてない様子だったけど多少は落ち着いた。また、話してみるよ。長谷川さんの冤罪に関しては、青柳が広まらないように無かったことにしているから学校は知らないし、冤罪に関してそれとなく赤井に伝えておくよ」
さきほど反省文のついでに赤井にメッセージを送っている。学校に復帰できる程度には回復してほしいし、遠島の感情の落としどころもある。やることは多い。場合によっては、丸宮や陸斗にも手伝ってもらわないとな。俺にできることなんて、たかがしれているのだ。
「がんばったねイックン。ナデナデしたげましょう」
手が届かないので、肩をナデナデされる。
「……屈んでくれると助かりまっす」
「恥ずかしいからダメだな」
「イックンはおこちゃまだな~。はい、じゃあ次は私っ」
上目遣いで頭を差し出してくる。
「ヒヨちゃん、今日は頑張ったよ。ちょっぴし怖かったけど、イックンが『がんばれ』ってメッセージくれたから、がんばったのでっす」
「……そうだな」
少し遠慮気味に頭を撫でる。夏の熱気に充てられてて、甘い柑橘系のシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐる。
恥ずかしかったのか、日葵は一歩跳ねて前へでてクルリと向き直る。ちょっと頬が赤い気がする。
「よっし、じゃあゲーセンいきまっすよ。今日は、プ、プリクラとかやってもいいでっす。……やっぱりハズカシッ」
「頭撫でる方が恥ずかしいだろ……」
彼女の価値観がわかりません。日葵は手をつないだりとか、頭を撫でるなど、身体的接触は抵抗ないっぽいのだが、なぜかデートの仕方とかちょっとしたイベントを恥ずかしがったりする。……多分、葉香さんのせいだと思う。
「まずは、腹ごしらえだね。先生に見つからないようにしないと、さっき素麺作ったから麺でもいいかかも」
「ん? 素麺作ったのか? どこで?」
ちょっと聞き逃せない。嫌な予感がするぜ。
「えっ? 学生会室で作ったよ。青柳君がお腹減ったっていうから赤井君にも作ってあげたの。学生会室の横って休憩室があってキッチンもあるんだよ。すごいでしょ」
「……二人は何て言ってた?」
日葵の料理は簡単な物でも、結構感動したりする。まぁあの二人なら高級なもの食べまくっているし、別に無反応化もしれんが。
「よろこんでくれたよ。美味しいって」
「……そっか」
ちょっと、ショボーン。日葵の料理を食べれるのは彼氏である俺の特権みたいに思っていたのに、いや日葵にそんな気が無いの知っているし、そもそも普段から友達とかにも料理をふるまっているの知っているし、わかっちゃいるけど、なんか気に喰わん! でも、それを口に出すのもなんかかっこ悪いし……。嫉妬深い自分を日葵に見せたくなかった。
悶々としていると、覗き込んでくる日葵と目が合う。
「私は食べてないよ。イックンとお昼を食べるの楽しみだったから」
今日は、いろいろあったし、夏休みが近いし、暑いから……気が付いたら口から言葉が出てきた。
「わかってる。なんていうか、日葵のご飯は俺の特権というか……二人が羨ましいというか…上手く言えないな」
纏まらない、拙い言葉、恥ずかしくて視線を逸らそうとするけど日葵が正面に回り込み、襟をつかんで俺を引き寄せる。
「私も、イックンに作るご飯は特別だよ。好きな人に作るご飯が一番楽しいでっす。私のご飯そんな風に想ってくれてたんだ。ありがとうイックン」
結局抱きかかえられて頭を撫でられる。
ほんの数秒たって離れる。二人共汗でべとべとだ。
「エヘヘ、ゲーセンもいいけど。うちに来ない? 美味しい素麺を作りまっす」
「……ゴマだれがいい」
「豚肉とオクラもつけるよ。イックンの好物だからねっ」
そう言って笑う彼女をやっぱり正面から見れなくて、でも目が離せないのだった。
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