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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第二章

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ハートロック

 

 まだ薄暗い早朝。先輩たちとレイくんと森の前にいる。

 これから往復6時間、ハートロックまで歩かないといけない。謎の歌の秘密を解き明かすために。


「忘れ物はないわね?」

「大丈夫だよ」


 父島の南側は気軽に行ける場所ではなく、ガイドが同行しないと立ち入りを許可されない。そういうわけでガイド資格を持っているばあちゃんに頼んだんだけど……


「雲一つない好天、ハイキングにはもってこいね。さあ、行きましょうか!」


 なぜか千春ちゃんが左腕を振り上げている。どうして千春ちゃんまでいるんだろう……


「千春ちゃん、大丈夫なの?怪我してるのに」

「大丈夫、大丈夫。看護師の私が言うんだから信じなさいって」


 千春ちゃんはいつも強引だ。ばあちゃんはあきらめたように、笑顔を張り付かせている。断れなかったんだな。

 まあ、千春ちゃんが動けなくなるようなことがあっても、将さんがいるし大丈夫だろう。


「なんで、俺を見てるんだ?」

「……いえ」


 将さん、なんか感づいたのか警戒している。気づかれないうちに出発してしまおう。



 森の中へと入っていく。樹のざわめき、鳥の声、森の中は落ち着く。


「朝早く、森を散策しながら鳥の声を聴く。いいもんだな」

「都会じゃ味わえない贅沢っすね」


 将さんと宮さんが風流なこと言い合っている。起きるのが早かったから、少し寝ぼけてるのかな?


「そうか?うちは早朝に鳥のさえずりが聞こえるけどな」


 伊与里先輩はいつも通りなので、目が覚めてるようだ。

 緑豊かな寺の敷地内に住んでいる先輩は、都会に住んでいながら田舎暮らししているような感じだものなぁ。先輩のうちに行くと、タヌキやハクビシンをよく見かける。


「それより、昨夜渡した新曲のメロディとコード進行、聴いたよな?歩いてる間に、自分のパート作っとけよ。時間ねえんだから」


 伊与里先輩の言葉に、後ろを歩いていた将さんと宮さんが静かになった。

 伊与里先輩が作った新曲、良かったよなぁ。少しエモな感じで心に来る曲だった。あの曲に合うアレンジか……

 大変そうだよなぁ。


「6時間もあるんだから、余裕だろ。帰ったら新曲の練習だからな」


 楽器もないのに無茶じゃないんだろうか?将さんと宮さんのほうを見たら、二人の顔から笑顔が消えていた。



 上り坂ではないので、旭山に登った時よりは楽だ。先導するばあちゃんも元気だ。


「これがガジュマルで、あの木は小笠原固有種のマルハチ」


 ガイドらしくばあちゃんが、歩きながら簡単にだけど説明してくれる。先輩たちとレイくんは意外に熱心に話を聞いている。こういうの興味あるのか。


「暑くなってきたし、ちょっと休憩しましょうか。水分補給を忘れずにね」


 ばあちゃんに促され、ガジュマルの木の下に座り、一息つく。

 隣に座った千春ちゃんが干し梅をくれた。千春ちゃんが全員に配っていく。不思議そうに干し梅を見つめていたレイくんが口に入れた直後、目を見開いた……。大丈夫かな?


「塩分補給しないとね。う~ん、やっぱり夏は梅干しよねぇ」


 干し梅を頬張りながら千春ちゃんが、水筒のスポーツドリンクをあおる。

 ずっと確認しないといけないと思って、引き延ばしてきたことを、千春ちゃんに聞いてみるかな。ばあちゃんと違って千春ちゃんは土足で入り込むタイプだから、島の人たちの情報に詳しいはず……


