228.エピローグクエスト
「は、班長」
「トーザさん。声が通路まで響いていましたよ。そして、あなたが彼の行動を拘束する理由はないはずですが?」
「けけ、研究を本業としている職員は正当な報酬を用意すれば、個人で依頼する事がきょ、許容されているはずです。そ、それに依頼の話はこれからで……」
トーザさんは上司らしい人物にたじろぎながらも反論する。
初老の女性はトーザさんの言い分を聞いてため息をつく。
その様子に再び肩を震わせるトーザさん。
「確かにそれは認められている制度です。なら、どのような依頼をするつもりなのですか? 報酬は? お互いが納得できる内容ですか?」
「うっ」
チラチラとこちらを見るトーザさん。それに合わせてこちらに目を向ける初老の女性。
俺は首を横に振った。
そもそもまだ依頼されていないどころか、そのような話を聞いていない。急な話なので傍観するしかないだろう。
俺の態度から状況を察した女性はトーザさんに厳しい視線を向ける。
「まさか言いくるめてなし崩し的に協力させるつもりだったのですか?」
「いえいえ! そこまでは! お互いの目的のために協力関係を築こうと!」
女性は無造作にトーザさんの持っている資料を取り上げる。
淡々と読み進める女性の様子に、トーザさんは絶望の表情になっていく。
半分ほど読み進めたところで、女性は読むことをやめた。
「やはりやりすぎですね。一応。休憩時間や余剰時間も設けられていますが、ノルマや期日の設定。想定されているレイド戦闘の人員確保の要請など、あの本を扱うのに必要事項であるとはいえ強要はよくないですね」
「そんな~」
女性は項垂れるトーザさんをおいて俺に向き直る。
「未遂とはいえ部下が失礼をしました」
「いえ。俺も興味のある話でしたし、別件で依頼している事もあるので。明確にルールがある事は知りませんでしたが……」
女性はチラリとトーザさんを見た後、ため息をつく。
「文献の研究は一朝一夕で終わるものではありません。解釈のすり合わせ、時代背景の確認。ひいては各国の機密が判明してしまう事もあります。数年、数十年かかる研究は当たり前です。そんな研究に一般人が最後まで協力してくれるのは稀です」
自らの研究の為、強引な手段を取ろうとする職員が一定数いる。
それを規制すべく職員が個人的に依頼する時の規則は厳格に定められているそうだ。
もし、職員が部外者(ギルド所属も含む)へ依頼をする時に規則違反した場合、厳罰に処されるらしい。
今回のトーザさんのやり方は黒よりのグレーゾーンだそうだ。
俺の協力をしつつ自分の要望を滑り込ませようとしていたが、限度を超えているらしい。
どうも依頼として手続きしなければならないほどスケジュールを組んでいたそうだ。
俺が訴えればトーザさんは処罰されるらしいが、不問にする事も可能。
被害らしい被害がない為、トーザさんを訴えても俺に補償のようなものは無いそうだが。
しかも、トーザさんに依頼している空き部屋の件も宙に浮くことになる。
訴える事にデメリットが発生する可能性が高いので、俺が訴えない事まで読んで俺への要求を吊り上げた可能性が高いという。
より悪質になっている気がする。
トーザさんに視線を向けると、こちらに土下座していた。
……やりすぎていた自覚はあったようだ。
「先ほど話もあったように被害らしい被害はありませんので、不問にしようと思います」
「よろしいので? そもそもルールを説明していない事も悪質かと思われますが?」
「まぁ、こちらもお願いしている事がありますので、そちらを遂行していただけるなら」
俺の言葉に光を見たりとばかり、勢い良く頭を上げるトーザさん。
それを見て呆れ顔になる女性。
「……わかりました。こちらで手続きをしておきますので、正式な依頼として処理しましょう。ただし、この依頼でウイングさんを拘束する事は禁止します。あくまでウイングさんの行動の結果を報告してもらうまでに留めます」
「えっ!」
「よろしいですね。トーザさん?」
