宝箱
片付けを終えて、控え室からでると、空が晴れ渡っていた。
富士山が見える。きれいだな。
「洋太!」
待っていてくれたレイくんが、駆け寄ってくる。
「どうだった?」
「最高だった」
「ありがとう」
レイくんはいつでも褒めてくれるので、つい感想を聞きたくなるんだよね。
「新曲、ばっちり決まってたよ」
「そうだろ。そうだろ」
先輩たちも、満足そうだ。
部長たちや柏手くんの姿はないけど、ボクたちのライブが終わって、すぐにメッセージを送ってくれていた。褒め言葉とともに、ごたついているみたいだから、移動すると書いてあった。ステージは復活したものの、まだまだ、スタッフが慌ただしく動き回っているのを見て、出待ちはせず別のステージに移動したらしい。
「洋太、これ。差し入れ」
僅かに微笑むレイくんから手渡されたのは、千春ちゃんから譲り受けたシロさんのカラクリ箱。
「開いたの?!」
「うん」
自慢気に頷いたレイくんが拳を向けてきたので、拳を合わせる。
ヒントも何もないカラクリを解くの大変だったろうな。おかげで、やっと……
「お、開いたのか?」
「やっと、謎が解けるわけか」
「何が入ってたんだ?」
先輩たちも謎解きにずっと付き合ってくれてたんだから、興味あるよな。
「まだ、確かめてない。みんなで見ようと思って」
レイくんもまだ中を見てないのか。ちょっと緊張するな。ついに箱の中身が明らかになるのか……
「じゃあ、開けるね」
蓋を滑らすように開けると……、
「え?!」
箱の中の思いがけない物体に思わず硬直してしまう……
「カエル?!……て、おもちゃか」
「あ!これ……、カジカガエル」
懐かしいな。
「子供の時、集めてたお菓子のおまけです。押すとカエルの鳴き声がするんですよ。でも、このカジカガエルだけ、どうしても手に入らなくて……」
カエルを押すとコロコロと虫の声のような音が鳴る。きれいな鳴き声で、すごく欲しかったんだけど、手に入れる前に製造中止になっちゃったんだよなぁ。
……覚えてくれてたのか。シロさん。
「この木のおもちゃは?」
「鳥笛。ブラックバードの……。ボクがあの鳥の声が好きだって言ったことがあって……」
「レイへの贈り物ってことか。なんか、おもちゃ箱みたいだな」
謎解きのご褒美が玩具か。シロさんらしいかな。
「あとは、ポチ袋?金か?」
「金の延べ棒がいいな。宝石でもいいけど」
「違うと思います。中身は……」
先輩たちが好き勝手なことを言っているけど、シロさんのことだし、金目のものではないと思う。
白い犬が描かれたポチ袋を開くが、中には何もない?覗き込むと底のほうに小さな……、なんだ?
「マイクロSD?」
メモリーカードか。
「おお!やっとそれらしいものが」
先輩たちが色めき立つ。レイくんの眼も期待に満ちている。ボクも同じ眼をしてるだろうな。何が入ってるんだろう。
シロさんのスマホにマイクロSDを入れてみる。
マイクロSDにはフォルダーが一つだけ。中を開けると、音声データーが一つだけあった。
「音声データーか」
「音声か。また謎ときの問題だったりしてな……」
「ここまで来て、また謎の出題だったら、さすがに付き合いきれねえよ」
先輩たちが警戒してるけど、さすがに、もう謎は入ってない……はず。……入ってたら、どうしよう。
「えっと、なんて読むんだろ?」
「Luz en el mar 海の中の光っていう意味だよ」
ファイルの題名は海の中の光か……。何か意味があるのかな?