「千春ちゃんはシロさんの本名、知ってる?」

「ん?本名?ベルナルディノ・白埜(しろの)・マルチェナだったかな?」


 ……レイくんのおじさんと同じ。……やっぱり、そうなのかぁ。


「シロノというのは……?」

「日本人の親のほうの名字だって聞いたけど。外国は両親両方の名字を受け継いだりするからね。名前が長くなるのよね」

「それで、あだ名がシロさんだったんだ……」


 シロノという名字は覚えている。でもそれ以外ぼんやりしてたのは、外国の長い名前だったからか。


「それもあるけど、洋ちゃんが……」

「え?ボク?」


 ばあちゃんがおかしそうに笑いだした。


「覚えてないかしらねぇ。洋ちゃんが小さかった頃、そそっかしくてね。シロって名前の隣のワンちゃんにいつも助けてもらっていたの」

「……そうだった?」


 隣のシロちゃんのことは覚えている。面倒を見ていたつもりだけど、大人からはシロちゃんのほうがボクの面倒を見ている風に思われていたのか……


「犬のシロちゃんが亡くなっても、洋ちゃん困るとシロシロって呼ぶもんだから、人間のシロさんが見かねて助けてくれるようになって……」


 ばあちゃんが昔を懐かしむように、ボクを見てくる。


「名指しで助けを呼ばれてると思ったみたいね」

「それで、みんな自然にシロさんって呼ぶようになったんだよね」


 ばあちゃんと千春ちゃんの話は気恥ずかしいものがある。犬と人どっちのシロさんにも世話かけてたなんて……



 長い事、歩き続けて、やっと薄暗い森を抜けた。


「海だ!」

「あの赤くなっているところが、ハートロックか?」


 先輩たちの声が弾む。


「海側から見ないとハート形には見えないのよねぇ。でも、赤い大地と紺碧の海と空のコントラストは、なかなかの絶景なのよね」


 ばあちゃんが自慢気にハートロックの解説をはじめる。

 小笠原の観光地はどれもちょっと地味だけど、島民にとっては自慢だ。

 赤い大地と海。写真映えはする……はず。



 最後の曲を求めて、先輩たちとレイくんと、ハートロックまでの片道3時間の道のりを歩き、ついに到着。

 ハートロックと呼ばれている父島の最も南にある赤い岩の上にみんなで立つ。


「ハートロック制覇―っ!!」

「長い事、暗い森ん中、歩いてたから、眩しいぜ」


 感慨深げに先輩たちが海を眺めている。相当、疲れたんだろうな。


「さて、曲が流れるか。確かめようぜ。レイ!」

「ここまで来て反応なかったら泣くぞー」


 伊与里先輩と将さんの言葉に、レイくんが頷いて、白いスマホを取り出した。


 流れてきた曲は、


「『春が来た』か」


 全員でスマホを覗き込んでいたら、画面にcomplete!の文字が浮かび上がってきた。


「これで全部そろったってことだな!」

「Oui!そろった」

「………………」

「………………」

「レイくん、何か分かった?」

「全く、わからない」

「洋太は?」

「さっぱり」


 そろったけど、謎は謎のままだ。


「出そろった情報から、謎を解き明かせってことだよな」


 将さんが首をひねりながら、情報を整理していく。


「ええっと、謎の歌の歌詞にでてくる順に並べると……」


 三日月 『朧月夜』

 沈没船 『茶摘』  

 ハートロック 『春が来た』 

 石の橋 『赤い鳥小鳥』 

 天文台 『この道』 

 旭平 『兎のダンス』 


「時計の数字が、526143だろ。並べ替えて……」


『この道』 『茶摘』 『兎のダンス』 『朧月夜』 『赤い鳥小鳥』 『春が来た』


「こ、ちゃ、う、お?……違うな」

「なんだ?さっぱり分かんねえ」


 先輩たちも解けないみたいだ。ボクもこういう謎解き系は得意というわけじゃないしなぁ。


「なにしてんのー?みんなで写真、撮ろうよー」


 千春ちゃんが赤い大地の上で手招きしている。


「全部そろったわけだし、謎解きはゆっくりでもいいか」


 将さんがそう言って、千春ちゃんとばあちゃんのほうへ歩いて行く。みんなも続く。

 ヒントはすべてそろった。もう少しで歌の謎がわかる。……期待だけでなく、少し不安もある。謎を解き明かして、本当にいいのだろうか?



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