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ザッシュゴッタ  作者: みの狸
第二章

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アコギ

 

 ぐったりした先輩たちが、重い足取りでバスを降りていく。ボクもその後に続く。


「寅二郎、疲れて眠ってるね」

「いっぱい遊んだからね」


 キャリーリュックの中で眠る寅二郎を覗き込んだレイくんが、起こさないように小さな声で話しかける。その様子を見た、伊与里先輩が薄く微笑んでくる。


「ああ、遊んだな。たっぷり。オレたちを海に沈める遊びを」


 ……先輩たちだけでなく、今日はレイくんも犠牲になったのだけど、レイくんは割と元気だ。


「まあ、念願の沈没船は間近で見れたし、楽しかったからいいじゃねえか」


 将さんも元気だ。海になれた後半からは寅二郎を担いで泳ぐほどになっていた。タフだよな。


 海岸沿いの道をのんびり歩いて行く。


「あれ?遠岳の幼馴染たちじゃね?」

「熱烈な出迎えだな」

「ほんとだ。どうしたんだろ?」


 海岸から走りでてきた幼馴染3人が、ボクたちに気づくと、大きく手を振って飛び跳ねだした。


「洋ちゃんっ!大変!!」


 様子が変だ。幼馴染たちがあんなに慌ててるなんて。駆け寄ると、腕を強く掴まれる。


「どうし……」

「ギターが!」


 ギター?

