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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第二章

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策略

 

「おう、レイに連絡ついたか?」

「はあ、それが……」


 カウンター席から離れてボクの様子を見に来た宮さんに、ジャクリーンさんが上げた動画を見せる。


「これって、……遠岳と凪…だよな?」


 宮さんが不可解そうに動画を見直す。その場にいなかった宮さんには何の動画か思い当たらないだろうけど、映っているのがボクたちというのは分かったみたいだ。逆光になっていてボクたちの顔は、判別できないけど、歌声だろうか?


「オレがどうかしたか?」


 伊与里先輩もやって来てスマホを覗く。動画を見て、一瞬で眉が寄る。


「これって、ホテルのラウンジで歌った時のか?なんで映像があるんだ?」

「ジャクリーンさんが撮影していたみたいで」

「ジャクリーンが?」


 伊与里先輩にスマホを渡すと、確認するように、動画を最初から再生しだす。


「レイくんが教えてくれたんです。ジャクリーンさんがこの映像をネットに上げたことを」

「ジャクリーンのアカウントに載せたのか。この映像を……」


 簡単にレイくんとのやり取りを説明すると、伊与里先輩が苦々しそうな顔つきになった。


「……やられたな」


 短く息を吐きだした伊与里先輩が、スマホを返してくる。伊与里先輩の様子に宮さんと顔を見合わせてしまう。


「なにがですか?」


 先輩の言ってることは分からないことが多い。


「アラリコをあの謎の曲の作曲者だと世間に思わせるのに、手っ取り早い方法は何だと思う?」

「え?……そうですね。アラリコさんが歌っている音源が出てくることでしょうか?」


 アラリコさんはボクが動画を上げる何年も前に亡くなっているので、あの歌を歌っている音源が見つかれば、間違いなく作曲者だ。


「確かにそんなのがあれば作曲者だろうけどな。まあ、そんなものは存在しないんだろうよ」


 伊与里先輩が肩をすくめる。

 あったら、公表してるよなぁ。ジャクリーンさんなら。


「いまだに原曲と呼べるものは出てきていないってことは、市販されたことのない曲というのは、ほぼ確定だろう。これだけ曲が知れ渡ってしまったら、今さらデモCDを持って原曲だと名乗りでたところで本物と認められることはない。それこそ動画が上がる前に亡くなった歌手の原曲でもない限りな」


 世間に知れ渡った後では、決定的な証拠でもないと原曲だと証明できないものなぁ。


「こうなると、世間に認められる唯一の方法は」


 伊与里先輩が人差し指をボクに向ける。


「原曲を知ってるという動画の少年に認められること。少年が認めたものが、原曲になるわけだ」

「……ボクが認めたものが原曲に…」


 なるほど。あの動画の少年を捜そうとする人が大勢いるのは、そういうことか。


「遠岳は正体を隠しているとはいえ、懸賞金の少年候補に入ってるからな。しかも、遠岳は1、2を争う有力候補。ここまで言えば、ジャクリーンの目的も想像がつくだろ?」

「ええっと……」


 ボクが有力候補だと、……どうなるんだ?


「ああ!そういうことか」


 宮さんは分かったらしい。


「匂わせってやつだな」

「匂わせ…ですか?」


 ………何を匂わせてるっていうんだ?


「そう、遠岳とアラリコの身内が知り合いとなれば、謎の曲とアラリコが自然に結びつく。印象付け成功ってわけだ」

「遠岳が名乗り出て否定さえしないかぎりな」


 伊与里先輩と宮さんが皮肉気に口の端を上げる。


「そういうことですか。策士というか……。凄い人ですね。ジャクリーンさんって」

「感心してんじゃねーよ」


 伊与里先輩に軽く小突かれるが、ここまでされてしまうと、感心する以外できない。ボクが名乗り出れば終わることだけど、名乗りでなければ、仄めかしは成功だ。しかも、アラリコさんが作曲者だと言ってるわけじゃないから、ボクが名乗り出て否定したところでダメージもない。うまいよなぁ。



「おーい、お前ら、休憩は終わり。片付け再開するぞー」


 シゲさんと談笑していた将さんが、部屋の奥から手を振っている。休憩は終わり。このあとの片付けの算段をつけていく。


「床を汚しちゃったので、水拭きと……」

「埃っぽいし雑巾がけも」


 ずぶ濡れのボクたちと寅二郎が歩き回ったせいで床が泥だらけだ。


「いや~、悪いねぇ。今日、島に着いたばかりなのに」

「船で寝てただけなんで、力は有り余ってますから大丈夫です」


 将さんが腕を前でガツガツと合わせストレッチをはじめる。船酔いでほとんど寝てたものな、将さんと伊与里先輩。



 大変かと思った片付けも男5人もいると、そうでもなかった。

 重い物でも将さんは一人で軽々運んでくれるし、シゲさんの指示も的確。宮さんが窓拭き。ボクが雑巾がけ。役割分担してテキパキと掃除していくことができた。

 モップ掛けをしている伊与里先輩の後ろを汚れた足でついていく寅二郎のおかげで、床だけはなかなかキレイにならなかったけど。



「あらかた、片付いたかな」


 店の隅にドラムとアンプを置いて、テラスにテーブルとベンチも設置した。ちょっと立ち寄って見たくなるような喫茶店になった気がする。


「ごくろうさま。これが、ここの鍵。いつでも好きに使っていいからね」

「「「「ありがとうございます!」」」」


 ここでバイトすることになったボクが代表して鍵を受け取る。

 オシャレなカフェ付き物件一軒を好きに使っていいって贅沢だよなぁ。夏の間、練習もはかどる……といいな。


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