青い王子は確信する
業者が入り、壁紙や傷付いた調度品の交換が終わり、元の姿を取り戻した学生会室。
その中で、小さな少女が「あー」「うーん」とか言いながらPCに向かっている。
夏休みまで後一週間を切り、部活動の予算について部長会が迫っていた。
「アンケートは揃ったけど、学校側の対応が遅いでっす。まぁ、間に合うかな? 青柳君の方はできそうですか?」
「問題ない。卜部がデータを必要なタスクごとに分けてくれたおかげで、文化部の方は今日中に終わる。ありがとう」
学生会室横の休憩室で入れたコーヒーを飲みながら、柔らかい表情で日葵に返答する。
その表情を見た、眉をしかめてわずかに椅子を引く。本日の生徒会室はいつもと違う雰囲気となっている。その原因は玲次にあった。
「……なんでっすかそれ? 一昨日までの青柳君なら『当たり前だ、僕を誰だと思っている』とか『お前には関係ない』とか、こーんな顔をしていたはずでっす。悪い物でも食べたのですか?」
目じりを引っぱり変顔を披露する日葵に、頬を引きつらせる玲次。
「正しい仕事には、正しい評価をするさ。前はトラブルが続いて、少し苛立っていたんだ。すまなかった」
「ムムム……まぁ、優しいことは良いことです。さっさと終わらせて、楽しい夏休みに入りましょう」
納得はできない様子だが、興味が続かなかったのか日葵は作業に戻った。
キーボードを叩く音と印刷の音が響く。静寂を破ったのは玲次だった。
「ところで、夏休みと言えば卜部は予定があるのか?」
「ふぁい?」
画面とにらめっこをしていた日葵が間の抜けた返事をする。
本当にこの間抜けそうな奴が名家の血を引いているのかと、疑いたくなるが間違いはないのだ。
卜部の母親は古くは炭鉱事業で成功を収め、現在は海外でもエネルギー関連の企業を中心に活躍している龍造寺家の本家筋の人間だ。特進科ではなく、普通科に通っているので気づかなかった。学生会の仕事もこなせる『血筋』の良い人材。玲次としては、様々な事情で手元に引き留めておきたかった。
「いや、夏休みのことを言っていただろう?……仕事を手伝ってもらっているわけだし、何かお礼でもと思ってな」
青柳 玲次は学園を二分する『青い王子』である。基本、外交的な赤井とは違い、積極的に人と関わらない彼は、それゆえに女子達にミステリアスな印象を持たせている。端正な顔立ちに線の細い体、育ちの良さを感じさせる隙の無い立ち振る舞い。人と関わらないかと思えば、幾人かの生徒とは明確に接する態度を変えている。気難しいと言えばそれまでなのだが、圧倒的な容姿がそれを魅力に変えており、女生徒からの人気は絶えることがなかった。
しかしながらそんな彼と日葵の会話は目に見えて上手く行っていない様子。玲次が手に持っているコーヒーも量が減っていない。
「そんなものいいです。夏休みは色々計画していますので忙しいのでっす。エヘヘ、一杯遊びますよ。もちろん勉強も頑張りまっす。だからさっさとお仕事終わらせましょう。赤井君が部活終わったら、明日の打ち合わせもできそうですねー」
「そ、そうか」
再びの静寂、今までなら女子に予定でも聞こうものなら「はい、予定は空いています。デ、デートですか?」と向こうから話を進めてくれていたのだが……。
玲次はいままでの人生で基本的に女子との会話に困ったことはない。それは、相手が自分に好意があることが前提となっているコミュニケーション。投げさえすれば入れ食いの釣り堀のようなものだった。
女子とのコミュニケーションを受け身でしかしたことが無い玲次にとって、日葵とのコミュニケーションは未知との遭遇である。このままでは、赤井が来て話をすることはできなくなる。その前に確認することがあった。玲次はため息をついてコーヒーを飲み干した。
「ご両親の実家にでも行くのか? もし県外とかならば、楽しいこともあるだろう?」
やや強引な話題の振り方。しかし、玲次としては日葵が今も母方の実家と繋がっているのかを知ることは重要だった。作業に集中しているのか、日葵は気のない口調で返答する。
「んー。そういえば、今年は来いっておじいちゃんに言われてますね」
「ッ!……へぇ、どこなんだ?」
「九州の長崎でっす。海がきれいなんですよー。毎年、おじいちゃんは船でバーベキューするので呼ばれるのでっす」
「……そうか、それは良かったな」
ほぼ確定だった。日葵の父親について特に情報は無く、特に名門というわけではないだろう。
しかし、母方の龍造寺家は九州に拠点を構える名家。一般家庭がバーベキューができるほどの船舶を持っている可能性は低く、日葵と龍造寺家に関係性があることは明白だった。
つまり『卜部 日葵』と言う女子は、『青柳』である自分と釣り合うほどの『血筋』を持っており、さらに数日で学生会の仕事をほぼ理解できるほどの優秀な人材ということになる。
机の下で拳が握られる。能天気な彼女にイラついてはいるが、これはチャンスだ。
家のあいつらを見返すための……。そんな思考を中断するように学生会室の扉が開かれる。
「おっす、お疲れ。遅れて悪いな」
「お疲れ様でっす。赤井君、ささ、こちらで作業がありますよ」
「へいへい。ま、足を使う仕事なら歓迎だぜ」
「そうですね。予定の確認で西棟を回るので、私も行きます。赤井君の名前で色々手伝ってくれている女子達がおよびでっす」
「……やっぱ、書類仕事でいいや」
「なぜですか! まさかのすとらいきっ、ほら行きますよ。青柳君はまとめを頑張ってくださいですっ!」
そのまま、赤井を押しながら日葵は部屋から出ていき、玲次は一人部屋に残されたのだった。
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