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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第一章

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発声

 

 結局、学校で伊与里先輩を見つけることができずに、放課後になってしまった。今日の練習場所は、川沿いのスタジオなので早めに来たのに3人とも来ない。場所は間違えてないはずだけど不安になる。

 ギリギリの時間になって、やっと先輩たちが来た。


「遠岳、タオル使うか?」

「大丈夫です。持ってきてるので」


 雨で濡れてしまったギターバッグ用のレインカバーを軽く拭きながら宮さんがボクに声をかけてくれる。


「ああ、今日も雨かよ。くそぉ、髪がまとまんねえから雨は好きじゃねえのに」

「天パは大変だな」


 伊与里先輩のボヤキに、宮さんがどうでもよさそうに返す。

 というか、今、天パって言わなかった?


「え?!伊与里先輩、天パだったんですか!」

「なんだよ。その驚きは」

「いえ、なんていうか……」


 おしゃれパーマかと思ってた。……天パだったのか。伊与里先輩。……天パか。

 ……イメージ全然違ってくるな。


「お、時間だな」


 将さんが扉に近づいていく。偽者のことを相談する時間もなく、スタジオに入る時間が来てしまった。


「今日は『タヌキ』のほうを重点的にやろうぜ。まとまってねえっていうか。まだ、しっくり来ねえんだよな」


 ウォームアップで軽くベースを弾いていた伊与里先輩が顔を上げずに提案すると、みんなが頷いた。全員が未完成だと思ってるということだ。

『タヌキトリック』は、もっといい感じになる曲だと思う。でも、ボクが足を引っ張っている。しっくり来ないのは、そのせいだ。


「準備いいな?」

「おう」

「こっちはいつでもいける」

「大丈夫です」


 息を大きく吸い込む。

 難しく考えないで、心のまま、感情をこめて歌うといいんじゃないかって、カイリさんにアドバイスを貰ったし。先輩んちのタヌキを思い浮かべながら、何も考えずに一度歌ってみよう。

 穏やかなギターの音色とベースとドラムのゆったりとしたリズムが耳に流れ込んでくる。

 いつもより、自然に、心のままに……




「……歌い方、変えたんだな」


 曲が終わると、伊与里先輩が驚いたような顔で、こっちを見ていた。


「……直した方がいいですか?前のように歌った方が」


 やっぱり、おかしかったか。もっと声に力を入れて……


「いや、オレはどちらかと言うと今のほうが、遠岳らしくて気に入ったけど」


 意見を求めるように伊与里先輩が、宮さんたちに視線を向ける。


「あー、俺も、今のほうがクるもんあった。自然な感じで、直接、耳に入り込んできた」

「オレも今のほうが好みかなぁ。前の歌い方もいいんだけど、遠岳の声を活かせてるのは、今のほうじゃねえかなぁ。ところどころ前のほうがいいかなって部分もあるけどな」


 将さんと宮さんが楽しそうに笑顔を浮かべているので、こっちまで嬉しくなる。カイリさんの言った通り、やってみてよかった。


「もう一度、やろうぜ」

「遠岳、今の自然な感じで、盛り上げるところは、前みたいにガツっと来る感じでな」

「はい」


 どう歌ったらいいのか、目安があると歌いやすい。イントロも落ち着いて聴ける。

 一度大きく息を吐き出して……




「おお!しっくり来たんじゃね?」

「自然だけど、盛り上がるところは盛り上がってるし、いい感じだな!」

「おう、前の時より、メリハリあって、ずしっと来た」

「そうですか?!よかった」


 先輩たちがボクのほうを見て、笑顔で頷く。よかったぁ。


「よーし、もう一度だ!」


 何度も繰り返し歌う。やっと、『タヌキトリック』が自分たちの歌になった感じで楽しい。


 ✼


 スタジオを出ると、雨は上がっていて、空が夕暮れ色だった。夏に近づくと日が暮れるのが遅いからいいよなぁ。機嫌がいいのか将さんが飲み物を奢ってくれると言うので、自販機で買って、みんなで目の前の河原に降りていく。


「自分たちが作った歌に満足できるって、ほんと楽しいよなー。堪んなく楽しいわ」

「そうっすね。弾いても弾いても弾き足りないくらい、楽しいっす」


 将さんと宮さんが川べりに座り乾杯をしている。その近くの大きめの石に座ると、先輩たちが缶を掲げたので全員で乾杯した。

 伊与里先輩が幾分眉根を寄せながら、ボクの顔を見てくる。


「遠岳って、よく分かんねえな。前は外国の発声っぽく感じたんだけど、今日、聴いたら日本っぽく聴こえた」

「日本っぽく……ですか?」


 ……どう違うんだろ?


「オレも声に関しては大して知識ないから、明確に、こうだって説明できないんだけどな。なんて言うのかな。日本語で会話しているときのような自然な感じ」


 ……それは、いい事なんだろうか?


