214.空白地帯
「ギルドカードの確認は取れた。ここから先は点々と都市国家ないし自治区のような街がある。一応総合ギルドの支部はあるようだから補給は問題ないだろう。……一応地図は持っているな? それでは良い旅を」
そう言って衛兵は俺を見送る。
林業が盛んで領地の広いドリュアデス共和国をようやく通り抜ける事ができた。
では次の国はというと答えるのは難しい。
ここから先、知識の国までの道のりには大小様々な都市、街があるのだが、どこからどこまでが何処の領地かという明確な規定がない。
そこで暮らす人々の生活圏がそのまま都市の領地という扱いになっている事が殆どだ。
当然どこの都市にも属していない土地も多いが、無法地帯かと言えばそうでもない。
ここから先は徐々に環境が厳しくなっていく。
常時吹雪なんて当たり前で、有毒ガスや溶岩が噴き出す火山地帯や年に数回は大地震が発生する荒野。
切り立った岩壁が乱立する山岳地帯などなど、人が生活するには厳しすぎる地域を挙げればきりがない。
そんな中でも人々はたくましく生きているわけだが、それでもどの都市も所有権を主張しない土地。
そんな土地など悪党が根城にするのも難しいのだ。
さらに追い打ちをかけるような事態が起こっている。プレイヤー達の登場だ。
こういった不毛地帯には手付かずの資源が豊富に残っている事が多い。
生活のかかっている住人達はそこまで無茶はしないが、ゲームとして遊んでいるプレイヤー達は違う。
まだ見ぬ新素材を求め住人達も踏み込まない領域へ平然と入っていく。
僅かにあった悪党たちの拠点は瞬く間に駆逐されていったという。
俺には関係ない事だったが、PKあり設定のプレイヤー達には素材集め兼小遣い稼ぎにちょうどいい場所だったそうだ。
現在は悪党も駆逐され、ここでしか取れない素材も大方流通している為、初期の頃より人通りは少なくなったらしい。
よく問題を起こすプレイヤーだが、この地域に関してはむしろ有難がられる事が多いようだ。
この地域は知識の国まで、司書ギルド関係の施設が殆どない。
書籍・資料などを保管する余裕がないという事情もあるが、知識の国が関わっている面もある。
知識の国ができる前、いくつかの集落があるだけのこの地に知識人や学者の集団がやって来た。
彼らはもともと住んでいた国、所属していた組織から爪はじきにされた者達である。
先導するのは知識の重要性を説き、その保存を推進しようとした文官。
ある者はその研究が反逆に当たるとして、国から追放された者。
また、ある者は神官の家系に生まれながら、神に祈らず知識を貪る異端者。
果ては政治的闘争に敗れた元上流階級まで。
経緯や思想はそれぞれだが、1つの目的の為に集まった者達。
政治的、思想的理由で文献・知識の消失を防ぐ事を目的とした組織の構築である。
これが現在の司書ギルド及び知識の国の前身だ。
そんな彼らが組織を作っていく中で、最も力を入れたのは本・文献の収集である。
しかし、出来たばかりの組織が現在の司書ギルドの様に、手広く収集活動をする事は出来ない。
どうしても近場から手を付ける事になっていく。
結果、知識の国が出来上がる頃には、周辺の本や文献のほとんどが“大図書館”に納められていた。
ただでさえ厳しい環境で暮らす人々は、本を読む、文献を記すという習慣を失っていく。
そうなってしまえば、その地域に司書ギルドの必要は薄くなる。
必要であれば知識の国へ行ける距離であった事も災いし、司書ギルドどころか図書館すらほとんど無い地域なのだ。
各都市の統治者達が保管している資料や文献はあるだろうが、司書ギルドが関与していないので俺が手にするのは難しいだろう。
なので、この地域は最低限の補給だけして強行しようと考えている。
この辺りで活動するのは知識の国で拠点を手に入れてからでいいだろう。
≪従魔ベルジュがレベルアップしました。≫
≪従魔ヌエがレベルアップしました。≫
≪従魔ハーメルがレベルアップしました。≫
≪熟練度が一定に達したため、スキル「指揮」がレベルアップしました。≫
≪熟練度が一定に達したため、スキル「魔力上昇」がレベルアップしました。≫
≪従魔シラノの練度が一定に達したため、スキル「歩行術」がレベルアップしました。≫
≪従魔ジェイミーがレベルアップしました。≫
≪従魔ベルジュがレベルアップしました。≫
≪従魔ヌエの練度が一定に達したため、スキル「迷彩」がレベルアップしました。≫
≪習得度が一定に達したため、スキル「抗毒」「抗病」を習得しました。≫
≪従魔達の習得度が一定に達したため、スキル「抗毒」「抗病」を習得しました。≫
≪シラノ・ベルジュの習得度が一定に達したため、スキル「臭覚」を習得しました。≫
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冷やかしなどせず、突っ切ろうとした事は正解だった。
大きな都市国家がある地域は気温が高かったり低かったり、豪雪くらいで済んでいるが限界集落のような村では対策なしに出歩くのも難しい。
村の中を歩いているだけで状態異常になるのはさすがに驚いた。
厳しい環境である事は分かっていたが、消耗品が次から次へと消えていく。
あまりの劣悪さに毒に対する耐性が向上する「抗毒」や病気にかかりにくくなる「抗病」スキルを全員が獲得してしまうほどだ。
毒を用いた攻撃を受ければ習得度が上がる「抗毒」はともかく、よほど劣悪な環境にいないと習得度が上がらない「抗病」スキルを魔法生物であるエラゼムとグリモ以外のパーティー全員が取得してしまっている。
称号「才能を示す者」で最も習得度の高いスキルにこれらが出た時は、慌ててポーションや薬類を補給した。
こんな環境下でも住人達はなんて事ないように暮らしているように見える。
資料ではもう少し悲壮感を感じていたのだが、あくまで外側の人間から見た印象なのかもしれない。
荒野、火山地帯、降雪地域を抜けると、いよいよ知識の国が近づいてくる。
ここからは環境というよりは、地形が険しくなっていく。
一応道はあるものの、少しでも逸れれば剣山のような灰色の岩々がそこら中に転がっている。
出現するモンスターは剣山の隙間から攻撃してきたり、鋭い岩を投擲してきたりといった奇襲が多い。
天候は暴風や吹雪はあるものの今までよりは安定している。
……これらを安定していると思ってしまうあたり、かなり感覚が麻痺しているかもしれない。
そのような険しい道のりを進むと、少しずつ天候が落ち着いてくる。
暴風は強風へ。吹雪は降雪へ。
それに合わせて剣山のような岩々も減っていき、地表は灰色から黒色へと変化していく。
そして遠目に大きな建物が姿を現した。




