239.不思議な昇格試験
3/15付けの投稿を見ていない方は、そちらを先にご覧ください。
「あ、ウイングさん。い、今よろしいでしょうか?」
トーザさんとのやり取りから2日後。
大図書館でレポートに書かれていたクエストを探していると、挙動不審なトーザさんが声をかけてきた。
「ウイングさんの昇格試験の日程が決まりました。詳細の説明を行いたいので個室に来ていただけますか?」
「わかりました」
先導される形で、大図書館を進む。
以前からクエストなどで利用している個室が並んだエリアではなく、さらに奥のエリアへと進んでいく。
しばらく歩くと、複雑な彫刻が彫られた赤鉄色の扉の前で立ち止まる。
「ここから先は機密性が高い情報を扱う部屋になります。一応、一般区内ではありますが、今回のような昇格試験や重要度は高いが賢護区で扱うほどではないような案件で使用される場所になります」
トーザさんは古びた鍵束を取り出すと、彫刻の隙間にあるカギ穴に差し込む。
カギを左回りで1回転回すと、奥へ扉が開く。
俺はトーザさんに促される形で部屋の中へと入った。
「司書ギルド! ゾーナ班、副班長トーザです! 司書ギルド Bランク ウイングさんをお連れしました! これより昇格試験が終わるまでこの部屋を封鎖させていただきます!」
「えっ⁉」
俺が驚いてトーザさんへ視線を向けると入ってきた扉は閉じられており、既にトーザさんの姿は確認できない。
そのまま唖然としている間に、金属が擦れあう音が聞こえ扉にカギをかけられた。
「くく……」
今度は前方の方から声が聞こえた。その声に引き付けられるように、前方へ向き直る。
やや色黒の肌に黒色の短髪。白いフレームの眼鏡をかけ、初心者用の白い司書服を着た人族の青年が大きめの椅子に腰かけ、左手で口を押えながら震えていた。
「ふふ、すまない。あまりにもテンプレな反応をしてくれたものだからね。ドッキリを用意した甲斐があるというものだよ」
「……ど、どうも」
今のやり取りで今の状況が朧げに見えてきた。
どうやら、俺の昇格試験は今から始まるらしい。
トーザさんが挙動不審だったのもこれが原因だろう。
……最近あまり正常な状態を見ていなかったので、 気にしていなかった。
俺が状況を理解するのを待っていたかのように、目の前の青年が声をかけてくる。
「さて、これから君の昇格試験を始める訳だが……。事前に言っておくと俺の質問以外で発言はできないと思ってもらいたい。ただし、俺の質問に答えるために必要な事は聞いてきてもいい」
「……わかりました」
俺の事情を知ってか知らずか、試験以外の質問を封殺されてしまった。
今回の試験官は上層部の人物が担当するという事で、チェーンクエストの足掛かりに利用できないかと思っていたが、不用意な発言をして不合格になるのは本末転倒だ。
目の前の青年は、俺の返答が遅れた事に片方の眉を上げながらも言葉を続ける。
「試験内容は俺との個人面談だ。どこまで何を話すかは任せる。ただし、全ての質問に何らかの返答をしてもらう」
そう言いながら、青年は膝の上に置いていた紙束をめくり始める。
「さっそく始めさせてもらうぞ? まず、君のこれまでの行動を調べさせてもらったと言っておこう。それで確認したいのだが、お前が司書ギルドに入った目的はなんだ?」
どんな質問が来るかと身構えていたが、意外と普通の質問だ。
特に隠すようなことでもないので、包み隠さず話す事にする。
「司書ギルドに入ったのは純粋に読書を楽しむためです。図書館を利用するのに司書ギルドに入った方が都合がよかったからです」
「そうか。その割には寄り道が多いように感じるな。テイマーの上位職のクエストの時なんてほとんど本は読めなかっただろう?」
どうやら司書ギルドの管轄外についても詳しく調べてあるらしい。
別に隠れて挑むようなクエストも受けた事がないので、調べれば全て筒抜けだろう。
俺は少し考えてから、口を開く。
「せっかくプレイヤーになったので、読書だけではなくこの世界を楽しもうと思いました。まぁ、そう思うきっかけはこの世界に来てからですが」
「……そうか」
青年は紙束に視線を走らせながら、気のない返事をした。
「では次だ。君は時々ひどく感情的になる。テイマーギルドで支部長と揉めたり、アールヴ皇国のギルド長の発言にも激昂していた。テイマーギルドの件は知らんが、アールヴ皇国の件はそこまで怒る事だったか? 危険地帯でそれでも図書館を運営するための苦肉の策だった。あそこまで激昂するほどの話だったか?」
「それは……」
難しい質問だ。
思ったことをそのまま発露したと言えばそれまでだが、ゲーム内だったから気が大きくなっていたのもあるだろう。
過去の行動を他人から指摘された事で、自分の行動を改めて振り返ると羞恥心を刺激した。
特にアールヴ皇国での一件。
図書館ひいては本が燃えた事に対して冷静だった支部長の態度を見て、感情的に説教じみた事をしたわけだが、そもそも常に焼失の危険があった場所だった。
俺が来る前からずっとそのような状態で、比較的燃えてもいい状態の本が納められた図書館を管理し続けていたはずである。
あのような事態が発生することは、常に覚悟してきただろう。
そもそも組織の長が慌てふためく姿を見せてはいけないという考えもわかる。
……だが、……それでも。
「アールヴ皇国での事は相手の状況や気持ちを考えていなかったと反省しています。しかし、本を管理する司書という職業についていて、図書館が中の本もろとも全焼した状況を見て、仕方ないという態度はとってほしくなかった。それは自分の偽らざる気持ちです」
「……」
俺の独白ともいえる回答に対して、ただ俺の目を見続ける青年。
何も語らず、身動ぎすらせず俺から視線を外さない。
張り詰めた空気が数秒。いや、数分だろうか。
「そうか」
しばらくの静寂が続いた後、ポツリと青年はつぶやいた。
その言葉と共に張り詰めた空気が和らいでいくのを感じる。
「では、次の質問だ」
青年は何事もなかったかのように、次の質問へと移った。
質問内容は事実確認よりも、その時の感情や思考についての質問が多かったように思う。
「は~」
そんなやり取りが十数回繰り返されたあたりで、紙束に視線を落としていた青年が唐突にため息をもらした。
……何か返答に不備があっただろうか?
俺が不安に思っていると、青年が視線を上げる。
「昇格試験はこの辺でいいだろう。試験結果は追って連絡する」
その言葉と共に青年の姿が消える。
まるでプレイヤーがログアウトした時のようだ。
施錠された部屋の中央で主を失った椅子と俺だけが残される。
……俺はどうすればいいんだ?
中から鍵を開けられなかった俺は、確認に来たトーザさんにカギを開けてもらうまで立ち尽くすしかできなかった。