 ヒヨちゃんに腕を引っ張られ、砂浜へと降りていく。大人が数人集まっている場所に連れて行かれる。


「うそだろ……」


 先輩のかすれた呟きが耳に届く。


 目の前には、

 焼け焦げたギターの残骸が……


「浜辺の隅のほうで何かが燃えてるって、ちょっと騒ぎになってて、見に来たら……、ギターで……」

「その場にいた人たちのものじゃないっていうし、もしかしたら……」


 幼馴染たちが不安そうにボクたちに視線を向ける。その視線の意味を理解して、背筋に冷たいものが走る。


「ギターがあるか、確かめろっ!!」


 将さんの掛け声とともに、カフェに向かって駆け出す。

 今日は定休日なのでカフェには誰もいない。鍵は閉まったままだ。預かっている鍵で中に入る。


 薄暗い店内を通り過ぎ2階へと駆け上がる。ボクのエレキギターはある。


「あれ、アコギだったよな。……遠岳、アコギは?!」


 宮さんに言われ、置いてあるはずの場所に目を向けるが……

 そこには……


「……ない……です」


 ギターケースに入れて、ここに置いたはず。……なのに。……ない。

 周囲を捜しても見当たらない……


「じゃあ、あれは……」


 シロさんの……


 シロさんのギター


 ……そんな…




 レイくんがすごい勢いで階段を駆け下り外に飛び出して行ってしまう。

 将さんが慌てて後を追いかけていく。

 思考が追い付かない。


「大丈夫か?なんか冷たい飲み物、持ってきてやるよ」


 宮さんがボクの頭を軽く掻きまわすと階段を降りていく。


 どういうことだろう。どうして、シロさんのギターが……

 誰が、こんな……

 どうして……、シロさんの……


「遠岳」


 伊与里先輩が何か言っている。


「……まあ、なんだ。落ち込んでいるところ言いづらいんだけどな」


 伊与里先輩の声が頭の上を通り過ぎていく。


「あの燃やされたアコギな。……オレのだわ」


 声が……


「…………は?」


 今、なんて……


「遠岳のアコギ、こっちにあった」


 伊与里先輩が荷物で遮られている部屋の奥からアコギを持ってくる。


「遠岳のアコギ、状態があまり良くなかったから、調整しようと思ってさ。ちょっと奥でいじくってたんだよな」


 手渡されたアコギを見つめる。弦が外れた状態ではあるけど……

 ウミガメのポジションマーク、優しい甘い香り。

 間違いなく、シロさんのギターだ。シロさんの……


「えっと、……あの、どういうことですか?あの焼け焦げたギターは」

「ん?だから、燃えたのはオレのアコギだな。見当たらねえから」


 伊与里先輩がタメ息をつく。


「あ?そうなのか?……なんだよ。飲むもん持ってきちまったよ」


 階段を上ってきた宮さんが、手に持っている色とりどりなペットボトルを持て余したように抱え直した。


「オレに渡せよ。傷ついてんだから」


 手を伸ばして催促する伊与里先輩に、宮さんがピンクの液体が入ったペットボトルを渡す。ボクには青い色のペットボトル。何味なんだろう?夏味って書いてあるけど……


「暑いぃ」


 二階の窓を開けようとした伊与里先輩の動きが止まる。


「鍵がかかってない」


 唸るような低い声で呟いた伊与里先輩が、手を引っ込める。


「ここから入り込んだのか。マスターに連絡した方がいいな。コソ泥なら貴重品を盗まれてる可能性もあるし」


 そういうとスマホを取り出した宮さんが、マスターと電話しはじめた。

 空き巣……。そうか、そうだよな。ギターをここから盗み出したんだから泥棒だよな。大変じゃないか。



 階下で話し声が聞こえてくる。


「まあ、落ち着けって」


 レイくんが将さんに連れられ戻ってきたようだ。様子がおかしかったし大丈夫かな?

 階段を上がってきた2人が足を止める。


「あれ?遠岳、そのギター?」


 将さんとレイくんの視線が、ボクが抱えているギターに行く。


「あ、ボクのギターは無事でした。焼けたのは伊与里先輩のギターで……」


 あの無残な姿になっていたのは先輩のアコギ……

 ひどいよな……


「なんだ。脅かすなよ。伊与里のだったのか」


 将さんがフ~っと息を吐きだす。


「なに、ホッとしてんだよ。オレのギターだって大事なもんだってえのに!」

「いや~、だってよ。あれ、中古で二千円だったって自慢してたろ」


 ヘラヘラ笑い出す将さん目掛けて、先輩がペットボトルの蓋を投げるが避けられてしまう。


「マスターが警察といっしょに来てくれるって。あまりその辺のものに触れずに外で待っていてくれってさ」


 電話を終えた宮さんが、全員に言い聞かせるように声を張り上げる。


「うぁ?触っちまったぞ」


 伊与里先輩が気まずそうにポケットに手を突っ込む。

 シロさんのギターをケースに入れて抱える。触っちゃいけないとは言われたけど、何かあったらイヤだし、このくらいは許してもらおう。



 外に出ると幼馴染3人が落ち着かな気な様子で待っていてくれた。


「大丈夫?」

「ボクは大丈夫。あのギター、……伊与里先輩のだった」


 幼馴染たちの心配そうな顔が、怒りの表情に変わる。


「誰がやったんだ!許せない!」

「もっと、早く気づいてたらな。犯人を目撃できたのに……」

「あの場にいた人たちに聞いて回ったんだけどね。犯人を目撃している人はいなかったみたいで」


 ヒヨちゃんが拳を握り込む横で、モエちゃんが申し訳なさそうに項垂れる。


「犯人捜ししてくれてたの?」

「私たちは手伝っただけだよ。彼が中心になって」


 そう言ってナナちゃんが、視線をレイくんに向けた。


「レイがな。海岸にいた人たちに聞いて回って。彼女たちも手伝ってくれてさ」


 話を引き継いだ将さんが、詳しく説明してくれる。

 レイくんはカフェから飛び出していった後、先輩のギターを燃やした人物を見た者がいないか片っ端から聞いて回ってくれていたらしい。人間が苦手だというレイくんが……

 幼馴染たちも地元住民を中心に尋ねてくれたけど、目撃者は見つからなかったそうで……


「そうだったんだ。ありがとう。レイくん、ヒヨちゃん、モエちゃん、ナナちゃん」


 ボクはボーっとしてるだけで何もできなかったっていうのに。


「ごめんなさい」


 お礼を言ったら、なぜかレイくんが謝りだした。


「なんでレイが謝ってんだよ」


 不可解といった感じで伊与里先輩がレイくんを窺う。うつむいているレイくんが少しだけ顔を上げた。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 他人の形見のギターと自分の2000円のギターだったら自分のが燃やされて良かったと思えはするだろうけど、 安かろうが思い入れはあるはずなのにただただ心配を・・・かっこいい。
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