「人のいない静かな所に行って聞こうぜ」
宮さんの提案に全員で頷く。中身が何か分からないので、人に知られないよう用心した方がいいだろう。
湖に沿って歩いて行き、人の姿が途切れた場所で立ち止まる。シロさんのスマホを取り囲むように集まり、全員の聞く準備ができているか無言で確認し合う。
「何が出てくるか……」
『Luz en el mar』のアイコンを押す。
出だしのギターの音で鳥肌が立った。
あの歌だ。
ずっと、ずっと、ずっと、聴きたかった。あの歌……
薄れてしまっていた記憶の中の歌が、今、流れて……
ああ、そうだ。シロさんの声だ。掠れているけど、シロさんの……
聴き洩らさないように、息もひそめて耳を傾ける。不思議と潮の香りがしてきた。目の前にシロさんと見た小笠原の海が広がっていく。
「?」
終わるはずのところで終わらず、曲が続いていく。
あの曲には続きがあったのか。曲のイメージが変わる。優しく、包み込むような……
シロさんのイメージにぴったりだ。曲とシロさんが重なっていく。
この曲、やっぱりシロさんが作ったんだ。
曲が終わっても、誰も身じろぎ一つしない。
静寂を破るように、シロさんのスマホから音が鳴り出す。
……今、聴いたシロさんの曲が繰り返される……のだと思ったら、ドラムが鳴り出した。
ドラムだけでなくベースも加わっていく。ギターだけだった時よりも、さらにシロさんのイメージが強くなった。心がじんわりと熱くなっていく。
すごいな。やっぱり、すごい。
悲しい歌詞だと思ってたけど、この曲はそうじゃなかったんだ。
……この曲は……
ギターの音が止まり、曲が終わる。
『洋太、レイ』
『本当にありがとう。Mil gracias』
シロさん
シロさんだ。
シロさんの声……
「あ、あの、……ボク、……ちょっと」
先輩たちとレイくんから離れ、一人になれる場所まで走る。
歌が繰り返し繰り返し、頭の中で流れる。
あの歌の声、シロさんじゃないかって、頭の片隅では思っていた。
でも、シロさんのこと、思い出すのが辛くて、考えないようにしていた。
シロさんが島を出て行ってしまったことが、辛くて……、辛くて……
家族と離れて暮らすのは、理解はしていても、やっぱり寂しくて、泣きたくなることもあって……
でも、ばあちゃんとシロさんがいてくれたから、我慢できてた。
なのに、シロさんまで……
思い出さなければつらくないから、思い出さないように、考えないように、記憶から追い出して……、シロさんのこと、思い出さないように、思い出さないように……
気が付いたら、シロさんのことを思い出そうとすると、モヤがかかったようにボンヤリするようになって……
シロさんの声を聴いたら、霞んでいた記憶が一気によみがえってきた。
鮮明にシロさんの姿が浮かぶ……
シロさんの声が、言葉が、あふれてくる。
『洋太はギターが好きなんだね』
ギターを弾くシロさんの指の動きが面白くて、ずっと見ていたら、弾き方を教えてくれた。
ボクが一人でいると、いつも声をかけてくれて、
ボクが歌うと、嬉しそうに笑ってくれて……
『洋太はいい子すぎるな。もっと、我がまま言っていいんだぞ』
シロさんの声が聞こえる。
シロさんのギターの音色、あたたかくて聴いていると安心した。
シロさんといっしょに歌った、昔の外国の歌、童謡、たくさんの歌をいっしょに。
シロさんと、色んな声真似したり、口笛や草笛も教えてもらって、
シロさんに島中、色んな所に遊びに連れて行ってもらった。
ボクが寂しくないように、いつもいっしょにいてくれて……
シロさんに感謝を伝えなくちゃいけないのは、ボクのほうだ。
シロさんがいなかったら、ボクは……
シロさんに会いたい。
我がまま言ったらいけないって、ずっと我慢してたけど、本当は……
シロさんに、島にずっといてほしかった。
シロさんと、もっといっしょにいたかった。
シロさんにお礼が言いたい。
話したい。いっしょに歌を歌いたい……
ありがとうと言いたかったのは、ボクなのに、
もう、どうやっても会えない……
たった一言の言葉さえ、もう届けることができない。
できないんだ……
シロさん
シロさん
シロさん
つらいよ。シロさん。
会いたいよ。シロさんに。




