グリーンフラッシュ
「ウェザーステーション展望台に到着!」
「おお、海がよく見えるな」
「冬にはここからホエールウォッチングもできるんですよ。冬に来たときは、また、案内しますね!」
先輩たちとレイくんにガイドのように説明をはじめた幼馴染たちを止める。観光案内したくなる小笠原島民の習性を幼馴染たちは持ちすぎてる。
念のためウェザーステーション展望台で、アプリを起動したけど、ここでは曲は流れなかった。三日月山展望台まで登る必要があるみたいだ。三日月山展望台は、ここからさらに山道を登っていった先にある。
幼馴染たちはウェザーステーションで待っているというので、先輩たちとレイくんと、さらに山道を登って、三日月山展望台まで向かう。
「また、登るのか」
「もっと楽な場所にしてくれたらよかったのにな」
先輩たちがまたも山道を登ることに辟易しているようだ。足取りが重い。
「ここまでの情報で、誰が犯人だと思う?」
先頭を歩いていた伊与里先輩が、振り返ることなく誰にともなく尋ねる。
「犯人か。……バスマ以外は、全員可能性あるんだよなぁ」
宮さんが考え込むように首をさする。
「俺は、オルヴォが怪しいと思ってる」
「根拠はあるのか?」
将さんがオルヴォさんを名指ししたからには、なにか気づいたことがあるのだろう。興味を引いた伊与里先輩が振り返る。
「面構えだ。目つきが悪くていつも不機嫌。悪人らしさがある」
「「なるほど」」
納得したように伊与里先輩と宮さんが頷く。
何がなるほどなんだ?
「見た目で判断するのは、よくないですよ」
冗談でもそんな理由で犯人と決めつけるのはどうかと思う。
「他にも根拠はある」
将さんの声はふざけているわけではなさそうなので、ボクが気づかなかった犯人の手掛かりを見つけたのかもしれない。
「俺が漁港でバイト中に、見学に来ていたジャクリーンさんたちがジュースを差し入れしてくれてな。その時、がんばってと言って微笑みかけてくれたんだ。あんな慈愛に満ちた女性たちが悪事を働くとは思えん」
「ああ、オレも奢ってもらった。いい人たちだよな」
「オレも奢ってもらった。奢ってくれる人が悪者なわけないよな」
根拠になってない。先輩たち簡単すぎる。
「決まったな。オルヴォに」
「まあ、冤罪だったとしても、あの中では一番、良心がとがめないしいいんじゃないか」
「そうだな。あの兄ちゃんなら、愛想ないし威圧的だし、犯人に仕立てても問題ないか」
先輩たちが無茶苦茶なこと言いだしてる。
「問題ありますよ。レイくんも、何か言って」
レイくんの家庭教師だし、冷静な意見を言ってほしい。
「一日の勉強量が多すぎる。厳しことばかり言う。オルヴォは少し痛い目にあった方がいい」
……レイくんまで何を言ってるの。しかもレイくんのは、ただの逆恨みだし。
「冤罪を生み出そうとしてますよ。もう少し推理したほうが」
このままだとオルヴォさんが証拠もなく締め上げられてしまう。
「今さら何言ってんだ。もう、犯人ということに決まったのに」
「決まってないですよ!」
全員がまるでボクが我が儘を言っているような眼で見てくる。先輩たちだけでなくレイくんも適当すぎる。
三日月山展望台に到着した。
レイくんがアプリを起動する。ゆったりとした曲が流れ出す。
「『朧月夜』か」
伊与里先輩がぽつりとつぶやく。この曲、そういう題名だったのか。
「曲が集まったら、何が起こるか楽しみだな」
将さんが手を挙げて伸びをすると、影が遠くまで伸びていく。日が傾いてきているんだな。太陽はすでに西の海に近づいている。もうすぐ、日暮れだ。
ウェザーステーション展望台まで降りてくると、幼馴染三人組が大きく手を振って急かしてきた。
「そろそろ、日が沈むよ」
幼馴染たちの背後は、すでにオレンジ色に染まっていた。西の空には黄色とオレンジに染まった大きな入道雲が漂っているけど、幸い太陽の近くにはなく、日没を見ることができそうだ。
「今日は見えるかな?グリーンフラッシュ」
「どうかなぁ。見えるといいよね」
そう言って背伸びするモエちゃんも、オレンジ色に染まっている。先輩たちもレイくんもボクもオレンジ色だ。
太陽が水平線にゆっくりと沈んでいく。
オレンジの光を残して太陽は姿を隠した。辺りが急に暗くなった気がする。
「グリーンフラッシュ、見えなかったね」
幼馴染たちががっくりと肩を落とす。残念ながら、今日はグリーンフラッシュは起こらなかった。稀にしか起きない現象なので、仕方ない。
先輩たちもレイくんも水平線に沈む夕日が見えただけでも楽しかったと言ってくれてるし、今日はよしとしとこう。
それに、グリーンフラッシュは見えなかったけど、歌詞のイメージは掴めた気がする……
太陽が沈む一瞬に見せる緑の光。暗闇が訪れる前に、幸せを見せる。ほんの一瞬だけど、人はそれで幸せになれるんだ。暗闇が訪れても。
なんかシロさんを思い出した。
……シロさんはボクにとって、暗闇で光る月や星というより、沈む太陽が見せる一瞬の緑の光に近い存在なのかもしれない。




