沈む
「時間できたし、どうせなら、沈没船のある海岸まで行くか」
「そうだな。そもそもそっちのほうが当初の目的だったわけだしな」
先輩たちの話し合いにより、島フェスの会場に隣接している砂浜で泳ぐ予定から、沈没船のある海岸へと変更となった。
バスに乗って沈没船のある境浦海岸に行くと、すでに観光客が何組かいて賑やかだ。
「おおー、本当に沈没船がある」
「海岸から見えるのか。すげえ」
「錆びて茶色くなってる感じが、なんか、こう、もの悲しさがあるな」
先輩たちが沈没船を眺めながら、しみじみしている。
青く澄んだ海には不似合いな錆びた沈没船は、哀愁が漂っている。沈んだ理由も悲しいので、見かけるたびに複雑な心境になる。
「ざっと見た感じじゃあ、歌につながるようなもんは見当たらねえな」
その場で、ぐるりと一回転した将さんが頭を掻く。
「今のとこ、分かっているのが歌詞だけだしなー。何をどう探ればいいのかさえ、よく分からないのがなー」
宮さんが困ったように周囲を見渡す。同じように首を廻らすと、一際、賑やかな観光客の中に見覚えのある人物が交じっていることに気づいた。
「演奏の時にいた外人さんだ」
ボクに演奏するように言ってきた外人さんが、スキューバダイビングを楽しんでいる。
「フェスの時はサングラスしてたから確信が持てなかったけど、あれってバスマだよな?」
「ああ、確かにバスマだ。もう、島に来てたのか」
ボクと同じ方向を見ながら伊与里先輩と宮さんが、驚くようなこと言いだした。
「あの人がバスマなんですか?」
「こんなところに、そっくりさんがいるほうが不自然だし、そうだろうな」
伊与里先輩が視線をボクに移しニヤリと笑う。
自分はバスマさんの顔を知らなかったから気づかなかったけど。そうか、あの人がバスマ……
「遠岳に絡んできたってことは、やっぱり」
「遠岳のことを知っているってことだろうな。あの謎の歌絡みで」
「ってことは、オレたち同様、沈没船を調べに来たと考えるべきか……」
先輩たちがバスマさんと沈没船を眺めながら軽く息を吐きだした。
なぜか外国人セレブにはボクの情報、駄々洩れなんだけど、どういうことなんだろう?
「だったら、のんびりしてられねえじゃねーか!おら!お前ら、沈没船まで行くぞー」
将さんがTシャツを脱ぎ捨てる。
「沈没船までか。結構距離ありそうだけど、なんとかなるかな」
宮さんもシャツを放り投げ、ストレッチをはじめた。
泳ぐ前に、寅二郎にライフジャケットを着せてやると、嬉しそうに尻尾を振って波打ち際まで歩いて行く。これで溺れることがないから安心だ。
あとは、ゴムボートを……
バッグから空気入れを出そうと身をかがめたら、水着姿の伊与里先輩と目が合った。
「そういや、遠岳の眼には、オレは半分女に見えてんだよな」
「見えてないです」
なに言いだすんだ。この人。
「視線に身の危険を感じるわぁ」
身を守るかのように、二の腕を両手で抱え肩をすくめてみせる先輩に顔がヒクつく。まだ、勘違いしたこと恨みに思ってるのか。
「先輩の引っ掛けに惑わされただけなのに」
「惑わしてねえよ!」
伊与里先輩がなぜか驚愕の表情で否定してくる。
「お前らー、バカやってないで、沈没船、見に行くぞー」
すでに海に入っている将さんが手を振って呼んでいる。気が早いな。寅二郎まで海に飛び込んでしまう。沈没船まではそれなりに距離があるからゴムボートを借りてきたんだけど、膨らます前にみんな海に入ってしまった。先輩たち大丈夫なのかな。
「水がきれいだな」
「割と波があるな。ここ」
「お!魚がいる!」
先輩たちがはしゃいでいる。
「うああぅうぅぅぅ」
寅二郎も嬉しいのかヘタクソな犬かきながら、海に浮かんでいる先輩たちを追いかけていく。
「おう、寅二郎も来たか」
疲れたのか寅二郎が、将さんの頭によじ登る。……将さんが沈んでいく。休憩できずに困った寅二郎が宮さんのほうに泳いでいく。
「待て!寅二郎ぉ!!」
寅二郎がよじ登ると、宮さんも沈んでしまう。首をゆっくり廻らした寅二郎が次に向かったのは……
「やめろ! 来るなぁ!」
逃げる伊与里先輩を必死に追いかける寅二郎。何とか追いつき登ろうとするが、先輩も沈んでいく。
惨状に気が付いた観光客たちがこっちに泳いで来る。先輩たちを助けようとしてくれたのか、ただ遊びのつもりだったのか。次々と寅二郎に沈められていく。バスマさんも沈んだ。
「……こんなことになるなんて」
海で泳ぐものすべてに登ろうとする寅二郎を止めるすべもなく、この日は、結局、誰一人沈没船に近づくことはできなかった。沈没船の秘密はとりあえず守られた……ので、よかったということにしておこう。
騒動後、インストラクターや地元の人たちに、寅二郎は遊泳禁止を言い渡されてしまったけど。




