赤い王子はちょろい?
「はい、赤井君。もう少しですよっ。次で会議のお知らせは終わりでっす」
「あぁ……さっさと終わらせてくれ」
目の前でポニーテールがピョコピョコと揺れる。
お知らせと言う名の、手伝いをしてもらっている女子達への接待を済ませた後、二人は運動部を回って会議のお知らせを配っていた。文化部は西棟の部活ポストに入れれば良いが、運動部はポストが無い部活やあっても、普段から覗かない所が多いため直接渡すことになっているのだ。
「テストの結果も出たし、このお仕事が終われば夏休みでっす。頑張りますよ!」
「テストか、まぁ、ぼちぼちだったな。卜部はどうだったんだ?」
「二つ、満点を逃しました。無念です」
「……マジか」
日葵は普通科なので、特進科よりは幾分か簡単な内容の試験ではある。しかし、それでも進学校であるこの学園のテストは簡単ではない。錬は地頭が良く、優秀な家庭教師もいるために、要領よくそれなりの点数を取っていたが、日葵の満点というのは別格である。
「そんな頭いいのに、どうして特進科じゃないんだ?」
「えと、秘密です」
「あぁ……悪い」
「わわわ、別に深刻な理由じゃないです。『みすてりあす』な大人の女性をのセリフを言いたかっただけでっす。秘密は大人だって友達が言っていたので、えと、質問の答えですが、特進科よりも普通科の方が私の進路に合っていたからってだけです。私、保母さんになりたいので」
手をバタバタと振る日葵を見ると、どうにも調子を崩される。
卜部 日葵。前年の学生会が押し付けた、嫌がらせの業務を達成させた立役者。
しかも、その手柄は別の人間に奪われたというのに、何の反応も無かったという。
学内の顔の広さから情報通を自称する錬すら、前任が仕事を放棄して逃げ出したということが無ければ、卜部にたどり着けなかっただろう。半信半疑で誘ってみれば、予想以上の働きをしている。
始めは手伝ってくれる理由を、他の女子達のように玲次や自分に興味があるのかと思ったが、そうではない様子。
こうして、一緒に歩いていても錬は日葵のことを計りかねていた。
そんな錬の考えなど気づくはずもなく、このちびっ子は元気いっぱいに動き回っている。
「運動系の部活で残っているのは、女子新体操部かこの時間は格技場だな」
「部活中は男子は入れないので、私が行きまっす。赤井君は外で待っていてください」
「俺が言った方が早いぞ」
「ルールです。私が行きます」
その方が助かる。女子達と関わりをそれとなく減らしている錬としては、ありがたい提案だった。
……何分か待ったが、一向にちびっ子が出てこない。
「何やってんだ、ったく」
格技場の横の扉から中を覗くと、ちょうど日葵と女子新体操部が話をしていた。
「……えと、予算についてはできるだけ検討しています。学校への特別予算の請求方法も資料にあります」
「お願いって、そういうのじゃないんだって、だからぁ~。別のことだって」
「別のことですか?」
新体操部の……確か副部長の生徒が、日葵に詰め寄っていた。剣呑な雰囲気というわけでは無いが、楽しい話合いという感じではない。
「そそ、アンタ今、学生会にいるんでしょ。まぁ、あんたみたいな子、王子達には相手されないから許されているんだろうけど。とにかくチャンスじゃない。何とか連絡先を聞き出せない? というか学生会Iineとかあるんじゃない? 教えなさいよ。そうすれば部費を飲むからさ。あっ、画像とかあるなら送ってくれたら、うちの部活も協力するわよ」
錬は物陰から話を聞いてゲンナリする。日葵が学生会の手伝いをしていることから、それをとっかかりに錬や玲次と関係を持ちたいというわけだ。まぁ、こういう時の為に錬はスマフォを複数台所持しているわけだが。
「ったく。また、メインのスマフォ換えなきゃな」
あそこまで強く言われてしまえば、連絡先を教えてしまいそうだ。そうでなくとも、後で連絡先を教えても良いか聞かれそうだ。
「なるほど、教えない方がいいってこういうことでっすか。流石イックンです」
「えっ?」
うんうんと頷き、日葵は副部長を見上げた。
