弾き語り
練習で軽くアコギを弾いたあと、伊与里先輩が短く息を吐きだし姿勢を変える。
アコギの音色に合わさって柔らかな歌声が聴こえてくる。
……この曲、John Mayer の『Who Says』か。
ボクとは違って、甘めの声。囁くような息の混じった歌声は大人な感じだ。ギターから暖かく聴き心地のいい音色が合わさって惹き込まれていく。ユウちゃんだけでなく幼馴染3人まで目がハートになってる。
カイリさんとは違った歌声だけど、女の子を魅了する声のようだ。
こんなに歌えるのに、どうして伊与里先輩は自分で歌わないんだろう?
歌が終わると、拍手がそこかしこから起こった。いつの間にか店の周りに人が増えていた。
「ね、ね、いい感じじゃない?」
「かわいーっ!」
キャッキャッと喜ぶ女性たちの声で、急に辺りが賑やかになる。その人だかりから店にも客が流れてくる。
「ホットドッグとマンゴーラッシー」
「わたしも同じの!」
飛ぶように売れていく。すごいな。
調理スペースは狭いのでマスターと二人で作るしかないので忙しい。
「お待たせしました。注文をどうぞ」
次の客から注文を取ろうと顔を上げたら、人差し指がボクの顔の前にあった。指を向けているのは サングラスのアフリカ系女性。……観光客かな?小笠原まで来る外国人は珍しいな。
英語で何やら話しかけられてるけど、早口で聞き取りにくい。
「洋太くんはなぜ演奏しないのかって聞いてるよ。こっちは大丈夫だから、一曲弾いておいでよ」
マスターが外国人女性の言葉を通訳して教えてくれた。先輩たちと混じることを勧めてくれる……
「じゃあ、全員でなにかやるか」
「その、……練習したことがある曲しか……」
将さんが気楽に誘ってくるけど、いっしょにといっても、先輩たちと違ってなんでも弾けたり歌えたりしない。先輩たちとの練習の時のように、適当に弾くというわけにはいかないし。
「それなら、はっぴいえんどの『風をあつめて』は、どうかしら?この曲なら洋ちゃん、よく歌ってたから弾けるでしょ?」
ばあちゃんが目を輝かせてボクたちを見てくる。保護者の眼で見るのやめて……
「お、いいんじゃないか」
「それじゃあ、次は『風をあつめて』やるか」
先輩たちがやる気みたいなので、アコギを持って先輩たちの所に行く。
将さんが確認するように全員と目配せをする。
宮さんのギターが風に馴染むように流れ出す。将さんのリズム……
あれ?どうしたんだろ?
「……遠岳、なんで歌わねえんだよ」
「え?伊与里先輩が歌うんじゃないんですか?」
沈黙が訪れる。
「とおぉぉぉたぁけぇぇええ」
「うおぉぉぉあぁあぁぁあああ」
「なんで寅二郎まで怒ってるの」
ちゃっかりと伊与里先輩側について遠吠えをはじめた寅二郎に呆れていると、周囲から小さな笑い声が……
「もう、いっそのこと全員で歌おうぜ」
「そうだな。このまま二人の会話を垂れ流してると、お笑いバンドと勘違いされかねない」
将さんと宮さんが深く深くタメ息をついた。
ギターの柔らかな音色が流れ、歌がはじまる。全員で歌うのは新鮮だ。ゆったりとしたテンポで風の吹く場所で歌うのは楽しい。
曲が終わり顔を上げると、いつの間にか人だかりになっていた。懐かしさに惹かれたのか年配の人が増えている。
「うまいわねえ。おにいさんたち。聴き惚れちゃったわぁ」
「懐かしいなぁ。若い頃、よく聴いたよ」
概ね、好評みたいだ。辺りが和やかな空気で満たされていく。
“YOU suck!”
なんか声を張り上げさっきの外国人女性が詰め寄ってきた。
“Sound remains. So the sound becomes muddy. You don't even know Muting Method? Take care of each and every sound.”
「え、えっと、パードン?」
早口でなんて言ってるか分からない。身振り手振りが激しいのは怒っているからなのか、これが素なのか判断がつかないし参ったな。
“Sound remains. So the sound becomes muddy. You don't even know Muting Method? Take care of each and every sound.”
「………………」
“………………”
ダメだ。さっぱり聞き取れない。正直に話そう。
「アイキャンノットアンダースタンドイングリッシュ」
事実を伝えたら、外国人女性が眼を見開いた。
“Goddamn!”
頭を抱え叫んでる。この言葉、海外ドラマで聞いたことあるな。本当に言うんだ。
“Sorry. Don't worry.”
「彼女、ちょっと気性が激しいだけなの。許してあげてね」
外国人女性の仲間らしき人たちが、ボクに謝ると、興奮している女性を抱えるようにして連れ去っていった。
何だったんだろう?
先輩たちのほうに顔を向けると、奇妙なものを見るような目付きでボクを見ていた。
「遠岳って、煽りスキル高いよな」
「外国人相手にあそこまで煽れるんだもんな。気の弱い俺には無理だわ」
「オレも無理」
先輩たちが、また人のこと血の気が多いみたいに言ってる。
「煽ってないです。本当になんて言ってるか聞き取れなかっただけです」
独特のアクセントのせいか単語も拾い出せなかった。
「ミューティングって聞こえたし、ミュートができてないって言ってたんじゃないか」
宮さんが眉を寄せ、外国人女性が言っていたことを教えてくれる。
「アドバイスしてくれてたんですか」
「どっちかと言うと、ミュートもできないドヘタクソって感じだな」
罵られてたのか……
「嫌な感じー」
「洋太ちゃんの歌、よかったのにっ!」
「気にすることないよ。すっごくうまかったよ」
幼馴染たちが、ボクに代わって憤慨してくれる。なんだかんだ言いつつ、幼馴染たちは身内のボクには甘いんだよな。
「洋ちゃん、かっこよかったよ」
「ユウちゃん、ありがとう」
ユウちゃんが機嫌を直してくれたみたいだし、まあ、いいか。
集まってきていた年配の人たちも注文していってくれたので、昼には用意してきたホットドッグは全て売り切れた。
午後はボクも遊びに行けることになった。