「……………………はい」
トーザさんは項垂れるように頭を下げた。
それを見届けた女性は俺に向き直る。
「この資料自体はよくできているのでウイングさんに差し上げます。参考にはなるでしょう。依頼の報酬については相場通りにしておきますが、協力は惜しまない事を明記します。……トーザさんは後で私の部屋へ来なさい。処遇について話があります」
「……お手柔らかにお願いします」
不問にするという話になったのに処遇の話をしている2人に違和感を覚える。
まぁ、正式な処分は無くても叱責くらいはあるのかもしれない。
「それではウイングさん。今後もトーザさんとやり取りする事になると思いますが、問題が発生した場合は近くの職員へご連絡ください。トーザさん」
「はい! それではウイングさん! これからよろしくお願いします」
まだ聞きたい事もあったが、今日はお開きとなってしまった。
長期間滞在するのでまたどこかで聞いてみよう。
俺は2人に頭を下げ、退出する事にした。
……………………。
さて、大図書館を後にした俺は他にも確認しなければいけない事がある。
マイルームへ向かい、従魔たちに挨拶した後にログを開く。
アナウンスで言っていた内容を確認するためだ。
まず、ワールドクエストについて。
達成条件自体は実にシンプルだった。
あのチェーンクエストの『まとめ』に記録されるエンディングを全て埋める事。
これは1人では不可能だ。
あの本の性質上、1人が選択できるエンディングは1つ。
何パターンあるかはわからないが、数百はくだらないだろう。
住人がクリアした分を含めても一体どれほどの時間がかかるのか。
トーザさんの話では挑戦者すらほとんどいないようなので、クリアは絶望的か?
ゲームが終わるまでにクリアされるかも怪しいワールドクエストだ。
俺ができる事は終わっているといっても過言ではないので、このクエストについては放置するしかない。
そしてもう1つ。
称号のエピローグクエストなるものが開放された。
エピローグクエストの情報が開示された時にエピローグクエストは多種多様なものがあると記載されていた。
実際、俺が最初に開放したのも“職業”エピローグクエストと呼称がついている。
ゲーム内の要素である“称号“にエピローグが存在しても不思議ではない。
問題はどの称号がエピローグクエストを発生させたか。
……意外というか、ついにというか“物語の旅人”である。
条件は以下の通り。
①賢護区へ入れるほど司書ギルドからの信頼を得る。
②知識の国の上層部と知己になる。
③“禁書庫の鍵”を知る人物から話を聞く。
④大図書館内で発生するレイド戦を経験する。
⑤“禁書庫の鍵”を用いて、“????”を受け取る。
おそらくタイミング的にレイド戦の条件を満たしたからだろう。
文面的にあのチェーンクエストは関係なく、レイド戦さえ経験すればいいようだ。
あのクエスト以外にもレイド戦に発展するイベントがあるのか……。
クエスト名は『もしも終わりとするならば……』か。
称号『物語の旅人』のエピローグと考えるなら、物語の結末がこれという事だろう。
旅の中で出会った仲間と強敵を倒す事で大団円と……。
それならば『物語の旅人』という称号のエンディングとしてはしっくりくる。
“物語を探す旅人”の足跡こそが物語であると。
筋としては綺麗だが、いくつか疑問が残る。
この条件なら鍵を受け取った時点でエピローグクエストが発生していても不思議ではない。
それに天使であるウィスエルが話さなかった“禁書庫の鍵”を個人が知っているというのも不思議だ。
プレイヤーのように使命を帯びている住人がいるという事だろうか?
ただ、提示された条件がそのまま攻略の道筋になっていそうなので、エピローグクエストのルールに則っている可能性もある。
達成しやすいエピローグクエストほど発生が遅いというルールに則れば、キーアイテムを序盤に手に入れたのにクエストの発生が遅かったこのクエストは、比較的容易なエピローグクエストなのかもしれない。




