250.上司の話①
いつか見た部屋にいつか見た椅子が1つ。
ただし、そこに座っている人物の印象は大分違う。
座っていてもわかる身長の高さ、おそらく2mは軽く超えている。
しかも鍛え上げられた筋肉で全身が膨張しており、圧迫感がすごい。
ただ、服装は標準の司書服をきっちりと着こなしており、できる男オーラをさらしだしていた。
「よく来てくれた。俺は書物や資料……に限らず物品の運搬を仕切っている運送部顧問ビブリオ・ノーディエだ」
「プレイヤーのウイングです。今回はよろしくお願いします」
お互いが自己紹介をした後、男性職員が持ってきた椅子に腰を掛ける。
俺が着席するのを確認した男性職員とトーザさんは自らの上司に頭を下げて退室していった。
扉が閉まり切ったところで、運送部顧問ビブリオ・ノーディエが口を開く。
「さて、改めて知識の国ノーレッジで物の搬送を担っている部門を仕切っているビブリオ・ノーディエ、皆からはノーディエ顧問もしくは……親方と言われている。まぁ、すきに読んでもらってかまわない」
「では、ノーディエ顧問と」
「うむ」
初対面の人物、それも今後の読書ライフを左右する人物。機嫌を損ねる訳にはいかない。
今の自己紹介から気さくな雰囲気は伝わってくるが、いきなり親方呼びは気が引ける。
ノーディエ顧問も初対面の人物には、親方と呼んでほしくないのか言い淀んでいた。
ここは無難にノーディエ顧問と呼ぼう。
「早速だが、本題に入ろう。今回大事な事は3点だ。1つ、私達が勧める上位職への転職。2つ、物語は変わる本のまとめ。最後に君の持っている鍵についてという事でいいかな?」
「はい」
転職の為に長旅があったり、チェーンクエストのレイド戦など所用はたくさんあるが、大まかには今上げた3点に分けられるだろう。
俺の返答に一つ頷いたノーディエ顧問は話を続ける。
「では、私としてはもっとも大事な事を確認しよう。1つ目の上位職への転職。これに同意している。この気持ちに心変わりは無いね?」
「はい。提案された職に転職したいと考えています」
まず、ここは大前提だろう。
この職業に転職するから、他の件に関しても協力してもらえる。
俺の返答に満足したようで、ノーディエ顧問は先ほどより大きく頷く。
「よかった。私が直接指導するような事はできないが、それほど難しくないので頑張ってくれ。君は比較的多くの国を旅しているから、他の者より早く達成できるだろう」
そこまで言うと背中に手をのばして、A4サイズのノートのような物を取り出した。
「一応、転職する職に関する資料を渡しておこう。隠すほどの物ではないが、他者への貸し出しは厳禁だ。この資料は転職が完了した時に回収するので大事にするように」
「わかりました」
許可をもらい、渡された資料をサラッと斜め読みする。
最初の説明通り、アイテムボックスの他に本・書物全般を保管できるスキルを持つ職業だ。
ただ、その仕様がおもしろい。
スキルを発動すると、使用者の正面に3列ある引き出し式の本棚が現れる。
3列の本棚はそれぞれ機能が異なるようだ。
1列目は小説サイズの本を収める事ができる。
普通の本棚として使用できるわけだが、それだけではない。
最初は見た目通りの容量しかないのだが、本棚が満杯になると本棚が拡張するのだ。
満杯になるたびに本棚を引き出す事により、どんどん容量が拡張していくらしい。
もちろん限界はある。その限界点はHP依存のようだが、100ポイントに付き1回拡張されるようなので、相当な容量になるだろう。
2列目は普通のアイテムボックスに近い。
棚を引き出すとアイテムボックスを使用しているときのようなウインドウが表示され、本の出し入れを行うことができる。
この棚には大きさや重さの制限はなく、単純に個数制限である。
こちらもHP依存のようで、100ポイントに付き1つ入れられる書物が増えるらしい。
そして最後、3つ目の本棚であるがこれが少々変わっていた。
「その棚には損傷した本を入れる。さすがにページの切れ端や触れれば崩れるほどに風化したものは不可能だがね」
そして、自らのHPをコストとして損傷した本の修復を行うことができるらしい。
俺が持つ『復元』のHP版のように見えるが、HP消費以外にも相違点があった。
『復元』がMP全消費で発動するのに対し、このスキルは本棚に対象の本がある限り継続的にHPを消耗していくようだ。
その特性上、本棚から対象の本を取り出せば中断する事も可能との事。
「元々この職業は遺跡や廃墟の調査がメインの仕事だったんだ。速やかな本の回収と共に両手が自由のまま傷んだ本を修復する。……まぁ、言った通り蒐書ためなら身を削る事を厭わない。そんな奴らのための職業だ」
この職業になる人物が少ない理由がわかったような気がする。
最初に提案された3つの職業のうち、この職業の使いやすさは群を抜いていた。
多少クエストが面倒とはいえ、知識の国ノーレッジの住人が司書ギルドに所属していればそれほど難しくは無い。
なのに、勧誘しなければならないほどなり手がいない。
先ほどの説明から無茶苦茶やっていたらしい初期の司書ギルドが連想される。
図書館ダンジョンができる前はそれこそ見境なく本を集めていた。
他の国と連携が密になっている今の状況では、同じようなことはできないだろう。
俺の考えを読んだのか、ノーディエ顧問は両手を挙げて降参のポーズを取る。
「気づいたようだが、この職業は司書ギルド初期に活躍した職業だ。それこそ半分の職員がこの職に就いていたという逸話もある。しかし、今となってはここまでの容量が必要になる案件はほとんどないし、修復能力なんて体力を削られるのを嫌がられる始末だ」
そこまで言ったところでにやりと笑った。
「まっ、最近大車輪の活躍をする機会はあったんだけどな。少しは恩返しできそうでうれしいぜぇ」
普段は図書館の移築の時くらいしか、活躍の場がなかったようだが、アールヴヘイムの件で大量に書物を移動する必要があり、その職業の職員総出で運搬を頑張ったそうだ。
ただ、その職業の職員がだいぶ減っていたようでかなり苦労したらしい。
……恩返し=仕返しではないよな?
ノーディエ顧問は機嫌よく話を続ける。
「あの件のおかげで、勧誘条件が緩和されたんだ。今後プレイヤーが増え続ければ今回のような案件が増えると予想されたからな。……昔の司書ギルドのイメージを払拭するために数を減らしすぎた。今後は少しずつ増やそうという方針になったんだ」
転職を制限するほど、司書ギルドの悪いイメージの象徴だったのか。
まぁ、俺も話を聞いて初期の司書ギルドが想起したのでイメージ改善の為に制限したのはわからなくもない。
「……この話を聞いて心変わりはしてないよな?」
「はい。プレイヤーの自分としては便利なスキルを使えれば問題ありません」
「よし! なら続きは退室した2人に任せよう。では次の話に移ろうか」




