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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第二章

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宝箱

 

 片付けを終えて、控え室からでると、空が晴れ渡っていた。

 富士山が見える。きれいだな。


「洋太!」


 待っていてくれたレイくんが、駆け寄ってくる。


「どうだった?」

「最高だった」

「ありがとう」


 レイくんはいつでも褒めてくれるので、つい感想を聞きたくなるんだよね。


「新曲、ばっちり決まってたよ」

「そうだろ。そうだろ」


 先輩たちも、満足そうだ。

 部長たちや柏手くんの姿はないけど、ボクたちのライブが終わって、すぐにメッセージを送ってくれていた。褒め言葉とともに、ごたついているみたいだから、移動すると書いてあった。ステージは復活したものの、まだまだ、スタッフが慌ただしく動き回っているのを見て、出待ちはせず別のステージに移動したらしい。


「洋太、これ。差し入れ」


 僅かに微笑むレイくんから手渡されたのは、千春ちゃんから譲り受けたシロさんのカラクリ箱。


「開いたの?!」

「うん」


 自慢気に頷いたレイくんが拳を向けてきたので、拳を合わせる。

 ヒントも何もないカラクリを解くの大変だったろうな。おかげで、やっと……


「お、開いたのか?」

「やっと、謎が解けるわけか」

「何が入ってたんだ?」


 先輩たちも謎解きにずっと付き合ってくれてたんだから、興味あるよな。


「まだ、確かめてない。みんなで見ようと思って」


 レイくんもまだ中を見てないのか。ちょっと緊張するな。ついに箱の中身が明らかになるのか……


「じゃあ、開けるね」


 蓋を滑らすように開けると……、


「え?!」


 箱の中の思いがけない物体に思わず硬直してしまう……


「カエル?!……て、おもちゃか」

「あ!これ……、カジカガエル」


 懐かしいな。


「子供の時、集めてたお菓子のおまけです。押すとカエルの鳴き声がするんですよ。でも、このカジカガエルだけ、どうしても手に入らなくて……」


 カエルを押すとコロコロと虫の声のような音が鳴る。きれいな鳴き声で、すごく欲しかったんだけど、手に入れる前に製造中止になっちゃったんだよなぁ。

 ……覚えてくれてたのか。シロさん。


「この木のおもちゃは?」

「鳥笛。ブラックバードの……。ボクがあの鳥の声が好きだって言ったことがあって……」

「レイへの贈り物ってことか。なんか、おもちゃ箱みたいだな」


 謎解きのご褒美が玩具か。シロさんらしいかな。


「あとは、ポチ袋?金か?」

「金の延べ棒がいいな。宝石でもいいけど」

「違うと思います。中身は……」


 先輩たちが好き勝手なことを言っているけど、シロさんのことだし、金目のものではないと思う。

 白い犬が描かれたポチ袋を開くが、中には何もない?覗き込むと底のほうに小さな……、なんだ?


「マイクロSD?」


 メモリーカードか。


「おお!やっとそれらしいものが」


 先輩たちが色めき立つ。レイくんの眼も期待に満ちている。ボクも同じ眼をしてるだろうな。何が入ってるんだろう。

 シロさんのスマホにマイクロSDを入れてみる。

 マイクロSDにはフォルダーが一つだけ。中を開けると、音声データーが一つだけあった。


「音声データーか」

「音声か。また謎ときの問題だったりしてな……」

「ここまで来て、また謎の出題だったら、さすがに付き合いきれねえよ」


 先輩たちが警戒してるけど、さすがに、もう謎は入ってない……はず。……入ってたら、どうしよう。


「えっと、なんて読むんだろ?」

「Luz en el mar 海の中の光っていう意味だよ」


 ファイルの題名は海の中の光か……。何か意味があるのかな?


