220.ボス戦という名の……
TRPG風クエストをクリアした次の日。
ついに館長の目録を発見した。多少古びているものの、俺の目録と瓜二つである。
俺は従魔達の状態を確認して準備を整えた後、館長の目録を開く。
目録を開くと視界いっぱいに炎が広がる。
慌てて炎を払うと、今度は肌を刺す冷気が襲う。
視線を上げると、辺りには何時か見た白化粧が広がっていた。
その既視感を補強するように、目の前の6つの瞳が俺を捉えている。
……図書館ダンジョンに関する冊子を読んだ時、こうなる可能性は考えていた。
このダンジョンで試練と言われるもの。これには各地で保管されている危険図書が大きくかかわっている。
どうも、ここの館長は危険図書を多く読んできたらしく、館長の目録がダンジョンのギミックに組み込まれた時に目録に記録されている書物が色濃く反映された。
最初の炎はイニシリー王国にあった火が飛んでくる本。
異空間に飛ばされるのは、アールヴ皇国にあった思い入れのある風景を再現する本。
そして、最後の本は魔物使いの国パラティにあった今まで出会った中で最強のモンスターを再現する本。
さすがに、イベントなどで出会ったレイドボスを出す事は無いだろう。
ならば、俺が出会った中で最強のモンスターはこの“ケルベロス”しかいない。
後から調べて分かったことだが、あのイベントは必ずしも敗北するわけではないようだ。
あのイベントは徘徊している元従魔に襲われているところを上位職のテイマーに救われる事をきっかけに、そのテイマーと師弟関係になる。
ただし、プレイヤーが強い場合は転職イベントではなく討伐イベントとなり、もしもプレイヤーが弱くても偶然に偶然が重なれば撃退できる事があるようだ。
絶対倒せないモンスターではない以上、ここで出てくる事は予想できていた。
「チュー!」
気合の入ったハーメルの掛け声とともに、地面から雪をかき分けて泥が溢れてくる。
泥術が最大レベルに達した時に覚えたスキル泥沼術。その中で最初に覚えるアーツ「液状化」だ。
これはカレルの持っているスキル「水術」のアーツ「鉄砲水」に近い。
地面に土や泥さえあれば、一定範囲を泥濘を溢れさせるアーツだ。特に“水分”の多い場所ではより大きな範囲を沼地に変える事ができる。
今回は一面の雪景色で発動した。
ここが俺が惨敗した場所を完全に再現しているのならば、この白銀の下には枯れた芝生が広がっている。
雪のおかげで湿り気は十分。地面も泥に近い状態となれば、「液状化」の効果範囲は絶大だ。
ハーメルを中心に広がる沼地は、白銀の大地を黒く染め上げていく。
その勢いは凄まじく、俺とケルベロスのいる周辺が沼地へと変わる。
それに驚いたのかは分からないが、ケルベロスは俺達に向かって走りだしてきた。
確かに早い。しかし、あの時ほど脅威は感じない。
足元が泥沼に変わった事で思うように踏み込めない事も関係あるだろうが、俺のステータスがケルベロスと戦えるところまで上がったのだろう。
「グゥ!」
「うぉん!」
そんな足場をものともせずに、シラノとベルジュがケルベロスに向かって爪を振り下ろす。
ケルベロスは避けようとするものの、泥濘に足をとられてその場で硬直する。
倒れ行くケルベロスに左右から2体の爪による一閃が飛ぶ。
俺は予想通りの展開に一呼吸。
初めてケルベロスと相対した時と一緒だ。あの時の標的はエラゼムだったが、今回は俺に向けて突っ込んできた。
前回同様、俺の後方にいるエラゼムに反応したのか、俺の手にあるグリモと背負っているジェイミーに反応したのか。
どちらにしろ従魔を狙ってくるのは予想できたので、極力密集していたのが役に立った。
しかし、そう簡単に決めさせてはくれないらしい。
ケルベロスは足を取られながらも左右にある顔をそれぞれ迫るシラノ達に向ける。
そのまま大きく口を開いたかと思うと、火魔法のファイアーボールを数倍大きくしたような火球が2体に向けて放たれた。
シラノは抜群の反射神経で攻撃を中断して火球を交わした。
