千春ちゃん
苦労して謎を解いたら、千春ちゃんの名前だったことに戸惑いは感じるけど、とりあえずは会いに行ってからだ。
千春ちゃんは、夕方になると、宮さんのバイト先の食堂によく顔を出すらしいので、行ってみたけど、千春ちゃんの姿はなかった。
「店長、千春さん、今日はまだ来てないっすか?」
「来てないねぇ。捜してんのかい?」
宮さんが店長に尋ねたが、千春ちゃんは来てないようだ。
「千春ちゃんなら、浜辺のビアガーデンに行くって言ってたよ」
ちょうど店に入ってきた客のおじさんが、千春ちゃんの情報を伝えてくれた。
「ビアガーデンですね。これから行ってみます。ありがとう。おじさん」
「お邪魔しましたー」
「おう、またおいでー」
店を出て、ビアガーデンのある海に向かって歩きだす。
浜辺にはテーブルとイスが並べられていて、観光客でごった返していた。
「核心に迫ってきたな。レイ、覚悟できてるか?」
「覚悟できてる」
将さんに背を叩かれたレイくんの顔には緊張と期待が浮かんでいる。
「千春ちゃん、いた!」
千春ちゃんの姿を見つけて足早に近づく。
「はーい、いますよー」
手を振る千春ちゃんのテーブルには、すでに、中身が半分まで減った大ジョッキとつまみの枝豆が。
「洋ちゃんとお友達!よく来たわねー。さあ、何飲む?ビール?サワー?」
「全員未成年だよ。お酒は飲まないよ」
当たり前のようにお酒を薦めてくる大人は、どうかと思う。
「一人だけで飲むの、寂しーんだもん」
千春ちゃんが駄々をこねだしたので、ばあちゃんも呼んで、夕飯をここで取ることにした。お酒はばあちゃんと飲んでもらおう。
「ん~、次は何飲もうかなぁ。やっぱり、スパークリングワインか!」
「未成年だから、そういうの分からないよ」
メニューを見ながら、さらに飲もうとする千春ちゃんを全力で止めて、レモンスカッシュを注文させることに成功した。これ以上酔っ払ったら話を聞いてもらえないだろうから、話が終わるまで我慢してもらわないと。
「聞きたいことがあって。あのさ、千春ちゃん!シロさんから何か言付けを頼まれてない?」
シロさんの名前を出したら、ニヤリと口元を上げた。
「その顔は、謎が解けた?」
「知って……」
「頼まれてたからね。シロちゃんから」
千春ちゃん、何もかも知ってたのか。ボクたちが謎解きしてる間、何も言ってくれなかったし、そんな素振り見せなかったのに。
「はい、これ」
「これは?」
千春ちゃんがカバンからウミガメの模様がついた小さな木の箱を取り出し渡してくれた。
「さあ?中身は知らない。シロちゃんから預かってただけだから。洋ちゃんがお友達を連れて訪ねてきたら渡してほしいって頼まれてたんだ。そしたら、今年、わんさか連れてきたじゃない?そろそろかなーっと思って持ち歩いてたのよ。偉いでしょ」
「うん、ありがとう」
お礼を言うと、なぜか千春ちゃんが、ちょっと悲しそうな顔になった。
千春ちゃんはお節介焼きで、いつも賑やかだけど、自分のことはあまり話さない。だから、姉のように思っているけど、実は千春ちゃんのこと、ボクはあまり知らない。
「千春ちゃんはシロさんのこと、どこまで知って……」
シロさんと仲が良かった千春ちゃん。そういえば、お酒をよく飲むようになったのは、シロさんが島を出て行ってから?
「……私はこの島の看護師だからね。まあ、それなりに」
そう言ったきり、暗い海を見つめて何も言わなくなってしまった。
日が傾き、西の空がうっすらとオレンジ色に染まっていく。薄暗くなってきたビアガーデンに明かりが灯りだす。
静まり返ったテーブルに、小笠原古謡が流れてきた。
ビアガーデンの片隅にある小さなステージで、地元の小笠原古謡の歌い手が語り掛けるように歌っている。優しくて切ない古謡が波の音と混じって、何とも言えない気分になってくる。
「あ、いた、いた。お待たせ」
「いい場所ね 楽しめそう」
ばあちゃんが到着したと思ったら、ジャクリーンさんたちもいっしょだった。レイくんの家庭教師のオルヴォさんも。
「よーし!今日は腹が膨れるほど飲むぞー!」
千春ちゃんが目を輝かせ、ばあちゃんとジャクリーンさんたちを招き寄せる。お酒飲む相手が増えたのが、相当嬉しいらしい。
すでに知り合いらしくテレザさんとアンナさんが、千春ちゃんにおすすめメニューを聞いている。
アリシャさんと目が合うと、深々と頭を下げられてしまった。もういいのに。伊与里先輩には、ギターを弁償することで話はついたし、マスターは店への不法侵入を許してくれて、警察にも弁解してくれたのでお咎めなしだったわけだし。
「ここの料理、美味しいって評判なので、たくさん食べましょう」
アリシャさんにそういうと、ちょっと驚いたように目を丸くした後、嬉しそうにうなずいた。
「たくさん食べましょうね」
アリシャさんが何度も頷く。すでに大量の注文を始めている先輩たちやジャクリーンさんたちに交じり、ボクも食べたいものを注文する。アリシャさんも同じように注文していく。
にぎやかな夕飯になりそうだなぁ。
女性陣が盛り上がっている横で、千春ちゃんから受け取った箱を先輩たちとレイくんとで見つめる。
「あれ?開かない」
「鍵が必要なんじゃないか?」
「鍵穴らしきものはないみたいですけど」
「貸してみろ」
伊与里先輩がウミガメの木箱を撫でまわしはじめた。
「ああ、これ、カラクリ箱だ。正しい順番に仕掛けを動かして行かないと開かない仕組みなんだよ」
「まだ、解かないといけないんですか……」
伊与里先輩の言葉に、ガクリとうなだれる。道のりが遠い。
「任せて。こういうの、得意」
レイくんが嬉しそうに、ウミガメの木箱を手にすると、先輩と同じように撫でまわし始めた。
「ちょっと難しい。時間かかると思う」
レイくんが困った顔で、そう告げると、先輩たちが笑顔になった。
「ま、ここまで来たら、じっくりやったほうが楽しいしな」
「秘密を解いたら終わりだもんな。夏の間はこのドキドキを楽しむのも悪くない」
「箱を開けても、また謎が入ってるかもしんねえけどな」
先輩たちのお気楽な態度にレイくんも笑い出してしまう。
箱を開けたら、また謎。あり得そうだなぁ。
まあ、のんびりでいいか。




