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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第一章

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緊張

 

「なんじゃあ、この騒ぎは?」


 外につながる玄関口から聞こえてきたしゃがれた声に、警備員に押さえつけられている男の一人が動揺して体を震わせた。


「オウミさん!」


 暴れていた男が、外からやってきた黒Tシャツの男の名前を呼ぶ。黒Tシャツタトゥーの髭の男は、暴れていた男が応援しているバンド『ノーテンキレッド』のメンバーだ。

 緊張する場面なはずだけど、髭の人、生チョコソフトクリーム食べてる……。有名なんだ。あのソフトクリーム。


「こいつが!ミーミーチューをバカにしたんだ!」


 押さえつけられているもう一人の男が叫んだ。周囲の人たちが補足するように黒Tシャツタトゥーに事情を説明すると、髭の人の顔がみるみる赤くなっていった。


「なにしてくれとんのじゃぁぁあ!あぁぁあ?!」

「スンマセン、スンマセン」


 髭の人が暴れていた一人に対して怒りだした。


「俺らのバンドのファン名乗んやったら、情けない真似すんなやっ!ああぁあ!」

「スンマセン」

「謝る相手が違うやろがっ!」

「ハ、ハイ!……ス、スンマセンっした!」


 ミーミーチューの悪口を言った男が、頭を下げる。謝られた方は反応を示さないが、落ち着きは取り戻したようだ。

 警備員が二人を連れていく。


 ノーテンキレッドとミーミーチューのメンバーたちが、ファンたちに訴えかけて、他の小競り合いも鎮火していった。

 これで騒ぎは収束かな?



「アイドル崩れのバンドなんて呼んだりするから」

「アカフジのオーディションは、実力があるのに知られてないアーティストの登竜門的存在であるべきなのに。それが今回は、話題性だけで選ばれたようなのが複数も選ばれちまってるからな。不平不満が出てくるさ」

「今年のアカフジは期待できないな。他のフェスと変わらなくなっちまった」


 周囲から聞こえてくる声は、暴れた人たちよりアカフジ運営への批判のほうが多い感じだ。

 ……空気は変わりそうもないか。審査ライブは中止だろうか?さらに空気が悪くなった中で再開はきついよなぁ。



 しばらくしてアナウンスがあり、中断していた時間分を昼休憩に回すことで、続行が決まった。



「昼飯どうする?」

「ゆっくり食べる時間もねえし、コンビニで買ってくるか」


 先輩たちは変わらない。何とも思ってないんだろうか?方々から聞こえてくる、実力のない者は去れという拒絶の声を。


「コンビニならそこの建物内にありましたよ」


 柏手くんが隣りの建物を指さす。


「おう、遠岳のストーカーじゃねーか。案内しろ」

「え?ストーカー?そういや、遠岳のストーカーが学校にもいるって聞いたような。それか」


 伊与里先輩の言葉に宮さんが目をむく。


「違いますよ。ストーカーじゃないです。柏手くんはボクの同級生で、ザッシュゴッタが審査ライブに出演するっていったら観に来てくれたんです」

「同級生?遠岳、学校に友達がいたのか?」

「よかったなー」

「だから、やめて下さい!そういうの!」


 笑い出した先輩たちに柏手くんは状況が分からないようで、説明を求める視線を向けてくるが説明したくない。


「早くコンビニに行きましょう。混む前に」


 歩き出すよう促すと、柏手くんが「こっちです」と先に歩き出してくれた。



 隣のビル内にある、やたらオシャレなコンビニで買い物をしていると、先輩たちに話しかける派手な出で立ちの女性がいた。どうやら、前のバンド『アインザイム』時代の知り合いみたいだ。邪魔をすると悪いので、柏手くんと先に広場に向かうことにした。


「あ、そうだ。さっきは助けてくれてありがとう」

「はあぁ?なに言ってんだよ!別にっ…、そういうんじゃっ……」


 真っ赤になってモゴモゴしている。そういうんじゃなかったら、なんだったんだろ?喧嘩好きで参戦したくなったのかな……?


「柏手くん、飛び蹴り決まってたけど、よくしてるの?」

「……よくなんてしてねえよ。俺を何だと思ってんだよ」

「……族に入ってたりは………」

「族って……、入ってるわけねえだろ。大体、今の時代に存在してるのか?俺は見たことねーぞ」

「そういえば、ボクも見たことない……」


 そうか、族ってもう存在してないんだ。物語の中では、たまに見かけるのにな。


 柏手くんとたわいない話をしながら歩いていたら、喧嘩に巻き込まれていたサックス奏者の女性と相方のギタリストが深刻そうな顔で話している所に遭遇してしまった。向こうもこちらに気づいたようで、深々と頭を下げてきた。


