人だかり
今日も海辺のカフェにバイトに来てみたものの……
ヒマだ。店の前を通っていく観光客さえいない。
「洋太くん、お昼食べに行こう」
昼になっても一人の客も来ないことに飽きてしまったのか、車のキーを手にしたマスターが、店から出ていこうとする。
「あの、店はいいんですか?」
「いいよ。いいよ。客来ないし、今日はこれでおしまい。偵察がてら港町にご飯食べに行こう。奢るよ」
暢気だ。
マスターとボクと寅二郎を乗せて、黄色と白のツートンカラーの軽自動車が走り出す。あっという間に港に着いた。今日は暑いので寅二郎に犬用のサンダルを履かせると、不服そうな顔でボクを見てきたけど気にせずマスターの後を追う。
「どこで食べようか?定食屋か洋食屋か」
「そうですねぇ。迷いますね」
飲食店の多い赤いレンガ道を歩きながら、店の看板を眺める。
「あれ?人だかりができてるね」
「何かあったんでしょうか」
レンガ道をふさぐほどの人だかりにマスターと不思議がる。観光客ではなく島の大人たちが昼間から集まっているのは珍しい。揉め事かな?
「うああぁあん」
「寅二郎!」
寅二郎が人だかりの中に走って行ってしまう。
「うああぁん!あぁん!ああぁぁあ!!」
喧騒に興奮した寅二郎が集まってる人達の周りをグルグル回った後、無理やり人混みの中に潜り込んでいく。野次馬根性強いよな。誰に似たんだろう?
「寅二郎?なんでここに?」
聞きなれた声が……
よく見たら、集団の中に灰色の髪が見え隠れしてる。
「宮さん?」
「遠岳?マスターも?」
エプロンを付けた宮さんが、人だかりの中にいた。
宮さんの声に、そこに集まっていた大人たちが一斉にこっちを向いた。
「ああ!洋ちゃん!いいところに」
「ちょっと、洋ちゃんに話すのはっ!照子さんに相談してからのほうが」
顔見知りの島の大人たちの様子がおかしい。島の住人と宮さんというよく分からない集まりだし、何かあったんだろうか?
「おかえり、洋ちゃん。少し見ない間に大きくなったわねぇ」
「洋ちゃん、おかえり」
「ただいま。何かあったんですか?」
誤魔化そうとする島の大人たちにかまわず尋ねると、困ったように顔を見合わせて黙ってしまう。宮さんに視線を戻すと寅二郎が足の間に挟まっている以外は、いつもと様子は変わらない。
「まあ、大したことじゃないんだけどな。島のあらゆる所、役場や観光協会、民宿に中傷メッセージが来たってだけで」
「中傷メッセージ……ですか?」
肩をすくめた宮さんが説明してくれるが、要領を得ない。
「そう、遠岳を中傷する」
「は?ボクを?」
宮さんが苦笑いといった感じで口の端を上げたので、なんとなく状況が分かった。
船で教えてもらった脅迫メッセージが、島にも送られたということなんだろう。
「なんかね。『遠岳洋太を島から追い出せ さもなくば 不幸が訪れるであろう』って」
「……はあ、不幸…ですか」
なんか、中傷というより予言?具体的な中傷しないってことは、脅迫者はボクのこと、それほど知らないのかな?
心配そうにボクを見ていた島の人たちが、取り囲んでくる。
「ゲームにでてきそうな文言だし、ふざけてるだけかもしれないけど、こういうのはねぇ」
「宮ノ尾くんが洋ちゃんのお友達だって聞いてたから相談に来たの」
それで宮さんが混じってたのか。
「洋ちゃん、もしかして、学校でいじめられてるのか?」
「え?いじめられてないよ……」
島の人たちがボクに直接言わなかったのは、いじめられてると思ったからか。
「ご心配おかけしてすみません。たぶん、オレたちのせいです。ちょっとトラブっていて、遠岳はそれに巻き込まれただけだと思います。こちらで対処してみます」
「そうなのかい?」
「また、遠岳に関する嫌がらせがあったら、その時は報せてもらえると助かります」
宮さんが自分たちのせいにして、誤魔化そうとしてくれている。事実を言うと大事になりそうだし仕方ないとはいえ、申し訳ないな。
「報せるのはいいんだけどね。本当に大丈夫なのかい?」
「そうだねえ。まあ、この子たちなら大丈夫でしょ。いざという時は僕も力になるし」
マスターが執り成してくれると、島の大人たちが納得したように落ち着いた雰囲気になっていく。
「シゲさんがついてるなら大丈夫か。まあ、困ったときは、おじさんたちを頼ってくれていいんだからな」
「何かあったら相談するんだよ。おばさんたち、いつでも力になるからね」
集まっていた島の大人たちは、それ以上は追及せず、いつでも相談するように言い残して散っていった。
参ったな。まさか島の人たちに迷惑かけるとは思わなかった。脅迫者を何とかしないとなぁ。