しかし、ベルジュは予想外の攻撃に反応できず、そのまま爪を振り下ろす。
火球がベルジュの右肩辺りに直撃する。ベルジュは顔を顰めつつ、己の爪をケルベロスに叩きつけた。
ベルジュの攻撃を受けたケルベロスは、泥濘に足を捕られてそのまま地面に倒れ込む。
ケルベロスの体が沼地に沈み込んだ。
一瞬ヒヤリとしたものの必勝パターンに入ったので、いつも通りハーメルが泥固めで相手を拘束してもらう。
シラノとエラゼムにケルベロスへの追撃を指示する。
泥による拘束を解こうともがくケルベロスにシラノとエラゼムの攻撃が殺到した。
俺は従魔達へ付与魔法によるバフをかけながら、先程の対応について考える。
ケルベロスは俺の予想通りの行動をとっていた事から、能力だけでなく感情AIないし行動パターンも同様の存在だろう。
遠距離の攻撃手段を持っているのにあまり使ってない事から、近接戦闘を好んでいると思われる。
もし、遠距離戦闘に慣れていたら、師匠の従魔との戦闘も長引いていたかもしれない。
「チュウ!」
しばらく一方的な攻撃が続いていたが、やはりそう簡単にはいかないようだ。
ケルベロスは3つの頭を地面に向けると、自分諸共地面を爆散させた。
拘束していた泥が弾け飛び、ケルベロスは大きく後方に飛び退く。
黒い巨体は再び拘束されてはたまらないと、絶えず移動しながらこちらの様子を窺っている。
それなりにダメージは入っているはずだが、その足取りはしっかりとしていた。
まだまだ戦闘はこれからだと言わんばかりに、6つの瞳には闘争心がたぎっている。
俺はシラノとジェイミーにケルベロスを牽制をしてもらいながら、隙を伺う。
ケルベロスはジェイミーの魔法が鬱陶しいようで、こちらに数発の火球を放つ。しかし、そこそこ距離をとっている俺は余裕をもって回避する。
その隙にシラノが強襲をかける。
しかし、俺たちに火球を飛ばしていない頭が応戦して攻めあぐねている。
ケルベロスは2体に応戦しながらも足を止め無い。
ケルベロスは緩急をつけながら、牽制する2体を引き離そうと沼の中を駆ける。
しかし、身体能力の高いシラノはそれに追従できた。ベルジュもケルベロスを光のベールで包むことで視界を遮る。
ケルベロスはベルジュのベールに包まれた段階で、我慢の限界が来たのかろくに狙いもつけずに火球をまき散らす。
「ーーシラノ。 ベルジュ」
「ヴォン!」
「うぉん!」
俺はアーツ「精神感応」を使用して静かに2体に指示を出した。2体はケルベロスに向かって光の矢を放つ。
2つの光に気付いたケルベロスが、応戦するべく体を反転させようとする。
……これでケルベロスの頭から俺の存在は消えたはずだ。
俺はスキル「空間魔法」のアーツ「テレポート」を使用してケルベロスの近くに転移する。
突然現れた俺の気配に、ケルベロスは意識をこちらへ向けた。俺はその巨躯に狙いを定め、俺が使える最強の光魔法を発動する。
「フォトン・バスター!」
俺の手からケルベロス目掛けて閃光が放たれる。
スキル「使徒化」で強化されている光魔法を至近距離で浴びたケルベロスは、まるで反応できずに吹っ飛ばされた。
泥を巻き込みながら転がるケルベロス。
ケルベロスは転がりながらも、何とか体勢を立て直そうと地面に爪を立てて静止する。
そんなケルベロスに大きな影が覆い被さった。
「……!」
風を切る音と共にエラゼムの大太刀がケルベロスを襲う。
水飛沫ならぬ泥飛沫を上げながら、漆黒の体が泥の中に沈む。それはもう3つ首以外見えないほどに……。
ケルベロスはこれから何が起こるかわかっているのか、咆哮を上げながら首を振る。
だが、体のほとんどが泥沼に沈み込んでいる状態では這い上がる事も難しいようだ。
再び、ハーメルの泥固めにより拘束されるケルベロス。止めを刺すべくシラノ、エラゼムに加えベルジュも攻撃に加わる。
3体は時々飛んでくる火球を浴びてダメージを受けるものの、随時ジェイミーの治癒魔法で回復してもらっているので問題は無い。
このまま終わってくれればいいが……。




