247.司書の上位職①
クエストをこなしつつ、図書館ダンジョン前の荒野で修行する日々。
徐々に信頼を積み上げてきたからか、司書ギルドの職員から割の良いクエストを勧められるようになった。
基本的にはトーザさんのレポートに書いてあるクエストで良い。
しかし、突発的なトラブルや単純にレポート作成時に存在しなかったクエストは緊急性が高かったり、危険性不明なものが多いので拘束時間の割に報酬が多かった。
それにこれらのクエストを積極的に受ける事で、職員個々の心象も良くなっているように感じる。
小説を借りる時に同系統の本をオススメされたり、クエスト受注時の受け答えが柔らかくなった。
直接効果があるようなものではないが、普段使いしている施設の人物と友好的なのは過ごしやすくて良い。
そんな職員たちからある質問を受けるようになった。
「いくつか条件を達成していますが、上位職にならないのですか?」
確かにそろそろ司書を上位職に転職しなければならないだろう。
少なくともレイド戦の前にはすべきだ。
転職によるステータス上昇の恩恵を得られれば、多少なりと戦闘が楽になる。
問題はどの上位職に転職するべきか……。
既に条件を満たしているのは、考古学者と国定司書 (アールヴ皇国)。
すぐに条件を満たせそうなのが、ギルドで試験を受けて転職できる上位職である高位司書。
考古学者と国定司書は行動を制限するものであるため、気は進まない。
無難に考えるなら、高位司書だろう。
デメリットがなく、ステータスも均等に振り分けられる。
受けるかはともかく、試験や職業の情報はほしい。
今日分のクエストの達成報告の時にでも聞いてみよう。
……………………。
「待っていました。その言葉を!」
「はぁ」
クエストの達成報告のついでに上位職の試験について聞いてみたところ、ハイテンションな返答が返ってきた。
声をかけた職員は特別仲良しというわけではない。
多少、顔なじみになってきた程度の男性職員である。
「もし、どうしても高位司書になりたいというのであれば諦めますが、上位職になりたいだけであればオススメの職業があります!」
「はぁ」
先ほどから生返事しかできない。
ただ話の内容自体はとても気になるものだったので、案内されるがまま個室へ移動する事にした。
「……」
「……」
「「……抜け駆けは許しませんよ?」」
個室に入り、男性職員が扉を閉めようとしたところで男女の職員が割り込んできた。
先ほどまで高揚していた男性職員は、乱入者の登場に苦い顔を浮かべながらも追い出さない。
そして入ってきた方の女性職員が口を開いた。
「ウイングさんですね。突然押し入った事、申し訳ありません。混乱していると思いますので私の方から説明させていただきます」
端的にいえば、割り込んできた職員2人の目的もそれぞれ上位職への勧誘だそうだ。
なんでも特殊な上位職についている上司が、同職を増やすべく勧誘を部下に指示しているらしい。
特にここに揃っている3人の職員は、それぞれの上司に厳しい条件を付けられているそうだ。
「貢献度が高い人物という条件はわかる! しかし、一度も転職していない司書なんてほぼ不可能だろう」
「再転職されたくないのはわかるけどねぇ」
「貢献度が高い人ほど、他の上位職に転職していることが多いですからね~」
俺を置いてけぼりにして、上司への愚痴を言い合う職員たち。
少しして俺の様子に気づいた男性職員が、軽く咳払いして本題に入る。
「失礼しました。我々の話から推察できるとは思いますが、いくつかの条件を満たしたウイングさんにオススメの上級職があります。ただ他2人の職員が勧める職業と比べてもらってから判断してもらってかまいません」
「……良いんですか?」
「できれば私の勧める上級職になっていただきたいですが、強要はできません。無理強いしても再転職されるだけですから」
寛容な事を言っているが、顔は苦虫を噛み潰したような表情をしている。
飛び込んできた2人はやや呆れたような顔でその職員を見ていた。
この3人は上司から難しい勧誘を指示されている同志らしく、誰かが勧誘した時は“他の2人”も同席して良いという約束があったらしい。
この職員は2人が来ないうちに転職クエストを受けさせたかったのだろう。
「では、私からオススメする上位職の説明をさせていただきます」
気を取り直して、説明を始める男性職員。
男性職員が勧める職業は索引に優れる職業だった。
インターネットの検索よろしく条件やキーワードを指定する事で、一定範囲で該当する書物の位置を特定するスキルが使えるらしい。
ある意味司書らしい能力である。
ただし秘匿された書物も検索できてしまう為、知的好奇心より信頼や自制心を必要とする職業との事。
好奇心の塊であるプレイヤーには不向きな職業とも言える。
次に女性の職員が勧めてきたのは、ずばり魔導書の作成ができる職業だ。
事故や複雑な工程を踏むことなく、意図的に魔導書を作り出せるスキルを持っているらしい。
ただし、このスキルは強力な効果を持つ魔導書の作成には使えないとの事。
なので、主に“司書の目録”の作成に使われることが多い。
この職業のメリットは“司書の目録”の作成など高額な依頼を容易に達成できる事。
デメリットは作成した魔導書を厳重管理され、隠し持つなどした場合は重い罰則がある事らしい。
そして、女性職員と一緒に入ってきた職員が勧める上位職。
これは運搬に特化したものだった。
普段使っているアイテムボックスとは別に、書物限定のアイテムボックスを持つ事ができるスキルを得られるらしい。
また、転職時に上昇するステータスがHPなのも利点だ。
戦闘力の向上を図れるとともに、普段使いできるスキルを覚えられる。
デメリットらしいデメリットもない。
職業の特徴を聞いた限りでは、この職業一択だ。
しかし、転職クエストの内容を聞いてみると、思わず眉を顰める。
前2つの職業はノーレッジ内で転職クエストを完結できるのに対して、この職業は転職するためにいくつかの国々をめぐる必要があるそうだ。
一応今まで訪れた国は考慮されるらしいが、それでも1、2ヶ国では済まない。
チェーンクエストと並行して行うには重すぎる内容だ。
結局この場で結論を出せなかった俺は、後日返答すると伝えてその場を辞する事にした。
大図書館を後にした俺は今回のクエストについて考える。
この転職クエストは、司書ギルドからの信頼度・貢献度が一定に達した事で発生したのだろう。
もう賢護区に入れるだけの貢献度は稼げたのだろうか?
今回勧められた上位職の能力を見るに、本人の自制心や自己管理能力ありきの職業に見える。
これらへの転職が許可されている時点で、相当信頼されているはずだ。
そこまで考えて、ある事に思い至る。
彼らの上司はどの程度の地位にいるのだろうか?
特に図書館ダンジョンという失敗があるこの国で、魔導書を生み出せる職業の許可を出せるのは相当の権限が必要だろう。
俺は次のログインでそのあたりの事について確認しようと心に決め、ログアウトする。




