244.エピローグクエストに向けて⑤
鉄扉の先は不気味なほどの静寂に包まれていた。
ベルジュの精霊術で室内を照らしてもらえば、等間隔で空の台座が鎮座しているのが見える。
どの図書館にもあった危険図書を保管する部屋に似ているが、保管されていたと思われる本が床に散らばっていた。
この部屋は危険図書を調べる為の部屋であり、各図書館で危険図書を収める部屋の原型と言える。
危険図書を管理するというよりは、危険図書を調べる時に外への影響が無いようにするためのスペースなのだ。
チェーンクエストでの描写から考えるに、図書館ダンジョンが変異した元凶の本があると思われる部屋。
あのチェーンクエストの4冊目が発見されてから、司書ギルドでも調査が行われたそうだが、それらしい本は見つかっていないという。
図書館ダンジョン生成の糧になり消滅したのか、出現条件でもあるのか。
いたるところに痕跡が残っている事から、完全に消滅したとは考えにくいというのが司書ギルドの見解らしい。
ただし、これほど大きな事象の引き金となったなら、今更さらなる事変を起こせる力は無いとも判断しているそうだ。
……研究を続けたい誰かが、甘く見積もっている気がしてならない。
俺はある職員の顔を思い浮かべるが、今はクエストが大事だと頭をふるう。
引き続きベルジュ達に先行してもらいつつ、慎重に台座へと近づいていく。
本が散らばっているとはいっても、それぞれ置いてあったと思われる台座近辺に落ちている。
ただ現在の危険図書と違い台座に名前のない物もあるので、事前にもらった資料と照らし合わせながら本を確認していく。
危険図書とはいっても確認前の物も多くあったためか、こんな場所に置いておく必要もなさそうな本もある。
「いい香りのする本」「触ると気触れる本」「書かれた内容を己で朗読する本」などは危険図書認定するかどうか判断中だったようだ。
「触ると気触れる本」は実害があるものの、本に何か付着しているのか、魔法的なものなのか確認できていないとの事。
現在はダンジョンに取り込まれた事でギミック化してしまったことから、どうだったのかは確認できないそうだ。
もちろん危険図書の為の部屋なので、今あげたような平和的な本ばかりではない。
「本に取り込まれる」「読み進めるとHPを削られていく」「直接触った瞬間に爆発する」などの危険極まりない本も多数存在している。
なので、この部屋の調査は本に触れずに行うことが“推奨”されていた。
“推奨”なので自己責任ではあるが、触る事は禁止されていない。
そもそもこの図書館ダンジョンが一般公開されるにあたり、一通り確認しているそうだ。
少なくともダンジョン全体に影響を与えるほどの事象は発生しないらしい。
今も変わらず図書館ダンジョンが運用されているのがその証拠だという。
……図書館ダンジョンの変化に敏感な割に怖い物見たさで危ない橋を渡るのは、知識欲のなせる業だろうか?
そんなことを考えながら室内の本の確認を終える。
特に変わった事象は起きず、物の位置が変わっているようなこともなかった。
もしかしたら「選択の栞」を持つプレイヤーが来れば、何か起こるのではないかと期待したがそんな美味しい話は無いようだ。
少し残念に思いながら、1冊の本を拾う。
今回、戦闘できるメンバーをそろえたのには理由がある。
世にも珍しいダンジョンの中にあるダンジョンへ挑戦するためだ。
“雪降り積もる業火”と書かれたその本は、一見何の変哲もない小説のように見える。
この本はページを開いた段階で開いた本人とそのパーティーメンバーを取り込む。
そこで広いフィールドを徘徊しているボスモンスターを倒せば、この部屋に戻ってくるらしい。
あの時、この本の存在を知っていれば坑道ダンジョンではなく、ここに挑んでいたかもしれない。
ただ、広く知られている物でもなく、今遂行しているクエストでも受けない限り知る事の出来ない情報だ。
もう少し図書館ダンジョンを真面目に調べるプレイヤーが現れれば、広まっていくのかもしれない。
俺は従魔達に確認を取り、その本のページを開いた。
すると、今までのようにブラックアウトするような感覚ではなく、本に吸い込まれるような感覚を覚える。
「……うっ」
ぐるぐると回転しながら落ちていくように本に飲み込まれていく。
よくアニメや漫画で表現される描写だが、実際に体験するとかなりきつい。
視界が回転している割に気分が悪くなっていない事から、ある程度手心が加えられているのだろう。
「うわっ」
「ぐるぅ」
「チュー」
「・・・・」
気分の良くない演出に閉口していると、急に浮遊感を覚えながら視界が開けた。
どうやら、本の中のダンジョンエリアに放り出されたらしい。
飛べるフローラとマリアは空中で姿勢を整えられたようだが、それ以外のメンバーは不格好な体勢のまま地面に着地する。
「全員大丈夫か?」
「チュー……」
「うぉん!」
「・・・・」
「かちかち」
「カチカチ」
「問題ないって(/・ω・)/」
とりあえずダメージは負っていないようなので、周囲を警戒しながら体勢を整える。
俺たちがいるのは何処かの遺跡の中らしく、装飾は無いものの長方形の岩でくみ上げられた床に着地したらしい。
天井も平らに研磨された岩盤で覆われている。
両サイドの壁には松明が複数取り付けてあり、こちらが光源を出さなくてもそれなりに明るい。
ただ一つ気になる点があるとすれば、俺たちのいる部屋が暖かいという事だ。
ここに来るために開いた本のタイトルは“雪降り積もる業火”である。
流石にタイトルと全く関係ないダンジョンという事は無いはずだ。
業火が何かわからないが、“雪降り積もる”とあるところから寒冷地が舞台と思っていた。
俺はいぶかしみながらも従魔達を連れて、遺跡を脱出することにした。
≪従魔フローラがレベルアップしました。≫
≪熟練度が一定に達したため、スキル「水魔法」がレベルアップしました。≫
≪従魔マリアがレベルアップしました。≫
≪従魔ハーメルがレベルアップしました。≫
≪従魔エラゼムがレベルアップしました。≫
≪熟練度が一定に達したため、スキル「火魔法」がレベルアップしました。≫
≪従魔フローラがレベルアップしました。≫
≪従魔マリアがレベルアップしました。≫
≪従魔ハーメルの練度が一定に達したため、スキル「泥沼術」がレベルアップしました。≫
最初の部屋を出ると早速とばかりにモンスターが現れた。
螺旋状に上がっていく通路の壁からゴーレム系やスケルトン系のモンスターが襲ってくる。
通路に障害物がないので通路の反対側から押し寄せてくる形だ。
戦術も何もないので、魔法で間引きながら新入り2匹のレベル上げに利用することにした。
そんな単調な戦闘を繰り返して30分くらいたった頃に遺跡の出口と思われる扉を見つけた。
すでに遺跡内のモンスターは駆逐しており、邪魔するような物もない。
俺はエラゼムに指示して、扉を開けてもらう。




