237.クランお気楽にて
次の日、ログインした俺は早速ハルが所属している『お気楽』のクランルームに来ていた。
人の入れ替わりが激しいのか、単に装備が変わって記憶と結びつかないのか。
まったく見覚えのないプレイヤーが行き来するのを目で追いながら、ハルに案内される形で個室へ移動する。
案内された部屋には、すでに数人のプレイヤーが待っていた。
「それでは会議を始めたいと思います。昨日話したと思うけど、うちのお兄ちゃんことウイングがレイド戦の参加者を探しているんで、うちのクランで協力しようかという事になりました。私個人は受けると思うけどクランとしてはどこまで協力するか話し合いたいと思います」
ハルを司会進行役として、現在の状況説明から始まった。
どのようなクエストでどんな戦闘が予想されるか、参加形式や参加人数などの細かい部分は俺が話をする。
「――――本の中に入るという形式上、途中退場した場合、戻れなくなる可能性が高い。なので、アイテムを補給しに戻る事は出来ないと思う。参加人数は50人くらいまでになるみたいだ」
「……時期が確定してないので明言はできないですが、うちのクランから出せるのは20人前後になると思う。他のあてはあるんですか?」
ハルの説明が終わると同時に早速、質問が飛んできた。質問してきたのは、以前からパーティーを組んでいたタイヨーだ。
「一応、これまで関わってきたプレイヤーに声をかけていこうかと思ってる。ラピスさんとか知り合いに連絡は入れてみるつもりだ」
「ラピスちゃんはいいけど、他の攻略組は仕切りたがりも多いから要相談だね。というかラピスちゃんには私から声をかけるよ」
参加者について大まかに方針が決まったところで次の話に移る。
「人員はこれでいいとして、参加者に払う報酬はどうすればいいんだ? クエスト報酬が分配できるものであればいいが、俺個人にしか報酬がなかったら何かしら代わりが必要だよな」
俺の疑問に答えてくれたのは、タイヨーだった。
「先ほど話してくれた限りでは、それほど難しいレイドではないでしょう。それからチェーンクエストのバックボーンを考えると、現物の報酬というよりは称号や新スキルのような無形のものがもらえそうですね。……正直わかっている情報では判断がつかないので、レイド戦参加するメンバーがある程度集まってから、もう一度話し合った方が良いと思います。後から参加を表明したプレイヤーから不満が出るかもしれませんしね」
「確かに参加者が揃っていないのに報酬の話は早計だったか……。じゃあ、報酬は参加者が決まってからにしよう。レイド戦についてはこれくらいかな?」
レイド戦の話が終わったところで、妙な静寂が部屋を支配した。
俺から話したい内容は終わっているのだが、ハルやタイヨーというか『お気楽』のメンバー側のプレイヤーがお互いを牽制しているような雰囲気を感じる。
その空気が耐えられなかったのか、何となく圧に屈したのか、意を決してハルが話しかけてきた。
「それでね? すこーし交渉したい事があると言いますか。ほしいものがあるんだけど」
「昨日話してたユグドラシルとテイマーの話が関係しているのか?」
「そうだね」
そういってあるアイテムを俺の前に置いた。
楕円形の真っ白いそれは米粒を思わせるが、大きさは手のひらサイズほどある。
「これねぇ。昆虫系モンスターの卵なの。レイドクエストの報酬で大量に出回った時期があって、いつか使うかもと思ってクランで複数確保したんだけど、いくつか死蔵になりそうだから買い取ってほしいというかほしい物があるから交換してほしいといいますか……」
「なんでそんな言いづらそうにしているんだ?」
交渉として、そこまでおかしな内容ではない。
自分たちにとっての不要品を無理やり押し付けようとはしていないし、価値に差があるなら他の条件も含めて交渉すればいいだけだ。
最初から気まずそうにする必要はない。
「いや~。あはは。最初はこれ含めて交渉する予定だったんだけど、これって前にお兄ちゃんが知らせてくれたクエストの報酬だったんじゃないかって話になってね。私たちは参加しなかったけど、出てきたタイミング的に……」
「あ~~」
つまり、この卵はドリュアデス共和国の途中で見つけたハチの巣を討伐するレイドクエストの報酬だったわけだ。
昨日思いついた時は思い出せなかったが、クランで話し合っている間に思い当たったのだろう。
確かにクエストを発生させた本人に売りつけようとするのは、気まずいかもしれない。
「別にそこまで気にする必要はないぞ。クエストを発生させたかもしれないが達成した訳じゃないからな。ちなみにほしい物はアールヴヘイム関係か?」
「……そう。できればいくつかの卵と金銭で、木材と鉱石がそれなりの数ほしい」
今でもアールヴヘイムで手に入る素材の価値は高い。
モンスターの卵も入手難易度は高い方なので価値は高いが、アールヴヘイムの素材とは比較にならないそうだ。
そこを金銭で埋め合わせする算段だったが、先ほどの話もあり誰が切り出すか決まらなかったらしい。
まぁ、その流れならハルが切り出すしかないだろう。
「ドヴェルグ連合国から行けると聞いたが、まだ価値は高いのか」
「ユグドラシルには行けるけどエリアが違うんだよ。移動もできるけど厳重に管理されているからね。値段の上昇は止まったけど下がってはこないね。というか、滅多に出てこない!」
そこでかなりの数を確保していると思われる俺に交渉しようとなったわけだ。
前から話は出ていたそうだが、今回俺から協力要請があったのでいい機会だから交渉しようとなったらしい。
そこでふと疑問ができたので、ハルたちに聞いてみる事にした。
「今回の協力報酬として求めても良かったんじゃないか?」
「その話も出たんだけど、今から受けれるクエストじゃないから、すぐに報酬を受け取れないじゃん? 先払いしてもらうにしても、クエストを受けるまでに価値が変動するだろうしお兄ちゃんの要請と私たちの交渉は分けようという事になったの」
話は理解できたが、どうしたものか。
アールヴヘイムの素材を売る事については問題ない。
いつか使うだろうと大量に確保してあるが、未だ手つかずだ。
問題はモンスターの卵だ。
おそらくハチ系のモンスターになるだろう卵。
ちょうど空中戦のできる従魔を増やそうかと考えていたので、ちょうど良いタイミングではあるのだが、はたして複数匹必要か。
……………………。
交渉の結果、モンスターの卵を2個と金銭で、いくつかの素材を渡す事になった。
それなりの数の素材を要求されたので、請求金額はかなりの額になっている。
正直モンスターの卵は、減額の交渉くらいにしかなっていなかった。
それでも死蔵していた物で、いくらか減額できた事がうれしかったのか『お気楽』のメンバーは満足していた。
俺としても、目減りしていた貯蓄をそこそこ補填できたので満足である。
交渉を終えた俺はクエストが進んだら連絡する事を約束し、クランルームを後にした。