「さきほどはありがとうございました」

「あ、いえ」


 丁寧にお礼を言われ、こそばゆい。


「えっと、怪我とかは?」

「はい、おかげさまで大丈夫だったんですけど……」


 大丈夫というが、その顔は沈んだままだ。


「どうかしたんですか?」

「…その、……実は………私たち、出演を辞退しようかと思っていて……」

「え?!どうしてですか?!」


 あんなにうまいのに。


「どうせアカフジ本番には選ばれないだろうし。……みんなが言っているように最終選考は話題性で呼ばれただけだから……」


 言い淀むサックス奏者の代わりにギタリストの女性が軽い感じで答えてくれたが、話の内容は突き刺さるような悲しい言葉だった。


「話題性だけなんて、リハの時の演奏、凄かったじゃないですか」


 実力は充分あると思う。技術的なことまでは分からないけど、耳に届いてきた音は、プロと遜色ない出来だった。


「そう言って貰えるのは嬉しいけど、あの空気の中で演奏できるほど、肝は据わってないから……」


 無理に笑顔を作るサックス奏者の女性の目は、悔しさでだろうか、潤んでいた。


「暴れ回る観客がぶつかってきたときに、もう、イヤだって思っちゃって……、なんか、もう、ね……」


 サックス奏者の女性が深く息を吐きだす。二人の眼は暗く、光が灯っていない。あんな目にあってしまったら演奏する気力がなくなるのも仕方がないけど……。勿体ないというか、悔しいというか、このまま終わってしまうのは悲しすぎる。


「あ~、そういう時は、気持ちを切り替えるために、食べるか運動するのがいいですよ」


 暗い雰囲気を吹き飛ばすように柏手くんが、軽い調子でアドバイスの言葉をかける。


「食べるか、運動かぁ」


 二人の顔が少しだけ和らいだ。すごいな。柏手くん。自分も励ましたいけど、気の利いた言葉なんて……

 あ、そうだ。ついさっき、ボクも部長たちに気持ちを切り替えしてもらってた!


「それなら、広場を抜けた先にある店で売ってるチョコソフトクリームがすごく美味しかったんで、食べたら落ち着くと思います」

「……チョコソフトクリームかぁ。いいなぁ」

「しかも、値段が手ごろでした!」

「それは重要だわ!」


 音楽家は一部を除いて金欠だものな。


「ふふ、ありがとう。頭冷やしたいし、そのソフトクリーム食べてくるよ」

「出演するかは、まだ決められないけど……、でも、ありがとう。気持ちが軽くなった」


 二人とも、無理に作った笑顔じゃなく本当の笑みを浮かべると、手を振りながらソフトクリーム屋に向かって歩いて行った。




 先輩たちも合流し、広場のはずれにあるベンチに座る。人も多く賑やかだけど、会場よりは落ち着ける。コンビニで買ってきた昼食を食べながら、いつものようにてきとうな会話がはじまる。


「遠岳の友人ってことは、音楽好きなのか?」


 将さんが興味津々といった感じで柏手くんに話しかけている。


「歌に興味を持ったのは最近で、実のところ、音楽よりバイクのほうが……」

「お!バイク好きか!もう免許取ったのか?」

「はい、誕生日が4月なんで、ソッコーで取りました」


 バイクという単語に宮さんが反応する。宮さんもバイク乗りだからなぁ。車種名を聞いたりしてるが、自分にはさっぱり分からない会話だ。


「遠岳、これ、半分やるよ」

「……伊与里先輩、それ、マズかったんですか?」


 伊与里先輩が見慣れない食べ物を渡してこようとする。


「いや~、食ってみろって」

「マズかったんですね?」


 色が明らかにおかしい。コンビニにこんなもの売ってたのか?


「ボーカルに変なもの食わすなよ。これから歌うっていうのに」

「仕方ねえな。俺が食ってやるよ」


 宮さんが止めに入ってくれている隙に、将さんが得体のしれない食べ物を食べてしまった。


「………奇妙な味がする」


 奇妙な味?味の感想が奇妙なのか……。どんな味なんだ?食べてみてもよかったかな。ちょっとだけ気になる。



 軽い昼食を取りながら、とりとめのない話をしているうちに時間は過ぎていった。


「そろそろ、行くか」


 将さんが立ち上がる。続いて宮さんと伊与里先輩も立ち上がる。

 会場に戻って、出番に備えないといけない時間になったようだ。


「遠岳、がんばれよ!」


 柏手くんが別れ際、背を叩いて応援の言葉をかけてくれた。


「うん、がんばってみるよ」


 笑顔で答えたつもりが、顔が引きつってしまう。緊張する。本当にこれからあのステージに立つのか……



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― 新着の感想 ―
[良い点] チョコソフトはいいものです。 美味しいものを食べると幸せな気分になりますよね。
[一言] 変なものを回し食いするとか凄いな 2人おなかピーピーになったらどうしよう
[一言] うちの地元は今だに健在です。夜中に爆音とパトカーのサイレンが聞こえる時があります。
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