「人のいない静かな所に行って聞こうぜ」


 宮さんの提案に全員で頷く。中身が何か分からないので、人に知られないよう用心した方がいいだろう。

 湖に沿って歩いて行き、人の姿が途切れた場所で立ち止まる。シロさんのスマホを取り囲むように集まり、全員の聞く準備ができているか無言で確認し合う。


「何が出てくるか……」


『Luz en el mar』のアイコンを押す。


 出だしのギターの音で鳥肌が立った。


 あの歌だ。

 ずっと、ずっと、ずっと、聴きたかった。あの歌……

 薄れてしまっていた記憶の中の歌が、今、流れて……

 ああ、そうだ。シロさんの声だ。掠れているけど、シロさんの……


 聴き洩らさないように、息もひそめて耳を傾ける。不思議と潮の香りがしてきた。目の前にシロさんと見た小笠原の海が広がっていく。


「?」


 終わるはずのところで終わらず、曲が続いていく。

 あの曲には続きがあったのか。曲のイメージが変わる。優しく、包み込むような……


 シロさんのイメージにぴったりだ。曲とシロさんが重なっていく。

 この曲、やっぱりシロさんが作ったんだ。



 曲が終わっても、誰も身じろぎ一つしない。


 静寂を破るように、シロさんのスマホから音が鳴り出す。

 ……今、聴いたシロさんの曲が繰り返される……のだと思ったら、ドラムが鳴り出した。

 ドラムだけでなくベースも加わっていく。ギターだけだった時よりも、さらにシロさんのイメージが強くなった。心がじんわりと熱くなっていく。

 すごいな。やっぱり、すごい。

 悲しい歌詞だと思ってたけど、この曲はそうじゃなかったんだ。

 ……この曲は……



 ギターの音が止まり、曲が終わる。



『洋太、レイ』


『本当にありがとう。Mil gracias』




 シロさん

 シロさんだ。

 シロさんの声……




「あ、あの、……ボク、……ちょっと」


 先輩たちとレイくんから離れ、一人になれる場所まで走る。




 歌が繰り返し繰り返し、頭の中で流れる。


 あの歌の声、シロさんじゃないかって、頭の片隅では思っていた。

 でも、シロさんのこと、思い出すのが辛くて、考えないようにしていた。


 シロさんが島を出て行ってしまったことが、辛くて……、辛くて……

 家族と離れて暮らすのは、理解はしていても、やっぱり寂しくて、泣きたくなることもあって……

 でも、ばあちゃんとシロさんがいてくれたから、我慢できてた。

 なのに、シロさんまで……


 思い出さなければつらくないから、思い出さないように、考えないように、記憶から追い出して……、シロさんのこと、思い出さないように、思い出さないように……

 気が付いたら、シロさんのことを思い出そうとすると、モヤがかかったようにボンヤリするようになって……



 シロさんの声を聴いたら、霞んでいた記憶が一気によみがえってきた。


 鮮明にシロさんの姿が浮かぶ……

 シロさんの声が、言葉が、あふれてくる。


『洋太はギターが好きなんだね』


 ギターを弾くシロさんの指の動きが面白くて、ずっと見ていたら、弾き方を教えてくれた。

 ボクが一人でいると、いつも声をかけてくれて、

 ボクが歌うと、嬉しそうに笑ってくれて……


『洋太はいい子すぎるな。もっと、我がまま言っていいんだぞ』


 シロさんの声が聞こえる。


 シロさんのギターの音色、あたたかくて聴いていると安心した。

 シロさんといっしょに歌った、昔の外国の歌、童謡、たくさんの歌をいっしょに。

 シロさんと、色んな声真似したり、口笛や草笛も教えてもらって、


 シロさんに島中、色んな所に遊びに連れて行ってもらった。

 ボクが寂しくないように、いつもいっしょにいてくれて……


 シロさんに感謝を伝えなくちゃいけないのは、ボクのほうだ。

 シロさんがいなかったら、ボクは……


 シロさんに会いたい。


 我がまま言ったらいけないって、ずっと我慢してたけど、本当は……

 シロさんに、島にずっといてほしかった。

 シロさんと、もっといっしょにいたかった。



 シロさんにお礼が言いたい。

 話したい。いっしょに歌を歌いたい……



 ありがとうと言いたかったのは、ボクなのに、



 もう、どうやっても会えない……


 たった一言の言葉さえ、もう届けることができない。

 できないんだ……


 シロさん

 シロさん

 シロさん


 つらいよ。シロさん。


 会いたいよ。シロさんに。




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― 新着の感想 ―
[一言] 遂に謎のうたの題名など最初のテーマが解けましたね 遠岳とシロさんとの思い出などもすごく伝わってきて感動しました
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