新曲
夕方になる前にマスターが出店に飽きてしまい、早々に閉じて、海辺のカフェに戻ることになった。車から降りると誰もいないはずのカフェからアコギの音色が漏れ聞こえてきた。尻尾を振りながら寅二郎が中へと入っていったので、中にいるのは、たぶん、先輩かな?
「おう、早かったな」
やっぱり、ギターの音色は、先に戻っていた伊与里先輩だった。
「新曲ですか?」
聴きなれないメロディーだったような気がする。
「……新曲じゃぁねえけど、まあ、新曲の目処は立ったかな」
「本当ですか?!」
伊与里先輩のほうから新曲の話をしだしたってことは、これは期待できそう。
「昨日、『風をあつめて』やっただろ。あれでなんか掴めたんだよな」
「掴めたんですか」
太陽の下で、全員でゆったりとした歌を歌ったのは新鮮だったものなぁ。
「じゃあ、次の曲は、ああいうのんびりとした曲になるんですね」
「さあ、それはまだ決まってない」
ん?
「先輩は、あの曲で何を掴んだんですか?」
「みんなで歌っただろ?あれで、オレだけ曲作りで苦しんでるのは、おかしいと気づいたんだ。最初から全員で作ることにした」
伊与里先輩が楽しそうにアコギをまた弾きだす。
……なんでそんな厄介な掴み方したかな。
「今日は、新曲づくりな」
夕食後、全員でカフェに集まると、伊与里先輩がアコギを手に持ち、爽やかな笑顔を浮かべた。
「お!できたのか?」
「どんなんだ?聴かせろよ」
何も知らずに身を乗り出す将さんと宮さんに、笑顔のまま先輩が言い放つ。
「曲なんてねえよ」
怪訝な表情になった二人が、ボクに視線を寄越すが何とも答えられない。
「新曲づくりって言ったの、凪だろ」
呆れたように宮さんが、ギターを持ったまま椅子に座る。
「だから、一から作るんだよ。これから、全員で。セッションするにはこれほど好条件な環境はねえからな。一度やって見たかったんだ。セッションで曲作り」
楽しそうな伊与里先輩が全員に視線を送ってくる。
「………セッション…」
「…………」
「さあぁー、はじめようか!」
伊与里先輩の掛け声と同時に、将さんと宮さんが顔を背けた。
いきなり、セッションで曲作りは難しいので、とりあえず、話し合いをするため、みんな適当な場所に座る。
全員で一から新曲を作る、か。
どうやるんだろう?
「どんな感じの曲にするか。カントリー、ロック、と来たら……」
「アップテンポでノリのいい曲だろ」
「しっとり聴かせる系のバラード」
将さんと宮さんで、すでに食い違ってる。
「遠岳はどんな曲を歌いたい?「何でもいい」は、なしだからな」
ボクが口を開く前に、伊与里先輩が釘を刺してくる。
どんな曲でもいいのが事実なんだけど。歌いたい曲かぁ。そうなると、
「ええっと、……歌ってると楽しくなってくるような」
「よーし!俺と同じ意見だな」
将さんが筋肉を見せつけるようにガッツポーズをとる。
「じゃあ、オレも、それで」
あっさりと宮さんが意見を変える。それほどこだわりはないようだ。
「楽しくなる曲といっても色々あるからな。どんな感じだ?」
伊与里先輩が具体例を求めてきた。
楽しくなる曲といって思い浮かぶ曲はいくつもあるけど……。どれがいいかな。あれかなぁ。
「The Offspring の『Pretty Fly』」
「Radiohead の『Bodysnatchers』」
「The Lumineers の『Ho Hey』」
将さんと宮さんの後に曲名を上げると、伊与里先輩の目が細くなった。
「……一人だけ方向性が違う奴がいる」
方向性が違う?
「遠岳、言われてるぞ」
「え?ボクですか?」
将さんに名指しされたが、『Ho Hey』って今までの曲とそんなに方向性が違ったかな?
「ショウグン、あんただ!あんた!『Pretty Fly』って何だよ!どこ行く気だよ!」
伊与里先輩が人差し指を将さんに突きつける。
そうだよな。将さんだよな。
「こういうはじけたのもいいかなって」
「はじけすぎなんだよ。オレらが目指してんのは……。もっと、こう、…………どんなんだ?」
困惑した顔で伊与里先輩が聞いてくる。
「どうと言われても……、そういやあまり考えてなかったな。方向性」
「前のバンドの延長線上みたいな感覚でやってたところがあるな」
宮さんと将さんも困ったように顔を見合わせている。
「海里さんと遠岳じゃあ、目指す方向性が違うよなぁ。海里さんの時は、大衆受けするような曲を幅広くって感じだったけど……。遠岳は……」
宮さんがボクをじっと見てくる。
「……遠岳は、…大衆受けを目指すより、らしさを追求していくほうがあってそうだよな」
「らしさですか?」
将さんまでじっと見てきて居心地悪い。
「らしさね~。まあ、作った2曲も、らしくはあるか。そうなると3曲目は……」
伊与里先輩もボクを見つめてくる。
「声を活かす曲っていうのは基本として……」
「……凪は声フェチだからな。そうなるよな」
伊与里先輩って声フェチなのか……
「人を変態みてえに言うんじゃねえよ。巳希とショウグンだって似たようなもんだろ」
宮さんに食って掛かる伊与里先輩が、不機嫌そうにカウンターに肘をつく。
「まあ、伊与里ほどの声フェチじゃねえけど、俺もオートチューンで加工された歌声は好みじゃねえなぁ。派手にはなるけど、みんな同じに聴こえてなぁ」
ドラムスティックを回しながら話している割に、将さんの声のトーンは真面目だ。
「オートチューン?というのは?」
聞きなれない言葉だけど、なんだろう?
「ピッチ補正ソフトだよ。音程のズレを補正できたり、声にエフェクトをかけられたりする。ロボ声とかケロ声とか言われてる歌声は、こういうソフトを使うんだ」
「音痴でも、このソフトを使えば、それなりに聴こえちまうからな。プロでも愛用者は結構いる」
「そんな便利なソフトがあるんですね!」
知らなかった。ボーカルにとっては夢のようなソフトだ。
「目を輝かすな!うちは使わねえからな!」
伊与里先輩が意地悪なことを言う。
使ったら楽そうなのに……
「方向性としては、声を活かすって感じでいいんだよな。そうなると、Oasisとかそんな感じか……?」
「Oasisか。いいねえ」
先輩たちがニヤつく。Oasisの歌を思い浮かべているのだろう。
いいよなぁ。Oasis。
あんな風に歌えたら、楽しいだろうな。誰だって聴き惚れる。
「けど、俺らにOasisは無理あるだろ。退廃的な感じ全くないから」
「……確かに、ねえな」
「退廃的どころか、お気楽さが醸し出てきてるからな。うちのボーカル」
先輩たちだって前面にお気楽さをだしてきてるのに。ボクだけみたいに言うなんて。
「オレららしくて、声フェチの凪が満足するような曲かぁ」
宮さんが天井を見上げる。
「遠岳も意見だせよ。お客様になってんじゃねえ」
ボクに伊与里先輩が厳しい視線を向けてくる。意見かぁ……
「その……、声フェチってことは」
「そこに食いついてんじゃねえよ!」
伊与里先輩が顔を赤くして怒鳴りつけてくる。
宮さんと将さんが腹を抱えて震えている。
ボーカルだから気になっただけなのに……
結局、この日は、Oasisの曲を歌ったり弾いたりしているうちに、一日が終わった。
……新曲、いつになったらできるんだろう。




