221.そして……
あと少しだろうかという時、それは起こった。
轟音と共に、真っ赤な火柱が立ち昇る。
シラノとベルジュは咄嗟に距離をとる事ができたようだが、エラゼムはそのまま炎に飲まれた。
俺は少し離れつつ、慌ててエラゼムに距離を取るように指示する。
立ち上る炎からエラゼムと思わしき影が浮かび上がった。しかし、その影はぐらりと倒れ込む。
その後方からゆらりと四足歩行の影が這い上がるのが見えた。
不意に天まで届いていた火柱が消える。
それに続くようにエラゼムがポリゴンになって消えていく。
眼前から陽炎の様に空気が揺らめく程の熱気を感じる。
燃え盛る炎は完全に消える事は無く、ケルベロスが纏うように揺らめいていた。
その姿は威圧的で見てわかる程、パワーアップしている事を主張している。
では、何故今まで使わなかったのか。その様子を見ればわかる。
立ち昇る炎は、ケルベロスの内から漏れ出すように溢れ出しているようだ。
口は大きく開き舌を垂らし、息を上げながら燃え上がる様は正に命を燃やし尽くさんとする最期の輝き。
最初から使用するにはリスクが高すぎる技なのだろう。
今のように次の事を考えなくてもいい状況なら、そんな心配はいらないか。
……あの時でも追い詰めていたら、使っていたかもしれない。
不意に揺らめいていた炎が大きくなると同時に、ケルベロスの姿が掻き消える。
「ぐぉ!」
「ベルジュ! ハーメル、は牽制! シラノは追撃だ!」
「ウォン!」
「チュウ!」
燃え盛る炎を推進力にしているのか、先程よりも速い突進がベルジュを襲う。
ベルジュは辛うじて反応したものの、ケルベロスの突撃を受けて後方に吹っ飛ばされる。
俺は吹っ飛んでいくベルジュへの追撃を防ぐべく、3体に指示を出す。
俺の声に反応したのか、ケルベロスが再び疾走する。
燃える体で高速移動している為か、ケルベロスの走り去った空間に赤い閃光が尾を引く。
だが魔物使いの国パラティの時と違い、ケルベロスを目で追う事は出来ていた。
ハーメルもケルベロスのスピードについていけているようで、時々赤い光が泥による妨害を受けている。
しかし、それ以外の従魔は相手の動きを追うだけで精一杯のようだ。
ハーメルの泥で動きが鈍ったタイミングしか行動を起こせないらしい。
さらに近接戦闘メインのシラノは他の従魔より大きなダメージを受けていた。
俺はジェイミーにベルジュを回復してもらいつつ、戦いの様子を観察する。
シラノはケルベロスに爪を振り下ろす。
しかし、灼熱の炎に巻かれてしまって、逆にダメージを受けてしまっていた。
ケルベロスはハーメルの存在には気づいておらず、俺たちの事は無視する事にしたらしい。
その為、ケルベロスの攻撃がシラノに殺到していた。
乱戦状態である為、ジェイミーがシラノを回復するのも難しい。
俺はシラノを休ませる隙を作るべく、ベルジュにケルベロスの牽制を指示する。
ベルジュは光のベールを纏ってから、光の矢をケルベロスに放つ。
ケルベロスはベルジュの攻撃を察知したのか、シラノと距離を取る。
光の矢を躱したケルベロスは、踵を返すとベルジュではなく俺に向かって突っ込んできた。
ここにきて従魔ではなく、リーダーである俺に標的を変更したらしい。
俺はアイテムボックスから大盾を取り出して、ケルベロスの突進を受け止める。
「うっ!」
ケルベロスの噛みつきは防ぐことはできたが、駆けだされた勢いのまま振り下ろされた爪が俺を襲う。
燃え盛る爪が俺の肩を穿つ。
その時、俺の耳にパチパチという音が聞こえた。それと共に何かが焼けているような匂いが鼻孔を擽る。
その匂いと音に誘われるように、俺の視線は俺の肩を抉ったケルベロスの腕へと向かう。
そこには黒い前足があった。しかし、燃え盛る前足は体毛により黒いのではない。
ケルベロスの前足は炭化していた。焼ける匂いも既に肉の焼ける匂いでは無かった。
炭の焼ける匂い。パチパチという音はケルベロスが動く度に聞こえてくる。
よく考えれば、俺がケルベロスに反応できた事もおかしい。
目で追えていたとはいえ、アイテムボックスから大盾が取り出せたのはケルベロスの動きが鈍っていたからではないか?
