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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第二章

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80/133

作曲者は

 

 客が来ることのない海辺のカフェのバイトはマスターの気分によって終わる。今日は2時で終了。先輩たちはまだバイト中だし、ばあちゃんもまだ仕事中。

 いつもの夏休みと同じく寅二郎と留守番か。スマホを取り出しシロさんから連絡が来てないか確かめようとして気づいた。


「あ、部長たちから連絡が来てた。柏手くんからも」


 島に来てから慌ただしかったから放置状態だった。悪いことしたなぁ。


 〈アカフジ出演決定、おめでとー!絶対、絶対、見に行くからね!〉

 〈おめでとう!アカフジのステージで遠岳くんの歌が聴けるんだね。今からワクワクしてるよ。すごい楽しみ!〉

 〈やったな!遠岳たちなら、アカフジ出られるとは思ってたけど、本当にそうなるとはな! 当日は一番前で聴くからな。練習しとけよ〉


 ボクたちがアカフジ出演決定したことを知って、お祝いのメッセージを送ってくれてたのか。なんか、こういうの照れ臭いけど嬉しいな。3人には力づけられてばかりで、まともにお礼もできてないのが心苦しい。

 返信どうしよう。なんて送ろうかな。


 アカフジに出演……か。まだ、実感ないけど、本当なんだなぁ。




 夕食の片付けが終わると、ばあちゃんは寄合があると言って出かけて行った。


「忙しいんだな。照子さん」

「ばあちゃんは世話好きで、じっとしてるのが苦手なので、いつもあんな感じです」


 夏休みで観光客の多いこの時期は、仕事以外にも飛び回っている。


「お!また脅迫メッセージが来てる」


 居間でまったりスマホをいじっていた伊与里先輩が、なぜか嬉しそうにボクにスマホ画面を見せつけてきた……


「今度はなんて送ってきたんだ?」

「〈忠告を聞かなかった こちらも準備がある〉〈何もするな 見張っている 何もするな〉だってさ」


 忠告を聞かなかったというのは、小笠原に来たことだよな。もうバレてるのか。


「オレたちの行動、がっつり把握してるとこが本気度高いよな」

「見張っているというのが、脅しじゃなく事実だからな」


 宮さんと将さんが怖い事実を淡々と告げる。


「こうなったら、さっさとあの曲の秘密を解き明かして、先手を打つしかねえな」


 伊与里先輩、楽しそうだな。


「けど解き明かすといってもなぁ。どうすればいいんだ?」

「あの歌詞を読み解くか、聞き込みをするか。聞き込みは脅迫者に刺激を与えすぎるから最終手段にした方がいいか……」

「原曲が聴けたらな。少しは……」


 将さんと宮さんが難しい顔で考え込む横で、浮かれた感じの伊与里先輩と目が合う。


「そういや、あの謎の曲が入っていたCDはどうしたんだ?捨てちまったのか?」

「いえ、割れてしまって聞けない状態ですけど、一応、取ってはあります……」

「見せてみろ。手掛かりになるかもしれねえ」


 割れたCDが手掛かりになるのかな?




「これです」


 お菓子の空き缶を伊与里先輩に渡す。


「ん?菓子が入ってねえけど」

「この中に割れたCDが入っているんです。子供の時に、貰ったものや拾ったものもまとめて入れてありますが気にしないでください」


 ばあちゃんから貰った空き缶に、割れたCDのほかにも島で拾ったものや貰ったものを入れて保管していたんだよな。いわば、子供時代の宝箱。島の人たちは子供好きな人が多いのか、色々プレゼントしてくれることが多かったから。


