245.エピローグクエストに向けて⑥
「うっ……」
従魔と共に遺跡と思わしき建造物から脱出した。
まず感じた事は辺りの熱気だ。
そこかしこの地面から湯気のようなものが立ち上っており、湿り気という表現が生温いほどの湿度を肌で感じる。
空を見上げれば雪と思われる白い綿毛が俺たちのところに降り注ぐ前に、水滴に変わっているのが分かった。
地面は雪原とは程遠い泥濘が広がっており、ハーメルの「泥沼術」が大いに活躍できそうだ。
そして、この状況を作ったと思われる存在が遠くに認識できる。
ーーそれは光そのものだった。
青く揺らめく球体が地表から少し上を浮遊しながら移動している。
おそらくあの青い光は高温の炎なのだと思う。
あまりの高温が影響しているのか、球体の輪郭だけでなくその先の景色すら揺らめいていた。
青い炎の中心にボスがいるのか、ボスとは別のギミックの可能性もある。
問題はその球体の周辺だ。
球体が通過した地表は荒野のごとく乾燥し、ひび割れた状態になっていた。
あれほどの高温だと水魔法や水術で消火しようとしても、炎に届く前に水蒸気爆発を起こすだろう。
もしかしたら、その前に蒸発してしまうかもしれない。
今のところ炎に対してできる事は思いつかないので、周辺の調査から始める事にした。
ひとまず、炎の反対側に向かって移動を始める。
しばらく歩いていくと泥濘からの湯気がなくなり、肌寒さを感じるようになる。
さらに進んでいくと泥濘がなくなり、少なからず雪が降り積もっていた。
そこから視線を上げると、遺跡から離れるにつれて積雪が増えているように見える。
気になる事が出来たので、地面を確認しながら来た道を引き返す。
先ほど歩いた泥濘を確認していくと、わかりにくいもののひび割れていた後をいくつか見つけた。
「チュー!」
俺が地面の状態に注視していると、肩に乗っていたハーメルが声を上げる。
何事かと思い周囲を確認してみると、遺跡を挟んで反対にいたはずの球体が視認できる位置まで近づいてきていた。
移動速度はそれほど速くもないので、球体の反対を意識するように移動しながら周辺の調査を続行する。
一通り調査が完了した結果、このエリアに遺跡以外の建造物は無く辺り一面雪原が広がっているだけのようだ。
それと、あの球体は遺跡を中心に一定速度で周回しているという事もわかった。
ただ、球体が移動した痕跡が外に向けて螺旋状の後を付けていたので、元々は俺のいた遺跡あたりにいたと思われる。
状況を打開できそうな情報を得られなかった俺は、悩みながらもあの球体にアプローチを仕掛ける事にした。
まず、水魔法による消火を試す。
ある程度近づいてからベルジュに騎乗し、いつでも逃げられるようにしてから水球を放つ。
水球は一定距離まで近づくと表面から湯気が立ち上り、球体に届く前に完全に蒸発した。
水魔法で出せる水量では消火どころか、変化すら起こせないらしい。
昔カレルにやってもらった水術で大量に生み出した水を生み出してぶつけるのも考えた。
一応フォローオラズは持っているので、ハーメルあたりに使ってもらうのは可能だ。
しかし、首尾よく水蒸気爆発を起こせたとしてダメージを与えられるだろうか……。
先ほどの反応を見るに、最悪こちらだけダメージを受ける可能性もある。
そもそも物理的な攻撃は通るのか?
そこまで考えてある事を試すことにした。
ハーメルとグリモ以外全員を下がらせた後、球体に相対する。
「ハーメル頼むぞ」
「チュー!」
掛け声とともに周辺の泥がハーメルの正面に集まっていく。
高く広く、泥の山が出来上がる。
おまけで泥術の「泥固め」で山の状態で固定してもらう。
できた泥山を挟んで少し離れた場所から観察する。
球体が近づくにつれて泥山から立ち上る湯気が多くなり、近い場所から乾燥していく。
「チュー……」
「泥術が使えなくなったって(´;ω;`)」
乾燥が進み、泥から土や砂になったのかハーメルの泥術の効果が切れてしまったようだ。
それでも泥固めの効果で固められた砂山は、そのまま球体に接触する。
「……うわ」
接触した部分から火が付いたかと思うと、そのまま深紅に輝きながらドロドロの液体状になりながら溶けていく。
下部が溶け崩れて砂山の上部が球体に降りかかるが、炎を巻き上げながら全て溶かされてしまった。
正直、進行を遅延できたとは思えない。
しかし、一つ分かった事がある。
溶けた砂は球体に張り付くことなく地面に落下したのだ。
つまり、あれに実態は無く、物理攻撃は一切効かない可能性が高い。
それが分かってから、魔法攻撃を全て試した。
光、闇、風、無属性さらには火魔法まで試したが、効果があったように見えない。
ジェイミーがいれば氷の精霊魔法も試したかもしれないが、焼け石に水だろう。
正直お手上げだ。現状を打開する案が思い浮かばない。
ただ、ここまでこちらの行動が無意味だと、レベルが足りないというより破壊不能のオブジェクトなのではないかと考えてしまう。
それならば倒すべきボスは他の場所にいるのか?
しかし、手がかりらしい物は見当たらない。
辺りは雪の解けた泥濘と溶けていない雪原だけ……。
そこで先ほど脱出した遺跡が目に入る。
表面が黒焦げになっているものの、溶けることなく形を保っていた。
あれだけ煤けているなら、かなり近くまで球体が接近したはずだ。
……あの中にヒントがある可能性は無いだろうか?
考えてみればこういうギミックのヒントを置いておくなら、あのような人工物の中の方が自然だろう。
特にあの球体に近づかれて焦げるだけで済んでいる遺跡には、スタート地点以上の意味がある気がする。
俺は従魔達を引き連れて、遺跡の中へ引き返す事にした。
≪従魔マリアがレベルアップしました。≫
≪従魔マリアの練度が一定に達したため、スキル「風魔法」がレベルアップしました。≫
≪従魔フローラがレベルアップしました。≫
≪従魔エラゼムがレベルアップしました。≫
≪従魔ハーメルの練度が一定に達したため、スキル「突撃」がレベルアップしました。≫
うち漏らしがいたのか、リポップしたのか。
上った時より少なくなっているモンスターを倒しながら、通路を下っていく。
戦闘に余裕があるので壁面天面を注意深く観察していくが、特に変わったところは見られない。
結局、最初にいた部屋まで何も発見することなくたどり着いてしまった。
ただ、最初にいた時より室温が下がったように感じる。
そんな部屋の中を確認していくが、資料のようなものも壁画すらも見当たらない。
当てが外れたかと思ったが、部屋を一周した事で部屋の中でも温度差がある事が分かった。
温度の低い方の壁は特に何もなかったが、温かい方の壁は触ってみると僅かに動いたような気がする。
いろいろ試した結果、壁の隙間に指を引っ掛けて手前に引く事で壁の一部を外すことができた。
エラゼムに壁を退かしてもらった先には、薄暗い通路が続いていた。




