天然少女とお節介
「どっこいしょでっす!」
小さな体で危なっかしく運ばれた大き目のプロジェクターが机に置かれる。
視聴覚室から持ってきたプロジェクターが、PC室のノーパソに繋がれる。
夏休み前の数日は学園の授業は自習になる。これはテストの補修や、先生からの課題を個別に伝えたりする期間に当てられるからだ。そして、各部活の代表が集まり夏休み中の部費を決定する部長会もこの自習の時間に行われるのだ。
朝の時間、樹は結局教室へは来なかった。きっと、『何かを』しているのだろう。
今日は、自習が主とはいえ『朝の時間』という出席の確認や、先生からの話はあるのだが、樹はサボりというわけだ。
「不良さんだな~。イックンは、でも頑張っているのかも、よっし、私も頑張るよっ! 七難八苦でっす!」
気合を入れ直し、日葵は部長会の準備を進める。
「……それにしても、青柳君と赤井君は来ないでっすね」
汗をぬぐい、机を移動したし資料を並べていく。
その様子を見つめるのは、大きな体を縮こませてタイミングを計っている赤井 錬だった。
「う、もう来てんのかよ。先に待ってるつもりだったんだけどな。……『ちょっと、付き合えよ』いや、ちょっと強引か。『学生会にいれてやる』『俺の補佐にしてやる』……ダメだ。おいおい、なんでこんな普通に誘うことに悩んでるんだよ。最初に会った時は、もっと簡単に誘えたんだけどな」
普段は歯の浮くようなセリフを、少なくとも相手の女子視点では自然に喋れているはずなのに、どうしてもあのちみっこを誘おうとすると、言葉にならない。……何やってんだ。今が二人きりになれるチャンスだろうに。
そんなことを考えているうちに準備を終えた日葵は、何かを思い出したのかPC室を後にした。
「あっ……チッ、ま、部長会を終わらしてからだな」
一方その頃。
「フン。くだらない茶番だが、利用するのには丁度いい。龍造寺とのコネ……とまでは言わないまでも、卜部の能力は評価できる。……あいつらを、家の奴らを見返してやる」
青柳 玲次は学生会室で自分のPCの画面を見ていた。移っているのは進学科しか覗けない、SNS上のチャットルーム、学生会が部費を自由にしているという根も葉もない噂が書き込まれている。
玲次は複数あるアカウントのうちの一つを選択し、そこに書き込みをした。念のため他のアカウントでも似たようなことを書いておく。
『赤井も青柳も金に困っていない。そんなことをするとしたら、補佐を頼まれた普通科の卜部という女子しかいない』
「元の書きこみが誰のものかは知らないが、どうせ今日の部長会に関係しているだろう。僕が助けてやるよ。卜部、せいぜい感謝してくれ」
SNS上のヘイトを日葵に向け、その上で助ける。そうすれば印象的だし、自分の補佐にするという導線も作りやすい。
「今日の部長会が楽しみだな」
複数の書き込みには、同調する返信が送られている。しかし、実際の業務に問題が無いことは明白だ。自分なら問題なく彼女を助けられる。玲次は自分で入れたコーヒーを飲み干し、席を立った。
そして、時を告げるチャイムが鳴る。ぞろぞろとPC室に運動部と文化部の代表が集まる。
スクリーンの前に立つのは、学園の二大王子様とその横に小さな少女。
眼鏡をかけ直し、玲次が口を開会を宣言する。
「では、夏休みに向けた。各部活動の活動費についての会議を始める。進行は文化部代表、青柳が務めさせていただく、書記は立候補の中から無作為に選出した」
学生会の助けをしている女子達から書記となっている。
「では、さっそく夏休み中の特別日について、今回臨時で補佐を頼んだ卜部さんに説明をしてもらう」
「はい。では、正面のスクリーンを――」
「待ちなさい。その前に、確認したいことがあるわ」
日葵が発表しようと指し棒を持つが、一人の女性が立ち上がる。
「質問の時間はあとから取りますよ」
「よくもそんなことが言えるわね。アンタが部費の増減に関して権限を使って好き勝手やってるって言われてるのよ!」
一瞬PC室が静まり、その後数人の生徒が声を挙げた。
「そうだ。今年の部費が減らされたんだよ」「申請の仕方が変わったのもそこの女子のせいだろ」
「王子様達に近寄る為に、部費を交渉の道具に使ったって聞いたわ」「認めろ、謝罪しろ!」
その声は一部ではあったが大きい、ほとんどの生徒は何が起こっているのか理解できていない様子だが、場の空気は日葵が悪事を働いたかのように、場の空気が傾いていった。
錬は眉をしかめ、玲次は機を伺う。
※※※※※
その様子を観察している生徒が一人。場所は西棟の裏、手に持つのはスマフォとそこに繋げられた小さなデバイス。
「いい気味。私を差し置いて、選ばれるのが悪いのよ。私が学生会に入るべきなのに……」
PC室に設置された盗聴器の受信機である、そのデバイスを握りしめ、聞こえてくるその声を聞いて嗤うのは、いつか、樹と日葵とPC室で出会った女子だった。
「本当にそんな機械ってあるもんなんだな」
「誰っ!」
不意にかけられた声に振り向くと、そこには頬を掻く樹の姿があった。