「貝殻にホイッスルに水笛に……、これはブリキの笛か」

「お!これ、擬音笛だろ?オレもいくつか持ってる」

「笛がやたらあるな」

「なぜか島の人たちがよく笛をくれたんです。持ち歩いて迷子になったら吹けって」

「………遠岳の子供時代が目に浮かぶようだな」


 先輩たちが納得したように頷いているけど、何を思い浮かべているんだろうか。


「綺麗なビー玉だな。小笠原の海みたいな色で」


 将さんが空き缶から青くきらきら光るガラス玉を取り出し光に透かす。


「それはクマさんがくれたホタルガラスです」


 ボクの言葉になぜか先輩たちが動揺し始めた。


「クマがいるのか。この島」

「クマがモノをくれるのか」

「クマさんはあだ名で人間です」


 意外に先輩たちってメルヘンな思考を持ってるよな。




「これが例のCDか。何も書いてはないか……」


 やっと、CDを取り出した伊与里先輩がもとの形に並べる。CDの表面は真っ白で、印刷された文字も手書きの文字もない。手掛かりにはなりそうにない。


「このCDが入ってたケースはないのか?」

「……ケース、そういえば、見たことないような……。最初に見つけた時、すでにCDプレーヤーにセットされていた気が……」

「じゃあ、照子さんがCDを最初に手にしたってことか?」

「……そうだと思います」


 他に考えられない。あれ?でも、ばあちゃん、CDのこと知らないって言ってたよな?あれ?


「ばあちゃんならすぐ帰ってくると思うので聞いてみます」

「それなら待つ間、アイス食べようぜ。買ってきたから」


 将さんが冷蔵庫から持ってきたアイスを配る。メロンやオレンジの形をした容器に入ったシャーベットは、夏に食べるとなんでか無茶苦茶美味しいんだよなぁ。


 先輩たちがアイスを食べだすと寅二郎がすぐに駆け寄ってきた。


「それにしても奇妙な歌だよな」


 宮さんの呟きに、寅二郎が反応する。


「奇妙というのは?」

「これだけ話題になっても、原曲が出てこないことがさ」


 素早く移動した寅二郎が、宮さんの膝に手をかける。


「あの歌の原曲だと名乗りでたものの中に、遠岳と歌詞が近いものは存在してないみたいだから、原曲は発見されてないってことだろ?つまり、作曲者本人が名乗り出てきてないってことだよな。これだけ騒がれてるのに、作曲者が名乗り出ないのは、さすがに不自然だろ」

「そうですね」


 寅二郎が宮さんの膝の上に乗り上げてきたところで根負けして、宮さんが蓋にメロンのシャーベットを乗せた。


「作曲者はもう名乗りでられない状態なのかもな……」

「……亡くなっている……ということか」


 宮さんから貰ったアイスを食べ終えた寅二郎が、次のターゲットに伊与里先輩を選んだようだ。先輩にぺたりと張り付く。


「レイやジャクリーンが言うようにな。そういう状況だと思った方がいいだろうな」


 伊与里先輩の腕に顎を乗せて声を出さずに寅二郎が吠える。鬼気迫る勢いで催促する寅二郎に負け、先輩も蓋にオレンジのシャーベットを乗せる。


「あの二人がどこまで真実を言っているか分からないけど、アラリコは違うだろうな。有名人なら曲の管理はしっかりやってるだろうから、亡くなった後に曲が行方不明になるということは考えにくい」


 伊与里先輩を攻略した寅二郎が、アイスを頬張ろうとした将さんにのしかかる。


「確かにな。そういうことを考えたら、あの曲の作曲者は、無名で、遺した曲を管理する者がいなかったってことになりそうだな」

「原曲が出てこないってことは、そうなるな」


 寅二郎の視線から逃れられなかった将さんが、蓋に少量のメロンシャーベットをのせる。


「なんか切ない話だな。あんなすごい曲を作った人物が」


 宮さんのしんみりとした声が部屋にこもる。

 あの曲を作ったことを家族にも誰にも知られずに亡くなっているとしたら、それは悲しい。


「そうなると、小笠原に遺されたこのCDだけが、その作曲者の唯一の……」


 この場にいる全員の視線が割れたCDに集まる。


「そんな貴重なCDが、遠岳の手によって、こうして見るも無残な状態になってるわけか」

「絶望的だな」


 そんなこと今さら言われても……


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