「ああ、今日のはそんな感じだな。言葉がしみ込むように聴こえてきた」

「言語によって発声も違うからな。流行りの洋楽の歌い方を真似してるだけだと、言葉が滑っていっちまうんだよな」


 先輩たちの言ってることが、よく分からない。


「遠岳、その顔、理解してないな」

「はあ、なんていうか。……難しいです」


 自分の歌声を客観的に考えたことないから、何がどうだか意識しにくい。


「なんだろうな。そこまで歌えるのに、知識が伴ってないのは」

「だからこそなんじゃねえか。知識がないからこそ、流行とは程遠い声になってるんだろ」


 流行から程遠いんだ……


「ボイトレ教室に通えば知識は得られるけど、ああいうところは流行りの発声を教えることがほとんどだからな。遠岳みたいな地声のまんま歌い上げるタイプは直されちまうだろうな」

「そういや、遠岳って独学なんだったか?」

「独学ねえ。知識ない割に、声の出し方は知ってるんだよな。どういうことだ?」


 先輩たちが不可解そうにボクを見てくる。


「そう言われても、ボクにも分からないです」


 ボイトレを教わった覚えはないし、発声ができているというのはどういう声のことなのか……


「まあ、いいんじゃねえの。遠岳の発声が幅広いって分かっただけでも」

「色々な曲に挑戦できそうだよな」


 将さんと宮さんがボクを見てニヤリと笑った。


「その、……歌い分けるみたいな器用なことできないと思いますけど…」


 期待されても困る。


「そうだな。次の曲は、もっと日本的なエモ、且つ、洋楽のかっこよさを取り入れた楽曲を目指すかな」

「おお!いいね」

「今から楽しみになってきた!」


 ……話を聞いてくれない。

 盛り上がってる先輩たちには悪いけど、期待されるような歌い方が自分にできるとは思えない。ボイトレを受けたこともないからどの程度歌えているのか実感がない。

 先輩の作る新しい曲は楽しみだけど、歌うとなると……。大丈夫かなぁ。



 飲み終わった缶を先輩たちの分も持って、スタジオの自販機横にあるゴミ箱に捨てに行く。奢ってもらうこと多いから、このくらいはしないとね。缶を捨てて方向転換したらスタジオから出てきた人とぶつかってしまった。


「あ、すみません」

「パフドン」


 ん?パフドン?なんの呪文だ?

 ぶつかった人と目が合う。この人……

 ……前に手を掴んできた外人さんじゃないか?


「っ!!………ぅ」


 逃げようか迷っていると、泣きそうな顔で腕を掴んできた。


「ハナシ……アル…」


 日本語?たどたどしくはあるけど、外国人から漏れ出た言葉は日本語だ。


「えっと、なんでしょう?」


 日本語が通じるなら話してみようかな。

 興奮させないようにゆっくり話しかけると、驚いた顔になった外人さんが固まってしまった。何か言おうとして、言葉が詰まっているようだ。日本語が出てこないのかな?

 しばらく硬直してると思ったら、外人さんの身体がグラリと揺れて、


「ええ?!大丈夫ですか?!」


 倒れちゃったよ。なに?どうしたらいいんだ?

 少し揺さぶってみたが外人さんは起きる気配がない。気を失ってる?


「何やってんだ?遠岳―」


 先輩たちが、こっちにやってくる。戻ってくるのが遅くて様子を見に来てくれたようだ。


「先輩!大変なんです!急に倒れて」


 倒れている外人さんと先輩たちを交互に見ながら、何とか説明しようとするけど、倒れたということ以外、言いようがない。

 駆け寄ってきてくれた先輩たちが倒れている外人さんの様子を確認する。伊与里先輩が、不思議そうに首を傾げる。


「あれ?この倒れてるの。遠岳のストーカー外国人?」

「そうだと思います」


 ……顔に見覚えあるし。


「遠岳が倒したのか?」

「え?違います」


 どこからそういう発想になるんだ?


「やるなぁ」

「遠岳って意外にロックだよな」


 将さんと宮さんが感心したようにボクを見てくる。


「誤解です!」


 ボクにそんなことできるわけないのに。なんで過激な人物のように見てくるんだ?

 騒いでいたら、様子を見に店長が外にでてきてくれた。


「どうしたんだい?」

「店長!あの、彼が急に倒れて、具合悪くなったんだと思います!救急車、呼んでもらえますか?」


 けっして、ボクが何かしたわけじゃないです!


「それなら車で送るよ。病院、すぐそこだから、救急車を呼ぶより早いよ」

「いいんですか?ありがとうございます」


 よかった。店長がいい人で。

 スタッフに声をかけ、すぐに車を回してきてくれた。倒れている外人さんを先輩たちと協力して車に乗せる。ボクも乗り込むと、車のドアが閉まった。


「じゃあ、気をつけてなー」

「遠岳のギターは預かっといてやるよ」

「え?!先輩たちは来ないんですか?」


 車の外で手を振っている先輩たちに、思わず目を見張ってしまう。


「オレらの知り合いじゃないし」

「ボクだって、知り合いじゃないですよ!」

「じゃあ、車出すよー」

「え?あの!」


 店長が車を発進させてしまう。手を振る先輩たちが遠ざかっていく。

 先輩たちって、いざという時、まったく役に立たない!



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