南島
バイト中に歌詞になりそうな言葉を貯めていく。ダメな部分は先輩たちが直してくれるだろうから、使えそうなフレーズを思いつく限り頭の中で並べていく。
バイトの休憩中や終わりに、書き出して並べ替えたりして、少しずつ作っていく。
歌詞ができた。
でも先輩たちに見せるのは緊張するな。
「へえ、こういう風に捉えたのか」
歌詞を見せると、伊与里先輩がニヤリと笑みを浮かべた。これはどういう意味の笑顔だろ?
「いいな。切なさがあるのに、全体的には温かみがある感じで」
将さんがボクを見て笑顔を見せる。気に入ってくれたみたいだ。
「グリーンフラッシュが、これから訪れる長い夜の間、安らぎと希望の灯になるっていうのは、いいアプローチだな」
宮さんも褒めてくれる。照れ臭いけど嬉しいな。
「タイトルは、どうする?グリーンフラッシュじゃあ、まんますぎて面白くねえしなぁ」
「歌詞の中から言葉を拾って、……希望の緑、グリーンホープ、グリーンハート」
「グリーンハートか。いいんじゃないか」
先輩たちがサクッとタイトルをつけて、歌詞が完成した。
「それじゃあ、これにメロディーをつけていくか。遠岳、アコギ、借りていいか?」
「はい、使ってください」
「お前らはこの歌詞のイメージに合いそうなアレンジ考えとけよ」
そう言って伊与里先輩は、一人、アコギを持って二階に上がって行ってしまった。
「考えとけって言われてもな」
「メロディーがないと、さすがに思いつかねえよ」
宮さんと将さんが途方に暮れた感じでタメ息をつく。
まだまだ、新曲完成までの道のりは長そうだ。
今日は南島の扇池に行く日。
南島にはオルヴォさんも誘うことになっている。
オルヴォさんを誘ったのは、じっくり話す機会を作って犯人かどうか見極めるためだ。とんでもない事を言っていた先輩たちとレイくんだけど、行動は冷静みたいで良かった。
「なんだって、そんなところに行かないといけないんだ」
「オルヴォ、ホテルに籠りきり。よくない」
不満を口にするオルヴォさんを、レイくんがなだめすかしてクルーザーに連れて行く。
クルーザーに乗って20分ちょっとで、南島に降り立った。岩場を登り丘の上に立つと、扇池に向かって歩いて行く何組か観光客の姿が見えた。
「バスマがいる」
「目立つから、遠目からでもすぐ分かるな」
「どうする?一応、まだ容疑者ではあるわけだし、アプリの曲のことはバレたらマズいだろ」
先輩たちが白い砂浜を歩くバスマさんを見つけ声をひそめる。
小笠原は小さな島なので、出かけた先で知り合いと出くわすことは多い。でも、まさか、南島でかち合うとは……
「ここは遠岳の煽りスキルを使って、足止めしよう」
「そんなスキル持ってないです」
伊与里先輩はボクに対して可笑しなイメージを持ちすぎてる。
「そうだな。その手で行くか。遠岳がスキル発動させてバスマの足止め。その間に、レイと宮がアプリ立ち上げて曲の確認。俺と伊与里がオルヴォを呼び出して自白を強要」
「待ってください。なんか色々とおかしいです!」
真面目な顔して何言ってんだ。将さん……
「大丈夫。遠岳なら普通に話してるだけでスキルが発動するから」
宮さんまでおかしなこと言う。全然大丈夫じゃないと思う。
目的の扇池が見えてきた。石の橋のように見える岩の下には、宝石のように煌めく入り江。父島観光の目玉的な観光名所……、なんだけど。
「バスマが来たぞ!上手くやれよ。遠岳」
「健闘を祈る」
「洋太、がんばれ」
先輩たちはニヤついた顔で手を振っている。レイくんだけが憐れむような心配そうな顔で見送ってくれた。……先輩たちを止めないといけないのに、どうしよう。
バスマさんがボクに気づいたみたいだ。どうしたらいいんだろう?バスマさんに嫌われているような気がするのに、何を話しかけたらいいんだ?
バスマさんが付き人たちと離れて一人で、ボクのほうにやってくる。
「バスマさん、ナイス トゥー ミーチュー。ハウアーユー?」
“HAA?”
挨拶しただけなのに、なんか機嫌が悪くなってる。
そう言えば、バスマさんとは、まともに自己紹介もしてなかった。いきなり話しかけたら失礼だよな。
「マイネームイズ遠岳洋太。メイアイハブユアネームプリーズ」
“AAAAAAA?!”
さらに機嫌悪くなってる!中学で習った英語の教科書通りに自己紹介しただけなのに。
できれば、穏便に楽しく話をしたい。バスマさんはちょっと怖いけど、歌は最高なんだよな。こんな機会でもなければ、話しかけることなんて無理な雲の上のミュージシャンなわけだし、少しだけでも話をしてみたい。
「アイライクユアソング『フローティングシーウィード』」
さらに話しかけると、バスマさんが動きを止めた。
“Like?”
「ライク」
聞き返されてしまった。ボクの英語の発音だと聞き取れないんだろうな。
“Do you like Floating seaweed?”
「イエス」
沈黙が流れる。なんか、おかしなこと言ったかな?
”You know it!”
笑顔になったバスマさんが抱きついてくる。
よく分からないけど、機嫌がよくなったみたいだ。英語で色々話しかけてくれるけど、やっぱり聞き取れない。
少し離れたところにいた付き人らしき女性がやって来て通訳してくれたので、少し話ができた。
「あの、聞いてもいいですか?」
この際だから、バスマさんに聞きたかったこと全部聞いてしまおう。
「この島に来たのは、どうしてですか?」
ずっと知りたかった。世界的ミュージシャンが、太平洋の離れ小島まで来たのは、あの歌のためだとしか思えないけど。あの歌にそこまでこだわる理由がわからない。すでに世界中に名前が知れ渡っている有名人なら、あの歌は必要ないだろう。
アラリコさんとは知り合いだったらしいから、アラリコさんに関わることでなのだろうか……
「それを教えるには、あなたはまだ未熟ね。私が認めるくらいまでになったら教えてあげる」
バスマさんの言葉を通訳してもらったけど、意味が分からなくて通訳のお姉さんの顔を見ると、困った顔で小さく首を振るだけだった。通訳のお姉さんも意味が分かってないということか。




