65.館で読書タイム
帰還用の魔法陣に乗ると一瞬にして館の前に出てくる。
他のパーティーはミッション当日まで時間があるという事で、それぞれのグループに分かれて館から離れていった。
俺はと言えば、今度は1人で館ダンジョンに入ることにした。
もともとイベントへの参加動機は、期間中、読書できないなら早く知識の国に行けるようにできるだけレベルを上げておきたかったからだ。
なので、読書できる場所が用意されているなら話は別だ。イベント前半にほとんど読めなかった分、思いっきり読み明かすとしよう。
それに司書のレベルが上がればステータスを上げられるので、一石二鳥だろう。
ミッションはアナウンスで知らせてくれるというのでそれまで読書に集中しよう。
館の2階に上がった俺は書斎の前でハーメルたちを待機させる。
ちゃんとおやつを置いていったのでお腹が空いたら食べるだろう。
さて、思いっきり読書を楽しむとしますか。
……………………。
しばらく読んでいると司書のレベルが何回か上がった。
イベント期間中は取得できる経験値が多いと言っていたがこのペースだと、イベント期間中に司書のレベルが20に届きそうだな。
イベント中にしか読めない可能性があるので、速読というほどではないがかなりハイペースに読み進めている。
できればミッション前に全部読んでしまいたい。
ダンジョンを攻略した時に太陽が真上に行く少し前くらいだった。
今はおそらく夕方か夜くらいだろう。
書斎の本はもうそろそろ半分に届きそうなくらいは読み進めている。
ただ、さすがの俺も帳簿や仕事の書類は読み込まないので、何とか明日までには読み終えることができそうだ。
それに、俺が読んだことのある植物図鑑やモンスター図鑑などもあったので全部を読む必要はないようだ。
もしかしたら、食べ物を確保できない人に対する救済処置のようなものなのかもしれない。
俺は一度、読書をやめて、廊下に待機していたハーメルたちを連れて1階に降りる。
従魔たちとともに1階のホールでご飯を食べる。
食事後、ハーメルたちには申し訳ないが、イベント中にしか読めない本があるので再び書斎での読書に戻る。
とりあえず、見た目ほど時間がかかるものではない。どんどん読み進めていこう。
読んだ本が、書斎の3分の2を超えた頃。
俺は気になることが書いてある本を見つける。
どうやらこの館の主の日記のようなのだが、その内容に今回のシークレットクエストのウサギとペンダントについての記述があった。
□月□◇日
今日から私が所有している島の別荘で休暇を取ることになっているのだが、どうやら私が到着する前にトラブルがあったようだ。
私より前に向かった妻と娘のキルナが島の周りを散歩していた時のことだそうだ。
キルナが森の近くで木の実を集めているのを妻と使用人が微笑ましく見守っていた。
すると森の中から突然、サルのようなモンスターが現れたそうだ。
妻と使用人は慌てて森のそばにいたキルナを抱き上げてその場を離れようとした。
その時、サルは光る宝石に惹かれたのか、妻が付けていたペンダントを奪っていったらしい。
とりあえず森を離れた妻と使用人は話し合い、私が来るまでキルナを森へは近づかせないようにしようと決まった。
ケガ人も出なかったし、奪われたペンダントもそこまで高価なものではなかったので大人たちは特に気にすることはなかった。
しかし、キルナはそうは思わなかったらしい。自分が森の近くにいたから妻のペンダントを取られたと思ったようだ。
そして、夜に別荘を抜け出し、森の中に入っていったそうだ。
次の日に娘の部屋がもぬけの殻になっているのを使用人が発見し、別荘は騒然としたらしい。
館中を探し回り見つからず、ようやくペンダントを取り戻すために森に入ったんじゃないかという話になったらしい。
館近くの森には獰猛なモンスターはほとんどいないが、奥まで行っていたら多少出てくることがある。
使用人総出でキルナの捜索に当たった。
そして、お昼になるころにようやく、キルナを保護することができたらしい。
半分、泣きながらペンダントとともに白い綿毛のようなものを抱えていたそうだ。
キルナに詳しく聞いてみると、こんな話が返ってきたらしい。
真夜中の森に入ったキルナは暗闇で視界が悪い中、どんどん森の中を進んでいったらしい。
そこで、穴に挟まっていた子ウサギを見つけて助けたという。
子ウサギは弱っていたようで近くの草を与えて一度別れたらしい。
しばらく進んでいき、夜が明けてきたときに、宿敵であるサルを見つける。
どうやら、洞窟を根城にする習性を持つ種類だったようでキルナでもペンダントのところまで行けたようだ。
まだ、早朝の為かサルの方は寝ていたようで、ペンダントの回収は簡単にできたようだ。
しかし、キルナはそこで寝ているサルを蹴飛ばしてしまう。
子供ながらの負けん気からか、仕返しをしようとしたらしい。
その蹴りでサルが起き、ペンダントを持ったキルナを襲おうとしたようだ。
キルナはとっさに目をつぶってしまったようだが、次に聞こえてきたのはサルの悲鳴だったらしい。
目を開けるとここに来る前に助けた子ウサギがサルに突っ込んだ状態だったようだ。
キルナが近づいていくとサルは気絶しており、子ウサギは苦しそうに鳴いていた。
どうやら捨て身の攻撃だったようだ。
キルナは慌てて子ウサギを抱き上げて森を出るために、歩いていたところを使用人の一人が発見したという事だ。
その子ウサギは使用人の治療魔法によって回復し、今はキルナの元で一緒に暮らしている。
キルナには大人に黙って館を出たことと、わざわざ危険を冒したことを叱ったが、それと同時にこの経験は大事にしなさいとも言った。
どんなに大変な時でも優しい行動をとれたことは、わが娘ながらとても誇らしく思う。
今も庭で件の子ウサギと娘が遊んでいるのを見ながら娘の成長を喜ぶとしよう。
どうやらペンダントの思い出とはこのことのようだ。
その後に件のペンダントを娘にプレゼントし、子ウサギと遊ぶときはいつもつけていたと、楽し気なエピソードとともに綴られていた。
それからさらに読み進め、日記の最後には異変の為、この島を出ていくときのことが書いてあった。
○月△×日
この島を出ていくまでに時間ができたので最後の日記を書こうと思う。
島を離れる日になってペットのウサギが行方不明になった。
使用人に探してもらったが、体調を崩す者が現れたので捜索を打ち切った。
キルナにペンダントを使用人に渡してもらうように言う。
ペットが使用人をわからなくてもペンダントならすぐに反応してくれるだろうと。
そうでも言わねば、いつまでたってもキルナが島から離れようとしないだろう。
私も何年か一緒に過ごしてきたのだ。心苦しくはあるが、娘の命の方が大事だ。
後は使用人に託し、我々は島を離れることにした。
ペンダントは舟守をしていた使用人に託して。
どうやら、ここで舟守にペンダントが託されたようだ。
俺はそっと日記を閉じて、ペンダントを咥えて消えていったウサギを想うのだった。




