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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第二章

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来訪者

 

「寅二郎?」


 落ち着かなげに寅二郎が浜辺に向かって吠えている。どうしたんだろ?


「向こうのほうが騒がしいね」

「なにかあったんですかね?」


 マスターと先輩が、寅二郎が吠えている方向を気にして数歩ほど歩いて行く。この騒々しさは、揉め事かな?


「ああ……、見なかったことにしたほうがいいな。あれは……」


 伊与里先輩が足早に戻って来て、ベンチに腰掛ける。なんか疲れたような表情になってるけど、何を見たんだろ?

 フェスのスタッフたちが店の前の小道を通り抜けて砂浜へと走っていく。


「バスマさんが揉めてるらしい」

「またか、今度は誰と?」


 スタッフたちの会話が漏れ聞こえてきた。……バスマさん、また喧嘩をふっかけたのか?ボクだけじゃなかったんだな……


「揉めてる相手が、また、問題というか……」


 先輩がはっきり言わずに濁す。どういうことだろ?誰と揉めてるというんだ?

 段々と争うような声が近づいてくる。女性の声が二人。バスマさんと、もう一人は……


「Oh 洋太!凪!お久しぶりね!」


 バスマさんと言い争っていた派手な金髪の女性が、ボクたちを見つけて両腕を広げた。


「ジャクリーンさん……」


 言い争っていた相手ってジャクリーンさんだったのか。

 ジャクリーンさんが笑顔で近づいてきたので、慌てて逃げる。水着姿のジャクリーンさんとハグするのは、さすがに……


「ここで 何してる?」

「バイトです」


 心なし不満げなジャクリーンさんにホットドッグの写真を指さして説明をする。


「いいわね コーヒーをいただこうかしら……」

「わたしはマンゴーラッシーを」「Café」「Mango lassi」


 ジャクリーンさんのそばにいた女性3人も注文をする。ジャクリーンさんの友達かな?見覚えのある茶髪のショートヘアの女性もいる。今朝、海岸通りでボクを捜していたと声をかけてきた人だ。目が合うと小さく手を振ってきた。


 “It ’s the worst to make a pass at a child.”


 バスマさんが早口の英語でジャクリーンさんに何か話しかけると、ジャクリーンさんより先に友人らしき3人が嫌そうな顔をした。バスマさん、あまりいいことは言ってないんだろうな。

 ジャクリーンさんが短く息を吐きだすと、イヤそうに首を振った。


「こんな素敵な場所で oieに会うなんて ついてない」


 オワ?バスマさんのことかな?

 バスマさんが怒りだしたから悪口なのかな?ボクに一瞥をくれてバスマさんは不機嫌そうに去っていった。

 ジャクリーンさんは気にしてないのか、注文の品を渡すと笑顔になった。


「ジャクリーンさんとバスマさん、知り合いだったんですね」

「oie と知り合い? 違う 噛みつかれただけ」


 ジャクリーンさんから笑顔が消え、口元が横に広がった。仲悪いのかな?


「そんなことより 洋太 凪 紹介する 私のアシスタント テレザ」


 笑顔に戻ったジャクリーンさんがカラフルな髪の女性を紹介してきた。テレザさんが“Salut”と言ってウィンクする。いかにもデザイナーといった感じのおしゃれな白人女性だ。


「彼女も私のアシスタント アンナ」


 ばあちゃんちの近くで見かけたショートカットの女性が日本語で「よろしくねー」と言って、にっこり笑って小さく手を振った。日本人?ハーフかな?


「彼女は秘書の アリシャ」


 長い黒髪の女性が、“enchantée”と軽く会釈する。ヒスパニックかインド系かな?アリシャさんだけ、水着ではなく仕事中のような恰好をしている。


「こんにちは。ボクは遠岳よう」

「洋太 凪のこと みんな知ってるから大丈夫 将吾 巳希も知ってる  あなたたち全員のプロフィール教えてある」


 自己紹介しようとしたら、ジャクリーンさんに遮られた。笑顔で話してるけど、言ってる内容は怖い……


「レイの姿がないけど、一緒じゃないんですか?」


 伊与里先輩が尋ねるとジャクリーンさんの眼が猫のようになった。


「レイが小笠原に行く準備してたから 先回りした」


 先回り?


「それってどういうことですか……?」

「レイは まだ船のチケット さがしている 私は友人の船で ここに来た」


 ジャクリーンさんは楽しそうに話してるけど、それって……、息子を置き去りにしてきたってことだよね?何で一緒に来ないんだろう?変な親子だよなぁ。


「ああ、港に見たこともないような大型クルーザーが停泊してるって、噂になってたから見に行ったけど、あれのことか」


 伊与里先輩はジャクリーンさんの友人の船を近くで見てきたようで、「SF映画に出てきそうな近未来的な船だった」とちょっと興奮気味だ。



「それで?この島に来た目的は?」


 伊与里先輩が軽い感じで重要なことを、ジャクリーンさんに問いかける。


「Raymondが心配 見守るために来た」


 ボクたちから顔を背けたジャクリーンさんが、髪をかき上げる。


「おいてきたのに見守る?」


 先輩がもっともなことを言う。レイくんを東京に1人置き去りにしてきてるのに見守るのは無理だろう。


「   母親の心は 複雑  母の愛 子供には難しい」


 憂いを帯びた笑みを浮かべたジャクリーンさんに、先輩の目が胡散臭いものを眺めるものになっていく。たぶん、ボクも同じ目をしているだろうな……


「しばらく この島にいるから また 会いましょう」


 気まずくなったのか、そう言い残しジャクリーンさんたちは去っていった。よく分からい人だな。外国人ってそういうものなんだろうか。


「厄介な人物がまた増えたな」


 伊与里先輩の呟きに深く同意する。

 まだ何も分かっていないのに、事態だけは進んでいく。



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