それを肯定するかのように、先程の様に爪での攻撃が来なくなった。
ケルベロスは俺の傍から動くことなく俺に向かって噛みつこうとしてくる。
「キュー!」
「チュー!」
俺の背負っているジェイミーが、詰め寄ってくるケルベロスに向かって水魔法を放つ。
蒸発する音と共に水蒸気の靄が立ち昇る。
ケルベロスは水魔法に怯む事は無かったが、白い靄が目にでも入ったのか首を振って嫌がる素振りを見せた。
その様子を見て、火柱が上がってすぐの頃の熱気が無い事に気づく。
……限界が近いのだろう。
俺は従魔達に牽制を指示しつつ、ケルベロスと距離を取ろうとする。
ケルベロスは従魔達の魔法を受けながらも、離れる俺に追いすがろうとしてきた。
その様子を見て、俺は種族スキル『使徒化』を発動してから光魔法による攻撃を加える。
ケルベロスは避ける余裕もないのか、己に突き刺さる魔法を意に介さず俺へ牙を突き立ててきた。
しかし、もう最初の頃の速度は無く、俺は落ち着いて後ろに下がり距離を取る。
ケルベロスは今の攻撃が最後の足掻きだったのか、そのまま地面に崩れ落ちた。
既に黒い体躯から炎は出てきておらず、いくつかの細い煙が立ち昇っている。
身に纏う炎が鎮火した事で、その姿をはっきりと認識できた。
それは酷い有様で、全身が焼き焦げている……いや、表面に炭化していないところを探す方が難しい有様だ。
ただ不思議と体毛は燃え尽きておらず、短くなった状態で炭化しているらしい。
3つの顔の内左右2つは目を閉じており、わずかに開く口からは舌がだらしなく垂れていた。
残りの1つは力なくこちらを見ている。
「……」
「……」
俺がケルベロスと見つめ合っている間に、従魔達が俺の元によって来る。
従魔達も空気を察してか、追撃する素振りは無い。
不意にケルベロスの足先が薄く輝きだす。ゆっくり、ゆっくりと黒い体躯がポリゴンに変わっていく。
ケルベロスは従魔達の気配を察知してか、俺から視線を逸らして辺りを一巡する。
従魔達の姿を確認したケルベロスは羨むように悲しむような表情をしたように見えた。
そうして、何かを納得したような、燃え尽きたようなそんな雰囲気を漂わせて最後の顔を伏せる。
ケルベロスの体全体が輝きだし、全身がポリゴンに変わっていく。
俺はその様子を黙って見守っていた。
オリジナルではないだろうが、静かに黙祷を捧げる。
ふとあの時を思い出してその時の思考と重なった。
「……推奨ランクBは嘘だろう?」
一応Bランクダンジョンを余裕でクリアできる戦力だったはずなのに、ギリギリだったと思う。
実際必勝パターンに持ち込んだのにエラゼムは倒され、シラノもかなり追い詰められている。
というか、あの時の俺はDランク相当の戦闘力しかなかったのに、こんな怪物をぶつけられたのか……。
「…………うぉ!」
宿敵との戦闘が終わると、突然空に投げ出されるような浮遊感を覚える。
急速に雪景色が遠くなっていくように流れていく。
そして、いつの間にか戦闘をする前の図書館ダンジョンに戻ってきていた。
「戻ってきたのか? ……ん?」
握りしめていた拳に違和感を覚えた俺は右手を開く。
駐屯図書館の鍵束 知識の国にある図書館ダンジョンの鍵束。裏口を開ける事ができる。
耐久値 ∞
譲渡不可・ロストなし




