231.初邂逅
「おお、お待たせ。新しい司書ギルド所属のプレイヤーを連れてきたぜ」
タクトさんの発言に俺は眉を顰める。
司書ギルド所属と断定したことについては、俺の着ている黒い司書服から連想したのだろう。
だが、新しいとはどういうことだ?
まさかブラック企業よろしく情報収集の為に使いつぶす人員を探してたわけじゃないよな。
俺が不穏な想像をしていると、タクトさんを迎えに来たと思わしき人たちが俺に話しかけてきた。
「あー、私はしおり。大図書館から出てきたということは、まだ何も説明されてないよね? 私たち職業司書で構成されたクランなの」
「それで司書のプレイヤーを見つけた時に勧誘しているんだ。あっ。オレはカイトな」
合流したメンバーの中から代表して、2人が自己紹介と声をかけてきた理由を軽く説明してくれた。
タクトさんたちは職業司書もしくは司書ギルドに所属しているプレイヤーで構成されているクランのメンバーらしい。
なので職業司書と思わしきプレイヤーを見つけると、ひとまず勧誘しているそうだ。
……ここまでゲームしてきて職業が司書のプレイヤーと交流するのは初めてじゃないか?
少なくとも、職業司書と名乗ったプレイヤーはいなかった気がする。
「用事が勧誘でしたらすいません。今のところクランに入るつもりは無いんです」
「まぁまぁ話くらいは聞いてほしい。もちろん強制はしない。どうしても気乗りしないならこれ以上誘わないよ」
「司書をしているプレイヤーは個人主義の人も多いからねー。だから、私たちのクランも特別ノルマはないよ」
「クランの目的が情報交換が主だからな。リアルでいう文壇が近いか? そこまでお堅くないな。面白い、珍しい本を教えあったりするグループ活動ってところかな?」
……それは少し気になる。
これまで自分で情報を集め、自分で読みたい本を探し、珍しい本は自分の手元に置いてきた。
それで問題は無いのだが、より多く本の情報を集めるには人海戦術は有効な手段であることも事実。
俺が興味を持ったのを感じ取ったのか、カイトさんがいい顔でこちらに話しかけてくる。
「興味を持ってくれたみたいだな。じゃあ、仮でもいいから入らないか?」
「ちょっと、気が早いわよ! とりあえず移動しない? 疲れなくとも立ちっぱなしで話し続けるのは……」
しおりさんの提案で大図書館の近くにあるオープンカフェへ向かう。
タクトさん、しおりさん、カイトさんの3人以外はそのままログアウトしていった。
何か別の用事でもあったのだろうか?
タクトさんが俺を勧誘した事で予定が変わってしまったのかもしれない。
「あの……。よかったのですか? 他の方も待ち合わせ相手ですよね?」
「ん? そうだなぁ。今日はメンバー1人の手伝いで何人か集まってたんだ。あそこでなんも報告が無かったって事はなんも進展がなかったんだろう。急ぎのクエストじゃなかったから、ゆるーくでいいんだよ」
だから、手伝いの最中に別の事をやってても文句はでないとタクトさんは言う。
……それでいいのか。
今まで関わってきたクランの中でもかなりゆるいクランのような気がする。
「さて、改めて自己紹介しよう。俺はクラン"文芸部”のタクトだ。クラン方針は司書、読書を嗜むプレイヤーの互助会ってところだ。で、こいつらは同志のしおりとカイトだ」
タクトの紹介でしおりさんは軽く頭を下げ、カイトは手を振った。
「先ほど軽く説明したが、俺はお前が司書ギルドに所属するプレイヤーだと思ったから勧誘することにしたわけだが……。他のクランに所属してるとか、転職予定で司書をやめるとかあるか?」
「いえ、他のクランに所属もしていませんし、司書の上位職に転職する事はあっても司書系統以外になる予定はありません」
俺の発言を聞いた3人は意外そうな顔をした。
その中から代表して、カイトが声を上げる。
「あれ、大図書館まで来たって事は中級者以上のプレイヤーだよな? 初心者が強行してここまで来る事もあるみたいだけど。あっ、ここで上位職になる予定だったとか?」
「一応、上位職の条件は満たしていますが、転職してはいないです。焦って転職するようなトラブルもなかったので」
俺の返答に曖昧な顔になる3人。拘りの強いプレイヤーと思われたかな?
まぁ、何度か転職する機会があったのをスルーした結果、司書のままになっているだけなので特に拘りがあったわけではないので特に深い理由はないのだが……。
仕切り直すためか、咳払いしたタクトが再び話し始める。
「まぁ、個人のプレイスタイルにとやかく言う事はないし、ノルマもない。さっきみたいに時間が合った連中で誰かのクエストを手伝う事はあるな」
「あとはそれぞれ行ったことない国に行きたい時に、そこにいるメンバーに連れてってもらう事もあるわね」
話が本当なら、社会人サークル見たいなものだろうか?
「いくつか確認したいことがあるのですが、良いですか?」
「おう、いいぞ。何でも聞いてくれ」
「ではーーーーーー」
そこから、3人へいくつか質問をした。
クエストを手伝った場合の報酬や見返りについて。個人で持っている本や土地の扱いなど。
結果、クランの名前である"文芸部”という名がピッタリな集まりだった。
他人の迷惑になるようなことはしない。
個人の持ち物(本や土地)の貸し出しは当事者同士で責任を持つ。
他人のクエストを手伝う場合は、その都度相談。今回のような緩いクエストの場合は無償。
もめ事が発生した場合はクランリーダー、副リーダーを交えて話し合いを行う。
まさに学校の部活動のようなルールだった。
そこまで聞いて、ふと考える。
俺の持っている本は9割くらいアールヴ皇国で手に入れたものだ。
しかも、半分以上エルフ語の資料である。
それを知られた場合、かなりの確率で入り浸るプレイヤーが現れるのではないだろうか。
一応、司書・読書関係のクランに所属するプレイヤーなので、本の扱いは慣れているだろう。
しかし、1人2人ならともかく複数人が歩き回るのは気分的によくない。
それ以上に本を管理している従魔たちに人見知りが多い。
今までは俺だけが利用していたので特に問題は無かったが、人の出入りが激しくなるとどのような反応を示すかわからない。
「申し訳ありませんが、やはり所属は難しそうですね」
「……そうか。悩んだうえでその結論になったなら仕方ない。事情があるんだろう。あっ。所属が難しくてもフレンドにならないか? クランメンバーほどじゃないが何か協力できることはあるかもしれないし」
タクトさんの提案をありがたく受け入れ、その場の3人とフレンド登録した後に別れた。
離れていく3人を見送りながら今回の件について考える。
司書・読書家のクランに興味はあったが、長らく個人で活動してきた弊害でクランに所属するハードルが高くなっているようだ。
タクトさんたちも断られるのに慣れているのか、すぐにフレンド登録を提案してきた。
職業司書のプレイヤーは情報の秘匿だったり、単純に自分の書籍を触らせたくないというのもあるのだろう。
自分もそれで断ったのだから。
タクトさんたちに申し訳なく思いつつ、俺もログアウトすることにした。




