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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第一章

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部長 副部長

 

 少し汗ばむような陽気の中、退屈な授業を乗り越え、やっと昼休み。

 昼食を買いに購買に行くと、杉崎部長とヨッシー副部長がいた。


「遠岳くん。久しぶり~」

「久しぶりです。杉崎部長、ヨッシー副部長」


 久しぶりというほどでもないような気もするけど、最近は部室に全然顔を出していなかったから久しぶりになるかもしれない。


「ああ!遠岳くん、遠岳くん、ちょうど良かった積もる話があるのですよ」


 会計をしていたヨッシー副部長が、何やらソワソワしている。手にサンドイッチとひよこパンを持った杉崎部長も、奇妙な笑顔を浮かべている。なんだろ? なにかあったのかな?

 カレーパンと鮭おにぎりを買い、お茶を淹れてくれると言うので部長たちの後についていく。


「ま、話は食事の後にでも」

「そうだね。じっくり話を聞きたいし」


 じっくり話? 和楽器演奏のことか? それにしては、二人とも妙な空気を漂わせてる気が……。5月半ば過ぎの蒸し暑さのせいでなく、汗が滲んできた。

 全員食べ終わり、冷たいアイスティーを入れてもらい一息ついていると、部長と副部長が、またソワソワしだした。


「あのぉ、話というのはなんでしょうか?」

「コホン、話というのはだね……」


 スマホを取り出した副部長が、眼光鋭く睨んでくる。なんだ?和楽器の事じゃないのか?もしかして、ボクは何か怒られるようなことしてしまったのか?………無駄に間を開けないでほしい。緊張する。


「この人物、遠岳くんですよね?」


 目の前に突き付けられたスマホの画面には、ブレブレで何が映ってるのかよく分からない映像が……

 ……これって、ライブの時のボクの映像?なんで部長たちが、知ってるんだ?


「あれ?そうだよね?遠岳くんだよね?」

「えっと、その……、そうです」


 不安そうに尋ねられ、思わず頷いてしまう。正体は秘密だと言われてたのに。


「やっぱり、そうだって!」

「うちたちの目に狂いはなかったということだね!」


 手を取り合い喜んでいる部長たち……。そこまで、喜ばれると否定できなくなる。


「いきなり廊下で一年生に、この映像見せられた時はビックリしたけど」

「え?どういうことですか?」


 この映像を、一年が?え?なんで?


「ちょっと怖い感じの一年の子がね。二年の教室にまで来て、「知り合いにバンドやってる人いないか。この映像の奴を知らないか」って、映像を見せて聞いて回ってたの」

「学校中、聞いて回ってるみたいだったよ」


 それでか。中村やクラスメイトの様子がおかしかったのは。その一年に映像を見せられてボクと似ているとは思っても、ボクがバンドやってることは知らないから結びつかなかったんだろうな。

 怖い感じってことは、伊与里先輩のところに聞きに行った一年と同じ一年かな?

 なんでそんなにボクのこと捜してるんだ?


「あの、それで、ボクのこと教えたりは……」

「遠岳くんかな? とは思ったけど、確信が持てなかったし、知らないって言っちゃったけど、それでよかったかな?」

「はい、よかったです」


 部長たちがしっかりしてる人達で良かった。むやみやたらに無責任なこと言いふらしたりしないおかげで、今のところ平和だ。


「あの、ボクのことは秘密にしてもらいたいのですが」

「秘密? この映像で歌っているのが遠岳くんだと言わないでほしいってこと?」

「はい、……その、色々と事情がありまして。ボクがバンドをやっていることは言わないでほしいんです」


 伊与里先輩たちは正体を明かさない路線で押し通すつもりみたいだし、バレたら冷やかされるだけだろうし。よく分からない同級生まで捜してるし。隠しておきたい。


「そうなんだ。遠岳くんには複雑な事情があるのね」


 複雑ではないけど……。説明しがたいので、頷いておこう。


「でも、残念だなぁ。ちょっとだけ自慢したかったかも」

「自慢になんて、ならないですよ。ちょっとネットのネタになっただけで」


 なぜか面白がられているらしいけど、よく分からない盛り上がり方だし。自慢できるようなことはない。


「自慢になるよ!うちの部には、こんなに、すっごく、歌が上手な部員がいるんだぞって」

「う、うまいでしょうか……」

「うまいよ!歌を聴いて、こんなに感動したのって、………数回はあるけど、滅多にないっていうか」

「技術的にとか歌唱力とか難しいことはさっぱりだけど。なんていうのかな。聴いていて、すごいなって思ったんだよね」


 二人が笑顔で頷きあう。


「うん、うん、遠岳くんの歌はすごいよね」

「そう!すごい感動しちゃったぁ」


 目をキラキラさせて、すごいすごいと褒めてくれている二人の様子からして、お世辞ではなさそう。こんな風に自分の歌を聴いて喜んでくれる人がいるなんて。

 どうしよう。嬉しい。


「え、えっと、あ、ありがとうございます!バンドのメンバー以外で褒められたの初めてです」


 いや、先輩たちも褒めてるのか褒めてないのか、よく分からないんだけど。


「そうなの?遠岳くんほどでも褒められないなんて、厳しい世界なんだね」

「厳しいです。ボクより、みんなうまくて。特にカイリさんっていう以前バンドにいたボーカルが、歌もギターも無茶苦茶うまくて、ボクなんて足元にも及ばないっていうか」

「そんなスゴイ人がいるんだ。聴いてみたいな」

「残念ながら、音楽活動は休止中みたいで。歌ってる音源も持っていなくて、聴くのは難しいんですよね」


 自分も、もう一度カイリさんの歌を聴きたいんだけどな。この間のライブの時は、ゆっくり聴ける状況じゃなかったし。


「それは残念。でも、私たちは遠岳くんの歌のほうが聴きたいな」

「そうだねぇ。遠岳くんが出演するライブに行ってみたいな。それもダメかな?」

「いえ! ぜひ来てください! 次はいつになるかは分からないですが、その時は報せるので、ぜひ!」

「約束だよ」

「楽しみにしてるね」


 にっこり笑う部長たちの笑顔に釣られ、自分も笑顔がこぼれる。社交辞令じゃなく、本当に観に行きたいと思ってくれてるんだ。それがこんなに嬉しいなんて。


「それにしても、よくボクだって分かりましたね。この映像で」


 副部長が手にしているスマホから流れる映像に目を落とす。ライブ会場だと辛うじて分かるが、ぼやけてるし、手振れというレベルでなくあっちこっちと映し出すものがグルグルと変わって、ボクの姿はほとんど映ってないのに。


「声で分かったよ。遠岳くんの声は特徴的だから」

「そうですか?はじめて言われました」

「特徴的って言うか。印象に残る声?歌声が地声に近いし、遠岳くんのことをよく知っている人なら、すぐ分かると思うよ」


 ……そうだろうか?中村と田原さんには違うと断定されたんだけど……

 どちらも中学の時からボクのこと知ってる間柄なんだけど…………



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― 新着の感想 ―
[一言] 本人の自覚の無さが腑に落ちない。 危ない輩に捕まれたり、校内で探してる人がいたり、考察サイトが立ち上がり、周りは盛り上がって探しています。この状況でも我関せずで他人事。 古い映像と新しい映像…
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