「貴方はあの時卜部といた男子ね……」
「覚えてくれたのか。これ、落とし物だぜ」
摘まみ上げるのは小さな鍵。
「……やっぱり持っていたのね」
「PC室の鍵かと思ったら、西棟のマスターキーだったんだな。びっくりしたよ。どうやってコピーしたんだ?」
「どうだっていいでしょ。何よっ、犯人でも見つけたみたいに」
ヒステリックに髪を振り乱し、女生徒が叫ぶ。
自分で引っ掻いたのか、腕には爪痕が痛々しく残っていた。
「犯人ね……それって、部長会で日葵が責められていることか? それとも、学生会室を荒らしたことか?」
「……あれは、前任がしたことよ。私は関係ないわ」
「前任な……長谷川さんだろ? 一年の時クラス委員で同じだった。今は家で療養してるんだってな。可哀そうに、本人は業務から逃げ出しただけらしいぜ。それをアンタさ、壁紙を剥がして? 棚からファイルを投げ出して? 挙句の果てにはパソコンまで投げたことにまでされちゃって、酷いもんだ。業務を投げ出したことを知っているあたり、学生会室にも盗聴器を仕掛けてんのか?」
「な、何を言ってるの?」
「散らばっている書類は去年のものだった。直近の業務に追い詰められて、逃げ出した人間がわざわざそんな資料を広げないだろ。部屋を荒らしたのは業務を理解できていない、別の人間の仕業だ」
日葵から聞いた不思議なこと。前任が部屋を荒らしたことになっているが、それなら今している業務についての書類が散らばってなきゃおかしい。そんで、学生会室がある西棟のマスターキーを持っている奴がいる。だったら、そいつが前任を追い詰めるために、よりひどい結果に偽装しただけだ。
ドラマで見るような複雑な推理でもなんでもない、誰が考えたってわかることだ。
「……証拠は無いわ。そのカギだって、私のものじゃない!」
目線を下にして、デバイスとスマートフォンを持って、自分を守るように抱きしめて。目の前の女子は叫んだ。
「そうかもな」
「卜部が責められていることだって、私は関係ないっ! 何よっ! あの子を助けるつもりなら好きにしなさいよ。ほらっ、さっさと行きなさいよっ、私は無関係よ。これだってすぐに捨てれば、証拠は無いわ」
ポケットからスマフォを取り出し、動画アプリを起動させる。
「……今日は早起きしてさ、そんな高性能な機械は知らないけどな。このスマフォを置いたんだ。アンタが鍵を探していないから、きっとまだコピーの鍵を持っていると思ってな。案の定だった」
スマフォの画面にはPC室に盗聴器をしかける、女生徒の姿が映っていた。
「う……脅すつもり? 私は知らないっ、知らないっ! いい気味よ。貴方はあの子の何なの? 彼氏、恋人? どうでもいいけど、部長会が終わるまで絶対に私は何もしゃべらないわ、精々あの子が泣くのを見てることね」
「俺にできることなんてたかが知れてるよ。残念だけど、日葵はそんな単純じゃないんだ」
実際は心配だけど、俺は俺にできることをしよう。なぜなら俺の彼女はあまりにも眩しいから。
「名前、遠島 杏だよな。それだけは調べたんだ。……アンタは前任の長谷川さんが学生会に戻ってこれないように、学生会室での事件を大きくして、今は日葵を嘘の噂で追い詰めた」
「……認めないわ。どうせ録音でもしているんでしょ」
「いいや、してない。俺は気になってしょうがないんだ。ただ……」
杏が持つスマフォから、凛と声が響いた。
「七難八苦でっす!……どうしてそう思ったのか、しっかりと話しましょう! 大丈夫、私はちゃんと答えまっす!」
何人かの大声を黙らせるその声は、スピーカー越しにもまっすぐに心に響く。
やっぱ、叶わないな。無言で杏の手を掴む、その手首にはリストカットの跡。
日葵のことをハメようとしたことは許せない。だけどこの女子は凶行に走るほどに追い詰められている。
「できることがあれば力になってやる。正しい方法じゃないってわかってんだろ?」
「何言ってんの? 私は王子様の為に……私の為に」
「あぁ、それでいいから。長谷川さんのことも、アンタのことも、最善でなくてもいいから、最悪にならないようにしたいんだ」
「何様のつもりよっ。そんなことをして、アンタになんの得があるのよ。気持ち悪いっ!偽善者!離れて!」
ほっとけばいいことはわかってる。なんならこのままスマフォと鍵を持って、先生に引き渡せばいいことも分かってる。だけど……
「これで、俺がアンタを徹底的に叩きのめしても日葵は喜ばないんだよ。わかってるよ、お節介だって、だけど……放って置けないんだ」
スピーカーからは、複数人と相対してもまっすぐに己を曲げない日葵の声が聞こえる。
そんなアイツと胸を張ってゲーセンに行くための、俺のわがままだ。遠島には質の悪い奴を相手したと諦めてもらおう。
泣き崩れ、しゃがみ込む遠島が立ち上がるまで、俺はスピーカーから流れる日葵の声に耳を傾けていた。
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