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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第二章

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練習

 

 エレキギターのほうを持って、寅二郎といっしょに海辺の家に行く。休憩時間に、練習できるかもしれないから。

 カフェの入り口のところに人影が。シゲさんじゃない。誰だろう?

 近づくと見覚えのある人物で安心する。シゲさんの息子のマサさんだ。


「おはようございます。何してるんですか?」

「おはよう。洋太くん。親父もやっと隠れ家をあきらめてくれてね。カフェらしく、改装しているところ」


 ガラスのドアに昨日まではなかった金色の文字が付けられていた。


「店名ですか?なんていう店名に……」


『カフェ・トラジロウ』


「カフェ・トラジロウ?………あの…」


 なぜ、寅二郎?


「父さんが昨日の寅二郎くんの活躍を見て、これしかないって言うもんだから。嫌だったかな?」

「そんなことは、全く」


 寅二郎、活躍したかな?それより、昨日の寅二郎を見てってことは、今まで、店名もなかったのか……



「聞いたよ。親父が洋太くんに無茶なこと言ったんだってね」

「無茶なことですか?」

「バイトに来てほしいって。ごめんね。バイト代はちゃんと出すから」

「いえ、大丈夫です。練習場所として貸してもらうだけで充分なので、バイト代は」

「親父の子守代だよ。店をやるっていう割にいい加減でさ。洋太くんには悪いんだけど、我が儘に付き合ってやってほしいんだ。僕もこれで忙しくてさ」

「はあ……」


 有無を言わさない感じのマサさんに、思わずうなずいてしまった。



「あれ?なんか喫茶店っぽくなってる」


 店の中に入って驚いた。昨日はもっと、こう、薄暗くて、喫茶店っぽい住居のような感じだったのに。


「間接照明を増やしたんだ。洋太くんたちには、部屋が暗すぎるって言ったら頑固おやじも言うこと聞いてくれてさ」


 シゲさんが頑固?親子だとそうなるのかな?



「明るくなったね。気に入ったよ」


 裏の戸口のほうから声がして振り向くと、シゲさんが立っていた。


「おはようございます」

「おはよう、洋太くん」


 手に持っていた荷物をカウンターに置くとシゲさんが、ゆっくりと首を廻らし店内を見渡した。そこに寅二郎が立ちはだかる。


「寅二郎くん、おはよう」

「うあぁん」


 優しく撫でられ満足した寅二郎は海の見える入り口に移動していった。寅二郎の扱いがうまいな。


「暢気なこと言ってないで、今日から気を引き締めてくれよ。親父!内装を少し変えたくらいじゃあ、客は来てくれないからね。洋太くんにバイトに来てもらうなら、もう少し客が来るように頑張らないと」


 マサさんは厳しい。商売だから当然か。

 うんうんと何度も頷いたシゲさんが、自信ありげに笑顔を浮かべる。


「看板犬も来てくれたし、ぴちぴちの高校生のバイトも入ったことだし、大丈夫、大丈夫。これでお客さんたくさん来てくれるよ」


 ……ぴちぴち?

 シゲさんの暢気さは変わらないようだ。マサさんが呆れたようにタメ息をつく。



 マサさんの指導のもと、店内の飾りつけをしていると、寅二郎が嬉しそうにデッキを行ったり来たりしだした。誰か来たのかな?客?


「こんにちはー」

「ああ、伊与里くん、いらっしゃい」


 ベースを担いだ伊与里先輩が、寅二郎をまとわりつかせながら入ってきた。


「あれ?先輩、バイトはどうしたんですか?」

「明日からってことになった。今日はここで色々と確認しとこうと思って。……それにしてもずいぶん雰囲気が変わりましたね」


 昨日とは雰囲気の違う店内を興味深そうに眺める先輩の様子に、マサさんは満足そうだ。

 シゲさんとマサさんと挨拶し合った先輩が、ドラムやアンプの置いてある場所に向かう。アンプの確認に来たらしい。


「うちにあったアンプで大丈夫かな?」

「助かります。でもドラムといい、アンプといい、マサさんもバンドやってたんですか?」


 確かに疑問だ。なんで、こんなに色々持ってるんだろう?


「学生の時にちょっとね。でも、ドラムやアンプなんかは、ジャズバーを居抜きで買い取った時の物だよ。他にも買い取った楽器や設備があるから、使いたいものがあったら言ってくれれば持ってくるよ」

「助かります」


 先輩が納得したように頷く。ここまで設備が揃っているのは、商売柄だったのか。そう言えば、シゲさんが手広く商売してる優秀な息子だって自慢してたことあったな。


「少し鳴らしてみていいですか?」

「ああ、いいよ。客が来ることもないし、洋太くんも弾いてきたらいいよ」

「じゃあ、そうさせてもらいます」


 ギターを持って先輩のいるところに行く。


「合わせるか?」

「はい」


 ベースのリズムを意識して、ギターを鳴らす。

 少しは合わせて弾けるようになったかな?