「青柳君と赤井君の連絡先については教えてあげられないです。それと部費の申請は飲む飲まないに限らず、決定するので、むしろ頑張ってくださいとしか言えないです」
「へぇ、うちらを敵に回すんだ?」
「敵? 私は夏休みの部活動の会議のお知らせをしに来ただけだよ」
「はいはい。アンタ普通科の3組よね? グループIineに回しとくから」
「皆で褒めてくれるとか?」
「そんなわけないでしょ。アンタ、当分クラスでムシられるから覚悟しといて」
「ムシられる? 虫? はっ!? もしかして私が虫になるんですか、クワガタがいいです!」
「マジでバカなの? すぐにそんな態度も取れなくなるわよ」
おいおい、マジかよ。これだから女子ってのは質が悪い。
しかし、ここで下手に日葵を助けると過去の経験から言って、100%惚れられる。
そうなったら……。
そこで、錬はハタと止まる。『卜部』にもし惚れられてしまった時のことを考えても、胸やけも悪寒も無かった。ただ、今の関係が崩れることの面倒くささというか、気軽に連れまわされることが無くなることの引っかかりがあるだけだった。
「……。まっ、あのちびっ子、仕事頑張ってくれているしな」
スマートに助けてやるか、と物陰から出るタイミングを探そうと耳を澄ませると、何やら話が変わっているらしい。
「な、なんで、私が責められているのよ!?」
「大丈夫ですか? お水飲みます?」
顔をまっさおにしてスマフォの画面を見て必死にタイプしているのは副部長で、それを日葵は不思議そうに、というか心配そうに見ている。そうこうしているうちに、何人かの女子がやってきて、日葵に何かを耳打ちしていた。
「どうしてここにマルっちが? ……え、イックンが? わっかりました。じゃあ、私はお仕事に戻りますね」
そうして、何事もなかったかのようにこちらへ戻ってくる。
「やべっ」
日葵を助けそこなった錬は、元の立っていた場所に戻る。
「終わりました。学生会室へ行きますよ。青柳君が待ってます」
「おい。なんか、トラブルだったんじゃないのか?」
「うーん。私がクワガタにされる所をイックンが――わわ、『みすてりあす』でした。クラスメイトが止めたみたいです」
いまいち何を言っているのかわからないが、どうやら、日葵の友達が彼女がイジメに合うのを未然に防いだようだと錬は理解した。
「上手く行かねぇなら、俺を呼べばいいだろ。実際今日はダシにされたしな」
「赤井君が女子が苦手なのに頑張っていたので、休んで欲しかったのです」
交渉が上手く行かなかったことは自覚しているのか、ポニーテールがしなびるように力なく垂れさがる。そして、日葵が言った内容は赤井にとって絶対にバレたくない秘密だった。
樹が言ったとも思えないし、どうしてコイツが知っているんだ?
「は、俺が女子が苦手だって? 何言ってんだ?」
「今日、手伝いの女子を労う時、辛そうでっした。てっきり女子とは好きで話しているのかと思っていたので、ごめんなさいでした」
「……」
疑問を投げかけられたのなら嘘をつく余地もあったが、言うまでもないと態度を取られると、喋れば喋るだけボロが出る。
しかも相手はションボリしているちびっ子だ。ガシガシと頭を掻いて赤井は大きくため息をついた。
「家族以外でバレたのはお前で二人目だよ。まぁ一人目は俺が自分から言っちゃったんだけどな。このことは黙っておいてくれ」
「わかりました。えへへ『みすてりあす』ですね。大人です」
先ほどまで、ションボリしていた日葵はくるりと表情を変えて笑顔で錬に向き直る。
「赤井君は女子が苦手なのに、逃げずに向き合って凄いですね。エライです!」
「な……」
言葉は返せなかった。それは、家族にすら言えない彼だけの苦悩に対する労いの言葉。
同性の樹に『大変だな』と言われた時は、涙が出るほど嬉しかった。
ただ、今、日葵に言われた時は、胸が苦しかった。熱を持つ苦しさは錬の頬を赤く染める。
「さ、行きましょう。ホラ、急ぎますよ」
「……俺って、ちょろいのか?」
指差しながら進む、ちびっ子の背中から目を背けて錬は小さく呟いた。
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