「なんだよ。もう、始めてんのかよ」

「二人だけで始めんなよー」


 入り口に立つ二つの影。強い日差しを背に受けてシルエットしか見えないが、誰かはすぐわかる。


「あれ?宮さんに将さん、二人もバイト明日からにしたんですか?」

「いや、だってよ。居ても立っても居られないっていうか。今日くらい思う存分、練習したいだろ」

「アカフジに出れるんだぜ。気合い入りすぎてバイトしてらんねーわ」


 二人とも顔が緩んでる。よっぽど嬉しいんだな。アカフジ出演が。


「え?!何?!アカフジ?君たち、アカフジに出演すんの?!ほんとに?!」


 驚愕といった表情のマサさんが、カウンターに身を乗り出す。


「うわっ!……マサさんいたんですか」

「こんちはー」

「こんにちは」

「僕もいるよー」

「あ、シゲさん、こんにちはー」

「こんにちはー」


 和やかな空気が流れる。


「いや!それより、アカフジに出るって、今、言ったよね?本当に?!」


 なぜか焦った様子のマサさんが調理場から出てくる。


「へへへ、実はそうなんですよ!見てください、これ!」


 将さんがスマホの画面を見せる。たぶん、アカフジの出演者ページでも見せているのだろう。


「このザッシュゴッタっていうのが、俺らのバンドなんです。オーディションで出演を勝ち取ったんですよ!アカフジ始まって以来、初の高校生バンド出演ですよ!」

「おおおお!すごいじゃないか!まさか君たちがそんな凄いバンドだとは思ってなかったよ」

「俺も、ここまでスゴイとは思ってませんでした!」


 浮かれて将さん、おかしなこと言ってるよ。


「張り切ってるね。でも、練習の前に、水分を取ったらどうかな?外は暑かったでしょう?」


  そう言ってシゲさんがアイスコーヒーを人数分だしてくれた。


「ありがとうございます。シゲさん」

「んん~、シゲさんもいいんだけど、これからは、できればマスターって呼んでくれないかな?憧れてたんだよね。マスターって呼ばれるの」

「……親父」


 シゲさんの言葉に、マサさんが呆れたようにタメ息をつく。


「「「「いただきます。マスター」」」」


 冷たいコーヒーはあまり苦くなくて美味しく飲めた。


「美味しいですね」

「いつも飲むコーヒーと違うよなぁ。飲みやすい」

「親父はコーヒーを淹れるのだけは上手いんだよな」


 マサさんが嬉しそうにアイスコーヒーを飲み干す。


「このコーヒーならお客さん喜びますよ」

「店の雰囲気もよくなったし、観光客が立ち寄ってくれそうだよな」

「そう言って貰えると、自信が湧いてくるね。お客さんいっぱい来てほしいなぁ」


 マスターが胸を張るのを見て、マサさんがタメ息をつく。


「そんな甘くないよ。父島にはコーヒー園があって、島で採れたコーヒーが飲めるカフェまで経営してるからね。観光客はみんなそっち行くよ」


 マサさんは商売人なので現実を知っている。観光客はこの島でしか体験できない方を取る。この島でコーヒーで勝負するのは難しい。


「コーヒー以外に目玉になるようなメニューを考えないとなぁ……」

「そうだねぇ」


 親子でタメ息をついている。ここまでしても、まだ不足なのか。


「大変そうだな」

「目玉になるメニューか。オレらじゃ役に立ちそうにないしなぁ」

「カフェに行くことほとんどないからな。がっつり食える飯屋かファミレス行くし」


 ボクもカフェのことよく知らないから、役に立ちそうもない。


「君たちは気にせず練習していていいからね。アカフジのステージが待ってるんだろ?さ、練習、練習」

「そうですか。じゃあ、お言葉に甘えて」


 マサさんに追い立てられてしまった。困ったように笑った先輩たちが、店の隅にあつらえた簡易ステージに歩いていく。まあ、手伝いたくても自分たちが手伝えることじゃなさそうだものな。メニューを決めるなんて。


「よし!やるか!」


 ストレッチしながら将さんが、全員に視線を送る。


「何やる?」

「タヌキから雷雨を通しで一度やろう」

「アカフジでやるのは、この2曲と……」


 話の途中で将さんの動きが止まったかと思ったら、伊与里先輩のほうに勢いよく顔を向けた。


「おい!どうすんだよ!2曲しかねえぞ!」

「……ああ」


 将さんから視線を逸らした伊与里先輩がベースをいじり始める。


「確か、3曲だったよな。アカフジ本番で歌える曲数は」

「あと1曲……、今から作るのも無理だろ。アカフジは8月の終わり、ひと月ちょっとしかない。どうすんだ?」


 将さんと宮さんの焦るのも当然だ。アカフジに出演できても、曲が足りない。これほど情けないことはないだろう。


「アインザイム時代の曲をやるか?」

「そうっすね。カバー曲をやるよりは」

「ああー!作るよ!すぐにっ!グダグダ言ってねえで、練習、始めるぞ!」


 二人の言葉を遮り、伊与里先輩がベースをかき鳴らす。


「まあ、伊与里がそう言うなら、待つけどさ」

「んじゃあ、やりますか」


 将さんと宮さんも演奏する体制に戻る。先ずは2曲だけでも、しっかり練習しないと。


「遠岳、準備できてるな?」

「はい!」


 いつもより先輩たちのテンションが高い。こういう時の先輩たちの演奏は凄みがあって、ついていくのがやっとになるんだよな。足手まといにならないように。気合いを入れよう。


 ドラムが鳴る。

 ここでっ


 ブッチン


 ………弦が切れた。


「「「遠岳ぇ――――!!!」」」


 何でこうなるんだろうな……


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